拙者、世界の話を聞く侍!
『オームを作ったのは〝私たち〟だよ……イレギュラー。正確には、我々の中に刻まれた〝記憶の持ち主〟のことだがね……我々はもはや人ではない。君たちが魔物と呼ぶ存在と同じ、作られた体を持つオームの
天使の軍勢を突破し、衛星要塞ゲフィオン最深部へと到達した二人を待っていたのは、それまでの景色とはあまりにも異質な空間だった。
薄暗い木製の部屋に、古ぼけた機械。
同じく木製の机の前には、薄汚れたシャツとズボン姿の老人が一人椅子に座り、ユーニとカギリをじっと見つめていた。
「神様の管理を……? じゃあ、神様に命令を出しているのも貴方なんですか!?」
「待つでござるユーニ殿! なにやら様子がおかしいでござるぞッ!」
『残念だが、今の我々にそこまでの権限はない。オームはかつての我々が与えた指示を、忠実に遂行し続けているだけ……そこで君たち二人にも、オームの意義を理解して貰いたい』
「えっ!?」
瞬間。辺りの光景が無数のパズルのように崩れ、抜け落ちていく。老人も木製の壁も、さび付いた機械も何もかも。
いくつものピースに分かれ、砕けた光景の先。
そこには無数の光が一方に向かって流れていく、見たこともない景色が広がっていた。そして――
『まずは〝ようこそ〟と言わせて貰うよ――揺らぎより生まれし、揺らぎの申し子――ギリギリ侍のカギリ。そして、かつてこの地を訪れたオウカ・シンやアルシオン・ファルムータと同様、人界から生まれた力の特異点――運命の勇者ユーニ・アクアージ。我々は君たちの敵ではない。少なくとも今はまだ、ね――』
「周りから声が……!?」
「しかも一人や二人の声ではないでござるぞ!?」
『君たちはこの場所を守っていた二つの新星も、無数のオートマタも完全には〝破壊しなかった〟ようだね。その高潔で慈愛に満ちた精神。君たちは、我々と共に人を正しく管理する資格がある――』
「これは……ユーニ殿、拙者の傍に!」
「カギリさんも、僕から離れないで下さいねっ!」
『君たちに伝えよう。この星がなぜ滅びに瀕したのか。そして、なぜオームによる管理が必要なのかを――』
空間から聞こえてくる無数の声。
その声には先ほどの老人の声も、若者の声も、女性の声も、子供の声もあった。
そしてその声に導かれるように、光の中に浮かぶカギリとユーニの視界全てに滅び行く世界の映像が浮かび上がる。
『千年前――全ての力の根源たる〝揺らぎの管理〟に成功した人類は、絶頂を迎えていた。世を担う労働や雑務はオートマタと呼ばれる人工生命体に任せ、人類は行きたい場所へ行き、望むままに行動するようになった』
『しかし、その絶頂の先で人類が望んだ最も重要な行為――それは〝闘争〟だった。人類は、隣人を愛するよりも蹴落とすことを選び、互いの手を取り合うのではなく、互いの鼓動を止める道を自ら望んだのだ』
千年前の世界で起きた争い。
その理由は決して特別なことではなかった。
決定的な〝何か〟があったわけでもなかった。
人が猿から人となり、知恵を得て――進化していく道のりの中で、ずっと繰り返されてきた――当たり前の争いだった。
人が人である以上。愛することもあれば、憎むこともある。
敵対することもあれば、友情を築くこともあるだろう。
その結果として争いや和解が生まれ、人はそうやって現代に至るまで生きてきたのだ。
だが――
だがただ一つ。
カギリとユーニが見せられたその光景の中で、恐らく唯一、他のどの時代とも〝違う物〟が一つあった。
それは力。
人と人が争った際に行使される力の規模。
そしてその力によって引き起こされる、余りにも巨大な破壊。
『揺らぎという無限の力を得た人類が、互いに戦えばどうなるか――多くの知恵者がその破滅的な争いを止めようと試みたが、人類は決して争うことを止めなかった』
兵器のボタンを押すたった一人の指先が星を消し、数億、数兆という数の命を消し去っていく。
しかも、それは一度や二度ではない。
何度も何度も。
何度も何度も。
揺らぎを手に入れ、どこまでも広がる星の海にこぎ出したはずの人類は、その新天地ごと、全てを巻き添えにして死んでいったのだ――
『我々は争いを止めたかった……力を手に入れた人類の暴走を止めたかった。そして、争いの果てに生き残った、僅かな人類だけでも守りたかった』
『そのためにオームを作った。〝揺らぎから直接生み出され〟、あらゆる揺らぎに干渉し、支配し、従えることの出来る究極のコントロールシステム。しかし、オームそのものには揺らぎを操る以上の力はない』
『故に、オームの手足となって働くオートマタを利用した。メインシステムを司る四体のオートマタを軸に、星の再生と生命維持。そして人類の管理を命じた』
「なるほど……これは前にユーニ殿が拙者に話してくれた、教皇殿の話と一致するでござるな……!」
「はい……! きっと、教皇様もこの光景を見て……!」
全方位から聞こえる声と、滅びの映像。
オームによってコントロールされた魔物が人類を襲い、文明が滅び――しかし同時に、魔物によって再生された豊かな自然環境が、科学技術を失った人類をギリギリで生き延びさせていく。
それはかつてユーニが聖域で見た、アルシオンが映し出した光景をより詳細に描き出していた。
『オームに君たちの力を防ぐ力はない。君たちがその気になれば、オームを跡形もなく壊すことなど造作もないだろう』
『しかしそれは滅びへの道だ。そんなことをすれば、この星は再び死の世界に戻っていくだろう』
『どうか考えを改め、我々と共に人類の管理を手伝ってくれないだろうか?』
「拙者たちに手伝って欲しいと……!?」
「っ……貴方たちは……!」
いつまでも続く破滅と絶望の光景。
その渦の中で寄り添いながら、人類と星の滅びを見つめる二人の前に、先ほどの老人が再び現れて頭を下げる。
老人の乾いた瞳に宿るのは悲しみ。
そして、どこまでも深い〝人類への恐怖〟だった――。
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