最後の勇者
「カギリさん……オウカさんのこと、お願いします……!」
祈りにも似た言葉を残し、ユーニは緑光の尾を引いて己の対峙すべき神の元へと飛翔する。
『オウカ・シンとオームを接続することは、出来る限り避けたかった。彼女は一切の揺らぎを寄せ付けぬイレギュラー。オームによる制御が可能かすら未知数だった……一刻も早く君たちを排除し、オウカ・シンもまた処理しなくてはならない』
「危険だと分かっていたのなら、なぜそんなことをしたんですっ!? 教皇様のことも、オウカさんのことも……! カギリさんを生み出してくれた、カナンさんのことだってそうです! 貴方たちはどうしてそこまでして……!?」
一直線にオームへと肉薄するユーニに対し、天を突く威容を誇るオームの全身に数千を超える砲門が一瞬にして生成。
それら全ての砲門がユーニに照準を定め、即座に数万数十万という数の光弾の豪雨を撃ち放つ。
「くっ――!
『かつて……我々も一度はオウカ・シンを抹殺しようと試みた。四星冠の一星――戦闘力ならば虚ろな星にも匹敵する、〝尽きる星のザディス〟を派遣し、オウカ・シンと連なる星を排除しようとしたのだ』
「まさか……それがオウカさんから聞いた、カナンさんやオウカさんの仲間が亡くなった戦い……!?」
『そうだ。しかしすでに当時の彼女は我らの想定を越える力を見せ始めていた……ザディスはカナンと相打ちになったが、それはオウカ・シンの更なる成長を促し、それどころかカギリという新たなイレギュラー出現の呼び水となった――』
カギリと違い、ユーニに揺らぎを斬ることは出来ない。
かといって、破滅的な威力を誇る揺らぎの弾丸を
ユーニはその天才的感覚で瞬時に自身の状況を把握すると、閃光と共にスラスターを備えた甲冑を生成。独特の高音を纏い亜光速の領域へと突入する。
『
「そうはなりません……! カギリさんなら、きっとオウカさんを止めてくれますっ! そのためにも、貴方たちにカギリさんの邪魔はさせない!」
『不可能だ。ギリギリ侍ならばまだしも、勇者である君に我々に干渉する力はない』
「そんなこと――やってみなくちゃわかりません!」
瞬間。降り注ぐ光弾の雨を置き去りに、ユーニの姿が閃光となって消滅。頭頂高でいえば数千メートルに達するであろうオームの巨体を秒とかからずに駆け上り、弾幕の渦をかいくぐって次々とオームの砲門を破壊していく。
『運命の勇者ユーニ・アクアージ……カギリと同様、君は我々から〝イレギュラー〟として認知されている。なぜならば、君の扱う勇気の力はあまりにも巨大、かつ膨大だからだ。その総量だけでいえば、君はすでに生命の範疇を完全に逸脱している』
「僕が、カギリさんと同じイレギュラー……?」
『揺らぎを拒絶するオウカ。揺らぎを含む全ての力に適性を持つアルシオン。そして……一個の命として限界を超えた力を持つユーニ・アクアージ……やはり人には、時折恐るべき存在が生まれる。そしてそれ故に、君もこの場で排除しなくてはならない――!』
「っ! あぐ――ッ!?」
そのオームの声と同時。亜光速の機動を続けるユーニが突如として虚空に弾かれる。
ユーニはすぐさま体勢を立て直して再び加速するが、彼女の機動は二度、三度と中空で弾かれ、その身をズタズタに打ち砕く。
『いかに君が膨大な力を持とうと、勇気が揺らぎに最も近いエネルギーだろうと。揺らぎに直接触れることが出来ない君では無力……オウカ・シンを掌握した時点で、君の消滅は確定していたのだ』
「そんな――っ!? 空が塞がれて――あああああああああッッ!?」
虚空からの攻撃。
その正体もまた揺らぎだった。
ユーニに揺らぎを見ることはできない。
すでに彼女の周囲はオームの操る分厚い揺らぎの壁に覆われ、自由な機動を封じられていたのだ。
亜光速機動を遮られたユーニに、惑星すら粉砕する破滅の光弾が次々と直撃する。
ユーニは戦型を変えることも出来ずにそれを受け、超速の甲冑は跡形もなく吹き飛ばされる。しかし――!
「まだ、だ――っ!
『勇気の更なる上昇を確認。まだ限界ではないというのか』
「僕にはカギリさんのような力はない……っ! 揺らぎを見ることも、斬ることも出来ない! だけど、それでも――っ!」
圧縮された揺らぎの壁。その壁をユーニの緑光が歪な機動を描いて強引に突破。
そのまま光速に達しようかという速度でオームの頂点へと到達すると、ユーニはそこで、オウカと対峙するカギリに狙いを定める巨大な力の収束を視認する。
「あの力……カギリさんを狙ってる!? 止めないと!」
『無駄だ。勇者では揺らぎを止めることはできない』
「止める――止めてみせるッ!
カギリの危機を見たユーニは、瞬時に四本の光剣を従えた最後の戦型を解放。
今の彼女が持つ全ての力、全ての勇気を聖剣に収束させ、ただカギリの支えになることだけを想い、その剣を奔らせた。そして――
「
『それが君の選択か。ならば、君の道はここまでだ』
「――っ!?」
オームの集めた極大の揺らぎ。その力に真っ向からぶつかったユーニの聖剣――ミア・ストラーダが跡形もなく砕ける。
勇気の集約たる聖剣を失ったユーニの体が、力を喪失したまま揺らぎに呑まれる。
ユーニの瞳が驚愕に見開かれ、その可憐な横顔に絶望の色が浮かぶ。
激烈な痛みと衝撃が彼女の全身を襲い、あらゆる感覚が光と白の中に消えていく。だが――
(知ってる……僕は、この暖かさを知ってる……っ)
オームの従える揺らぎの光。
その気になれば、宇宙すら破壊しかねないほどの力の渦。
何もかもを消し去る破壊に飲み込まれたユーニはしかし、避けられないはずの死の運命の先で、まだ確かに生きていた。
(そうか……僕はもう、カギリさんに何度も教えて貰ってたんだ……)
ユーニはまだ生きている。そしてその小さな胸にカギリへの想いを抱き、カギリと過ごした日々を手の中に握りしめた。
それと同時、ユーニを包む揺らぎがまるで彼女を支えるようにその力の有り様を変え、ユーニが今も想うカギリと同じ暖かさを伝えた。
「わかりました、カギリさん……! 今ここで僕が本当にやるべきことが! 〝僕にもそれが出来る〟ってことが!」
『なに――?』
オームの揺らぎが弾ける。
千年前の人類が生み出した機械の神。その神が持つ全ての力を注ぎ込んで生み出した力が、跡形もなく霧散する。
そして砕けた揺らぎの向こう――そこには折れた聖剣の柄を握りしめ、その身に〝翡翠の雷光〟を纏った傷だらけのユーニが佇んでいた。
『なぜだ……? なぜ、ユーニ・アクアージが揺らぎに干渉できる!? それでは、まるで――!』
「カギリさんは、ずっと僕に教えてくれていた……! 揺らぎのことを……〝カギリさん自身のことを〟!」
ユーニに寄り添う雷光が弾ける。
刃を失った聖剣に、新たに淡く輝く光の刀身が生成され、ユーニはゆっくりとその剣の切っ先をオームへと向けた。
「見よ! そして知れ――! 我が名はユーニ・アクアージ!
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