参 全ての命を

拙者、使命の意味を知る侍!


「こ、この太刀筋は……!」


「なぜ……どうしてでござるか!?」


『所詮我々は、創造主たちの恐怖によって生み出されたシステムに過ぎない。与えられた指示を踏み越えることは出来ないのだ。たとえ――我々の内を流れる電子信号が、君たちの理を〝認めている〟としても――』


 カギリとユーニ。

 二人が放った極大の揺らぎ。


 それは、決して破壊のために放たれた力ではなかった。

 オームを動かす揺らぎを止め、地上で続く天使の大攻勢を阻止するための一撃だった。

 

 しかし、その一撃は防がれた。

 オームが防いだのではない。

 その場に突然現れた、カギリとユーニがよく知る一人の女性によって断ち切られたのだ。


『よう、カギリ。それにユーニもだな……ここまでよく頑張ったじゃないか。前に約束したとおり、助太刀はしておいてやったぞ』


「オウカさん……っ」


「師匠……!」


 オウカ・シン。

 汚れ一つない白紅の着物に身を包み、美しい黒髪をなびかせて、一振りの流麗な太刀を構えるその姿は決して見間違えることはない。


 だがただ一つ。二人が見慣れたオウカの姿とは、決定的に違うものが今の彼女にはあった。それは――


「い、一体どうしたでござるか師匠……? なぜそのような、〝とんでもない殺気〟を拙者たちに向けるでござる!?」


「待って下さいカギリさん! 今のオウカさんはどう見ても様子がおかしいです! まるで、さっきの教皇様と同じような……!」


『悪いな、二人とも……こればっかりは私にもどうしようもなかったんだ。私がここに来たのは二度目……最初に来たときは、私も〝まだまだ未熟〟だったからな』


 オウカはどこかぎこちない笑みを浮かべ、力なく首を振る。

 しかしその身に纏う強烈な死の領域は、展開されたままだ。


『すでにオウカ・シンの主導権はオームが掌握した。25年前、彼女とアルシオンが初めてこの地を訪れた際の迎撃戦……我々はその戦いの最中、保険として三人の肉体深部に揺らぎと物理装置……両面の楔を打ち込んでいた。万が一にも、彼らがオームの支配を揺るがすことがないようにと』


「楔だと!?」


『アルを縛っていたのと同じものさ。それが揺らぎだけなら今の私でもなんとかできる。けど私やアルの体の中には、神の機械の一部が直接埋め込まれてるんだ。その機械には、アルを神から解放したらそのまま私がこうなるように仕組まれてた。それをお前やユーニみたいな他人に話したくても、話せない制約つきでな。アルだって、自分がそうだって話はしなかっただろう?』


『オームの支配――その存続は、我らにとって決して揺るがぬ存在理由。それが君たちにとってどれだけ倫理を外れたことであろうと、使命を果たすためであれば、我々はあらゆる手を尽くす』


 そびえ立つオームの前に佇むオウカの影が揺らぐ。

 淡く輝く光輪が僅かに歪み、カギリとユーニを見据えるオウカの周辺領域から揺らぎが消滅する。


『さあ、カギリ……私がお前に与えたギリギリ侍最後の試練……ここで果たして貰うぞ』


「まさか……! 拙者が倒すべき〝この世で最も強い悪党〟とはッ!?」


『そうさ……私は元々、自分一人でアルを助け出すつもりだった。けどそれじゃあ、次は私がアルの代わりになるだけで、あいつを更に苦しめちまうだろ? だから、神の制限にひっかからない範囲でお前に頼んだんだ。そのうち神に支配される私を殺せってな……』


「そんな……っ。カギリさんに、そんなこと出来るわけ……!」


『だな……今思うと、三年前の私はまだカギリのことを信じられてなかったんだ。正直、カギリがここまで立派になるなんて想像もしてなくてさ……アルをなんとかすることばっかり考えてて、また大切なことを忘れるところだったよ』


 じり、と。

 オウカが死を伴って前に出る。


 カギリは深い困惑に満ちた表情で刃を構え、しかし後ろに下がることしかできない。


『けど、カギリのことをまっすぐに想うユーニのおかげで私にもわかったよ。今度こそ、私はお前を信じてる。私やアルが上手く出来なかったことも……千年前の奴らが出来なかったことも……カギリなら、全部まとめて断ち斬ることが出来るかもしれない。だから私は、その可能性に賭けることにした』


「し、師匠……っ! だが、拙者は……!」


『おいおい……そんな情けない顔をするなよ。お前が一体何者なのか……今ここでもう一度言ってみろ。カナンが命を賭けて残し、私が手塩にかけて育てたお前は、そんなへなちょこな顔を見せる男じゃないだろう――!?』


「っ!」


 その刃の切っ先をカギリに向け、オウカが叫ぶ。

 オウカの問いを正面から受けたカギリは雷撃を浴びたように震え――やがて、意を決したように前を向いた。


「ユーニ殿……頼めるか?」


「わかってます……僕は、カギリさんのパートナーですから!」


 カギリの意志と言葉を受け、隣に立つユーニがその鋭い視線を後方のオームへと向ける。

 一度は機能停止寸前まで追い込んだオームの力はすでに回復し、再び姿を現わした老人の影は、オウカの後方からカギリとユーニに狙いを定めていた。


「神様は僕に任せて下さい! カギリさんは、オウカさんのことを頼みます!」


「かたじけない……! こうしてユーニ殿と共にある限り、もはや拙者の心に迷いはない!」


「僕もです……! どうかご無事で!」


 その言葉と同時。

 ユーニは翡翠の光芒を纏うと、オウカを放置して後方のオーム目がけて飛翔する。


 オウカは僅かにユーニの阻止に動こうとしたが、それはその場に残ったカギリの放つ、強大な揺らぎの意志によって阻まれた。


『悪いな、何もかもお前たちに押しつけちまって……私の意識もそろそろ限界だ。最後に聞かせてくれるか? お前の……私の大切な弟子の言葉を――』


「師匠……やはり拙者にとって、貴方は悪党ではない……っ! 貴方は拙者が誰よりも敬愛する師……そして母でござる!」


『そうか……ありがとな、カギリ。本当にすまない……後は、頼んだ……』


「承知――ッ!」


 瞬間。カギリはその身に纏う膨大な揺らぎを静かに制すると、どこまでも清冽な所作で両手に持つ二刀をオウカへと構える。


「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍! 貴方が名付け、育んでくれたこの名にかけて! 今、ここで全てを断ち斬って見せるッ!」

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