拙者、決戦侍!
「止める……! 僕たちをここまで送り届けてくれた――みんなの想いに応えてみせる!」
「オームとやら……! やはりお主は神ではない! どこまで行っても人でござる! 人の手によって生まれ、世の争いを止めたいという人の願いの先に生まれた……人以外の何者でもないッ!」
『たとえなんであろうと、君たちにオームは変えさせない。人を縛ることを止めれば、それはもはやオームではない。
淡く輝く巨大な光輪の上。
両手を広げた老人の背後に、見上げるほどの巨躯を誇る機械の柱――オームが現れる。
その姿はまさに無機物の集合体。
金属とも、岩石ともつかぬ素材で出来た複雑な機構が無数に折り重なり、それぞれのパーツを輝く粒子が流れるパイプでつなぎ合わせた、あまりにも歪な形状――端的に表すならば、それは〝ガラクタの山〟のように見えた。
その巨大すぎる威容には優雅さも、機能美もない。
ただ〝星と人の滅びを回避できさえすれば良いという焦り〟を色濃く残したその威容からは、この機械仕掛けの神が建造された当時の〝終末世界〟が、どれ程までに〝追い詰められていたのか〟をはっきりと感じさせた――
『君たちは〝滅び〟を知らぬ……我々が育んだ自然と、管理された穏やかな世界で生まれ育ち、本当の地獄を知らぬ――人という種の真の恐ろしさを知らぬのだ。そんな幼く無知な君たちに、オームの改ざんなどさせはしない』
「確かに拙者は地獄を知らぬ! それが貴殿らのお陰だというのならば、何度でも感謝しよう! だがたとえ貴殿らにとって今の世が極楽であろうとも、昨日よりも今日……今日よりも明日ッ! 拙者はもっと強く、もっと幸せ侍になりたいでござる! そのために――!」
「――僕だってそうですっ! 貴方たちのお陰で、この星は滅亡から立ち直ることが出来た……! けどまだ泣いてる人がいるんです……! 今も理不尽に奪われている命が沢山あるんです! だから――!」
ついに顕現した機械仕掛けの神。眼前にそびえ立つ神の巨体目がけ、輝きの大地をユーニの光とカギリの雷が疾走する。
「拙者たちは、前に進む――ッ!」
「僕たちは、前に進む――っ!」
『否――〝人は前に進んではならない〟。分をわきまえ、定められた領域の中で立ち止まることこそ真の知恵。君たちの歩みもまた、ここで終わる』
視界全てを埋めるオームの巨体。その前に立ち塞がる老人の周囲から無数の光がカギリとユーニ目がけて放たれる。
それは祈りでも勇気でも、魔術でもない。揺らぎそのものを用いた至純のエネルギー光弾。
一つ一つが星すら砕く力を持つ無数の弾丸を見たカギリは、すぐさまユーニの前に出る。
「ならば、まずは拙者が!」
「お願いしますっ!」
庇うようにユーニの前に出たカギリがその二刀を振るう。
回避も防御も不可能なオームの光。しかしカギリの刃はその光を次々と両断すると、なんとオームの行使した揺らぎをそのまま自身の刃に上乗せしてみせる。
「この揺らぎから感じる〝怯え〟は……なるほど、貴殿らは揺らぎが持つ〝人への恐怖〟を利用し、操っていたでござるな!?」
『その通りだ。その揺らぎたちは〝我らの同志〟……我らと同様に人を恐れ、人の残虐に怯える者たち……宇宙の根源たる揺らぎすら、このように人を恐れている!』
「拙者はそうは思わぬ! なぜならば――!」
「
『なんだと――?』
次の瞬間。カギリと入れ替わるようにしてユーニが前に出る。
カギリが切り裂いた揺らぎの活路。それを見切ったユーニは一瞬で老人の眼前まで詰め寄ると、鋭角な機動を描いて光弾を回避、そのまま老人の小さな体を袈裟斬りに両断する。
『馬鹿な? ユーニ・アクアージに揺らぎを視認することはできないはず。なぜ――?』
「カギリさんのお陰です……! カギリさんの呼吸、目線、そして気配――カギリさんの全部が、次に僕が何を斬ればいいのかを伝えてくれてるんですっ!」
ユーニに両断されたはずの老人の姿が、すぐさま別の虚空に浮かび上がる。
老人は即座にその手を掲げ、再びユーニとカギリに向かって揺らぎによる嵐のような攻撃を叩きつけた。
「そういうことでござる! 揺らぎから生まれた拙者と、誰よりも真っ当に人であるユーニ殿……拙者たち二人がこのように縁を結んだことこそ、人が貴殿らが考えるような存在ではないことのなによりの証――!」
「人は争うだけじゃない! そうしたいのなら、どんな相手とだって仲良くなれる――! 僕とカギリさんみたいに!」
『ありえない――揺らぎは力を恐れる。暴力を恐れる。故に、何よりも人を恐れるはず――揺らぎから生まれたギリギリ侍――なぜ君は、揺らぎでありながら人に味方する……!?』
「なぜだと!? そんなもの――ユーニ殿がはちゃめちゃに優しく強く可憐でたまらなく愛おしいからでござるが!? 何を隠そう拙者、この世で一番ユーニ殿が大好き侍でござるぞッ!」
「僕だってそうですっ! 僕も――カギリさんを愛してますっ!」
『あ、愛だと……? 揺らぎと人の愛など……あってはならない!』
だが老人の――オームの攻撃は届かない。
翡翠と紅蓮。ユーニとカギリは共にしっかりと寄り添いながら、オームの繰り出す破滅の力の全てを切り抜け、くぐり抜けていく。
破砕されるたびに老人はオームの側へと後退していき、逆に二人の放つ光はより強く、激しくなっていく。
『ギリギリ侍がオームの揺らぎを奪っている……! イレギュラー……ギリギリ侍の揺らぎの支配力が、オームを上回っている……!』
「支配などと……! 揺らぎは我が友……そして、頼れる仲間でござる! いざ――!」
「はいっ!
嵐のような攻撃を抜けた先。
ついにオームの眼前まで迫ったカギリの隣に、巨大な長弓を構えたユーニが並び立つ。
それを見たカギリは長弓を構えるユーニの手に自らの手を重ねると、集った揺らぎを彼女へと託した。
「人は恐ろしい存在ばかりではない……! 揺らぎから生まれた拙者が、こうして人であるユーニ殿と縁を結んだことこそ、その証でござる!」
「僕にも分かります……! カギリさんを通して、揺らぎの暖かさが僕の中に……!」
輝く翡翠の矢をつがえた弓を構え、老人ごとオームをその照準に捉えたユーニとカギリの周囲に、さらに四つの巨大な砲塔が生成。
カギリからユーニに流れ込む膨大な揺らぎが各砲門に収束し、手を携える二人の周囲に眩い揺らぎの粒子が舞った。そして――!
『恐ろしい、なんと恐ろしい――人はついに、真の意味で揺らぎを手中に収めようというのか? そのようなことは、断じて許可できない!』
「――今でござる、ユーニ殿!」
「
閃光。
オームが放った渾身の破壊エネルギーと、カギリが託し、ユーニの矢となって放たれた揺らぎが正面から激突。
凄絶な至純のエネルギーが奔流となって無数の蛇のようにのたうち、二人が足場とする巨大な光輪を大きく揺らす。
人類への恐怖と怯えに集う揺らぎ。
二人の信と愛に集う揺らぎ。
全く同じ揺らぎでありながら、対極の意志を持った二つの力。
しかしその激突は、オームの力の霧散によってあっけない幕切れを迎える。
『予測不能――人と共にある揺らぎが、これほどのエネルギー値を示すなど――我々の研究では、一度も、このようなことは――!』
「いけるでござるぞ、ユーニ殿!」
「貴方たちを壊したりはしません! ただ一度剣を置いて、僕たちに考える時間を下さい! 僕もカギリさんも、他の皆さんも……そのためにここまで来たんですっ!」
『君たちは、まだそのようなことを――』
オームの前に立ち塞がる老人の姿が揺らぎの渦に呑まれる。
二人の放った光は、そのままオーム目がけ一直線に進む。
これで勝負は決したかに見えた。
だが、しかし――
『だが、やはり君たちの行いを許容することはできない――君たちから見れば、我々が意志を持っているように見えるかもしれない。話し合えるように見えるかもしれない。しかし、残念ながらそうではないのだ――』
「え……っ!?」
「な……! まさか……っ!?」
『オームはこれより、
オームの眼前まで迫った二人の光が真っ二つに両断される。
その光景は、先ほどカギリがオームの揺らぎを断ち切った剣筋と、実によく似ていた――。
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