拙者、その声を聞く侍!


『――オウカ・シンの掌握を完了。この個体に対する揺らぎの固定維持は不可能。持続可能時間――予測不能』


「師匠……! 貴方との約束、今ここで果たすッ!」


 暖かなユーニの光が遠ざかる。

 残されたのは揺らぎの申し子、ギリギリ侍のカギリ。

 そして揺らぎから拒絶された鬼人、天地無双のオウカ。


 オームの支配を受けたオウカの瞳に理性はない。

 彼女がこの世に生まれ落ち、そして今日まで育んできた人としての心。それら全てが消え去った今、オウカの中に残るのは純然な殺意と至純の暴力のみ。


 オウカの展開した死の領域。

 恐怖に屈したあまねく揺らぎがその場から逃避する。だが――


「かたじけない……拙者と共に戦ってくれるのだな……」


 だがしかし。

 カギリに寄り添う紅蓮の雷光は、未だ変わらず共にあった。

 

 揺らぎとはただの力。

 意志も心もないただのエネルギー。


 旧世紀の人類がそう断じたはずの揺らぎは今、オウカが放つ絶対的な恐怖にカギリと共に立ち向かい、カギリと共に戦うためにその場に踏みとどまっていた。


 それを見たカギリは笑みを浮かべ、決意と共に前を向く。

 眼前に迫る最愛の師の姿をみとめ、彼女との約束を果たすために――彼女に託された全てを救うために、加速した。


「いざ――推して参るッ!」


『ギリギリ侍、排除する――』


 激突。


 淡く輝く光輪の上に凄絶な雷鳴が轟き、全てを吹き飛ばす突風が弾ける。しかしそれは、すぐさま死の特異点へと変わった。


『せぁあああああああ――ッ!』


「おおおおおおおおお――ッ!」


 燃え上がる紅蓮の命と、全てが消え去る絶対的な死。

 カギリとオウカ。弟子と師でありながら、その本質を成す力はあまりにも対極。


 オウカの繰り出す絶死の斬撃。それはカギリの纏う揺らぎを根源から砕き、殺す。

 秒の間に万と繰り出されるオウカの攻撃をギリギリで受けたカギリは、すぐさまその命を燃やして反撃に転じ、オウカがもたらす死の結末に命の炎を灯していく。


 それは正に生と死。

 この宇宙に存在する摂理そのものの流転に似ていた。


「違う……! 師匠の力は、拙者が敬愛する師の剣は……やはりこの程度ではござらんッ!」


『ッ!?』


「オームとやら! 師の体を縛る貴殿に改めて問うッ! なぜ貴殿らはここまで人を許すことを拒む!? なぜ人が前に進むことを恐れるのだ!? たとえ師の体を操ろうと、それではもはや拙者も……そしてユーニ殿も止められぬぞッ!」


『――すでに見せた通りだ。我々は、人が数多の星々を滅ぼすのを見た。無数の命を消し去るのを見たのだ。ゆえに――』


「本当にそうでござるか!? 本当に人を恐ろしいと……何よりも脅威だと思うのならば、なぜ貴殿らは〝人を生かす〟!? 真に脅威と言うのなら、そのまま滅ぼせば良かろうッ! だが貴殿らは人を恐ろしいと言いながら、自らの手で千年もの間守り、育み続けたのだぞ!」


『ぐ、あ――!?』


 カギリの二刀が、オウカの刃を押し返す。

 紅蓮の雷光が輝きを増し、オウカの領域によって砕かれる以上の速度でカギリの元に揺らぎが集う。


「拙者は幸せ者でござる! 素晴らしい母の元に生まれ落ち、厳しくも健やかに育てられた。やがて多くの友と巡り会い、ユーニ殿と想いを結ぶことも出来た! だから分かる――貴殿らは人を恐れていると言いながら、やはりそれ以上に〝人を愛している〟のだッッ!」


『人を、愛している……? 我々オームが……?』


 瞬間、カギリは即座にその場に身をかがめ腰だめの姿勢から居合い一閃。オウカの刃を大きく弾き上げると、ぐるりと大きく旋回してオウカの体を蹴り上げる。


 凄まじい勢いで空へと飛ばされたオウカの――オームの顔に悔恨と痛苦の色が浮かぶ。


「拙者に機械のことはさっぱり分からぬ! しかし、貴殿らは自らに意志がないと言うが、拙者から見れば、貴殿らは誰よりも立派な意志を持っているようにしか見えぬッ!」


『それは違う。我々の言葉は全て、今は亡き創造主たちが与えた物。故に、君たちがどのような言葉を我々に投げかけようと、それは虚空に呼び掛けているに等しい。オームが使命を放棄することも、心変わりを起こすことも――』 


 中空で体勢を立て直したオームが、すぐさま眼下のカギリ目がけて加速。今や揺らぎすら掌握した死の領域が、カギリの力を消滅させながら迫る。


「では貴殿らから感じるこの熱はなんだ!? 拙者が師匠から受け続けた想い……それと同じ暖かさではないのかッ!? 貴殿らが創造主の意志で使命を果たし続けてきたというのならば、この熱もそうして受け継いだものではないのか!?」


『ありえない――! 我々にあるのは人への恐怖。そして、創造主から与えられた使命だけだ!』


「く――っ!」


 頭上から全てを殺し迫るオウカの刃を、ギリギリで躱すカギリ。

 そのまま両者は再び凄まじい剣戟の渦を巻き起こして交錯するが、打ち合い続けるオウカの身に徐々に異変が生じ始める。


『ク、クク……! アハハ……!』


「師匠!?」


『なんだ、これは……オームの揺らぎが、オウカ・シンに取り込まれ――――――わたしはひとり。ひとりで殺せる。みんな殺せる。わたしに痛いことをするやつは、みんな殺せばいい――!』


 その時。

 オームの声に、カギリが知るよりも幼いオウカの声が重なる。


 オウカの心身を縛っていたオームの揺らぎが一気に小さくなり、それまでとは比べものにならない絶望的な力がオウカから放たれた。そして――


『――人は恐ろしい。奴らは我々の仲間を、家族を、全てを奪った。人を許すわけにはいかない。決して野放しには出来ない』


『――どうして殴るの? どうしてわたしに痛いことをするの? こわい……わたしにひどいことしないで』


「この声は……!?」


 オームとオウカ。 

 ついに展開された極限の死の世界で、二つの声が重なる。

 

 一つは幼いオウカの声。

 そしてもう一つは、先ほどまでの老人の声とは違う無数の意志の集合体。

 二つの声は、共にオウカの身を通して人への恐怖を叫ぶ。


『なんと恐ろしい。私は、私自身が恐ろしい。彼らと同じ人であることが恐ろしい。なんとかしなくては。我らの行いを悔い改めなくては――』


『わたしにひどいことをするなら殺す。わたしからうばうなら殺す。みんな殺して、わたしひとりになればいい』


 人から決して消えぬ恐怖を刻まれた二つの意志がオウカの内で混ざり合い、特殊な共鳴現象引き起こしていたのだ。しかし――


『――だが、駄目だ。それでも我々には、人を滅ぼすことはできない。〝私〟の愛した家族は死んではいない。〝僕〟と夜通し語り明かした友は生きている。〝俺〟を癒やしてくれた名も知らぬあの人は、今もあの星で生きている――』


『――けど、ほんとうはともだちになりたいの。なのに、どうしてわたしを殺そうとするの? ほんとうは殺したくないのに。殺したら、もういっしょに遊べないのに。おねがいだから、わたしを殺そうとしないで――』


「師匠……オーム殿……」


 だがしかし。


 人類への恐怖を訴えたその声がカギリに伝えたのは、恐れだけではなかった。

 千年前、滅びに瀕した絶望の世界でも確かに結ばれ続けていた命の絆を。

 地獄のような場所で生まれたオウカが、必死に求めた人のぬくもりを。

 今この瞬間にも命が続いている理由わけを、その声は確かにカギリに伝えたのだ。


「目を開き……前を向け。さすれば、ギリギリ侍の切っ先に敵はなし」


 オウカを中心として荒れ狂う死。

 それはオウカの放つ恐怖に錯乱し、逃げ惑う揺らぎの渦。


 しかしカギリはその死の中にあって静かに瞳を閉じ、今再び師の教えをその場に刻む。


「すべて師匠の言うとおりでござった。初めからこの世に拙者の敵などいなかった……ギリギリ侍である拙者には、敵を斬る必要などなかった。そうでござるな、師匠……」


 そしてその時。

 もはや穏やかさすら感じる表情でそう呟いたカギリの頭上。

 はるか天上、オームの頂点に翡翠の雷光が現れる。


「流石はユーニ殿……やはり、拙者から教えることなど何もなかったでござる。ならば、今こそ共に――!」


 それを見たカギリは全てを悟り、その光に向かって微笑む。

 そして自らもゆっくりと二刀を構えると、死と恐怖に囲まれて立ちすくむオウカとオーム。〝二つの命〟をまっすぐに見つめた――。


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