二人の続き


「あ……貴方は……っ?」


「私はオウカ……こいつとは古なじみでな。あんたは少し休んでな……後は、私が引き受ける」


 ティアレインを襲うアルシオンの光。

 それを間一髪切り裂いた白紅の斬撃。


 ズタズタになったティアレインのすぐ目の前。

 そこには舞い散る光の中、一振りの刀を手に、ティアレインを庇うようにして佇む着物姿の女性――オウカが立っていた。


『お……ウカ……ちゃ……』


「まったく……こんな良い子を泣かせちゃだめだろ? お前はいつだって……みんなの涙を止めるために頑張ってきたんじゃないか」


『だめ、だ……逃げ……排除、する――』


 ティアレインの命がけの奮闘により、アルシオンの揺らぎは大いに乱れていた。

 しかしそれでも、二十年にも及ぶ神の支配を砕くには至っていない。


 オウカはそんなアルシオンの姿に、悲痛な――しかしどこか安心したような。複雑な感情の入り交じった、困った笑みを浮かべた。


「ごめんな……アル。お前は嘘つきなんかじゃなかったよ……お前はあの後も、ずっと一人で頑張ってたんだよな……?」


『イレギュ、ら――排除――する――』


 アルシオンの意識が再び神の支配に沈む。

 虚ろな瞳にオウカを捉えたアルシオンが、その身から七色の光をオウカ目がけて撃ち放つ。しかし――


「なんだなんだ? しばらく会わない間に、随分と腕が鈍ったみたいじゃないか。なあ?」


『揺らぎが、消えた……?』


「……っ!? こ、この力は……私まで、体が……っ?」


 だがしかし。

 アルシオンが放った至純の揺らぎは、オウカに到達する前に跡形もなく消滅。

 そしてそれと入れ替わるようにして、全ての命の鼓動が消え去った死の静寂が辺り一帯に訪れる。


 それはオウカの領域。


 カギリの力によって一時的に揺らぎとの繋がりを得たオウカだが、やはり彼女の本質は死――絶対的な死の結末。

 

 今の彼女がほんの僅かにその本質を露わにすれば、全ての揺らぎは跡形もなく消え去ってしまう。

 それは、神が絶対的な支配力を持つこのゲフィオン内部においても同様だった。


「これなら、昔のお前の方がずっと強かったよ……神の力なんかなくたって、お前は強かった。私なんかより、ずっと強かったんだよな……」


『や、めろ――!』


 オウカの領域に怯え、消え去った揺らぎ。

 しかし神は再びその権限を行使し、怯える揺らぎを無理矢理に従える。


 オウカの周囲に強大な力を持つ天使たちが次々と出現し、支配にほころびが出始めたアルシオンに代わり、一斉にオウカへと攻撃を仕掛けたのだ。だが――


「今さら謝ったって済むことじゃないのは分かってる……けど、それでも言わせてくれ。ごめんな、アル……私は、本当にひどいことをお前にしちまった……」


『あり……えない――そんな、こんな存在が――』


「へ、へんてこな魔物どもも……消えた……!?」


 だが天使たちの攻撃もまた、オウカに届くことはなかった。

 神が揺らぎから生み出した天使の軍勢は、オウカの領域でその肉体を維持することができなかった。


 全ては、ただ〝オウカがここにいる〟というだけ。

 それだけで、絶対的な神の支配に破綻が生じていた。


 イレギュラー。


 あまりにもこの宇宙の理から外れた異質な存在。

 変化し続けるこの世界において、固定された死と結末をもたらす異物。それこそが、今のオウカだった。


『なぜだ――? イレギュラー……揺らぎを殺す者……汝には、〝すでに楔を打ち込んでいる〟――この者を解放したとして、〝次は汝が〟――』


「ああ、そうだな……初めてここでお前に会った時……私もアルも、カナンも……全員がお前に〝楔を埋め込まれた〟。そのせいで私はカギリにも、ユーニにも何も話せなかった……直接アルに謝ることも、傍で一緒に力になってやることもできなかった……」


 オウカの領域に押し出されるように、アルシオンの肉体から神の揺らぎが剥がれ始める。


『やめろ――! 私は、汝を使いたくない――〝汝を用いるのは最終手段〟――故に、私はお前がゲフィオンから離れているかぎりにおいて自由を許し――……やめ――だめだ、オウカ――ちゃ――今度は、君が――そうしたら、本当に――――!』


「やっと目が覚めてきたか? 私のことなら心配ないさ……お前だって分かってるだろ? こいつを根っこからなんとかするには、〝私じゃないと駄目〟なんだ……カナンにも、お前にも……今まで何もできなかった分、このくらいのことはさせてくれ」


『ヤメロ――イレギュラー! 汝の存在は私の力量を越えている――私の創造主は、汝のような生命の存在を想定していない――! そのようなことをすれば、私も汝も、何もかもが――!』


「ハッ! 神なんて名乗る割に、往生際が悪いじゃないか! 安心しろよ……私は別に、お前のやってきたことを壊すつもりはない。お前がこの世界に必要だって言うのなら、これからも他の奴らのために頑張ってくれれば良い。けどな――ッ!」


 アルシオンからではなく、周囲の空間から恐怖にひきつった神の声が響く。

 しかし辺り一帯から響き渡るその悲鳴にも構わず、オウカはゆっくりとアルシオンに歩み寄っていった。そして――!


『――ッ!?』


「――聖下っ!?」


「だが、アルは返して貰う……こいつは私の、大切な仲間だ」


 一閃。


 ティアレインの思いによって力を弱められ、オウカのもたらした恐怖によって揺らぎすら失ったアルシオンの肉体を、白紅の刃が音もなく振り抜く。


 否――オウカはアルシオンの体を傷つけてはいない。


 オウカの刃は、先にカギリが神の揺らぎを断ち切った軌道と同じ――アルシオンの背後の空間を寸分違わず両断したのだ。


『ま、さか――もはや、汝は――揺らぎすらも――?』


「ありがとうなカギリ……お前のお陰で、私にも斬れたよ。アルを縛る、胸くそ悪い鎖をな……」


 瞬間、神の絶叫が一瞬で遠ざかり、数秒の間周囲の光が明滅。やがてそれらが収まると、アルシオンは力を失い、ばったりとその場に崩れ落ちる。


「あ――ああ――……どう、して……? オウカ、ちゃん……どうして……っ」


「久しぶりだな、アル……今度こそお目覚めか? 本当に……ずっと一人にしてごめんな……。謝って済むことじゃないのは分かってる……けど、それでもな……」


「ちがう……っ。オウカちゃんは……なにも悪くない……! なのに……どうして……!?」


 オウカに抱きかかえられたアルシオンの瞳に、弱々しくも確かな光が灯る。

 その光を確認したオウカは笑みを浮かべて頷くと、アルシオンを抱きかかえたまま、ティアレインの前に歩いて行く。


「まだ動けるか? ボロボロのところ悪いんだが、アルのことを頼みたいんだ」


「せ、聖下のことを……? 聖下はもう大丈夫なのですか!?」


「ああ……こいつの中にいた神の揺らぎは全部消えた。私から離れても、もうアルが神に操られたりはしない」


「あ……ああ……っ! 良かった……! ありがとう……ありがとう、ございます……! ああ……聖下ぁ……っ!」


 もはや動けなくなったアルシオンをティアレインに預けると、オウカはすぐさま二人に背を向けた。


「……私には、まだやらないといけないことがある。アルのこと、頼んだぞ」


「やらないといけないこと、ですか……?」


「だ、めだ……っ! オウカ……ちゃん……っ! これじゃあ、ユーニちゃんや、カギリちゃんが神を倒したら……! 今度は、君が……っ!」


「ははっ! 心配するなって。私だって死ぬのは怖い。前まではずっと〝ここで死ぬつもりだった〟けど……でも、今は違うんだ」


 オウカはそのまま、回廊の奥へと歩いて行く。

 だが彼女は最後に一度だけ二人を振り向き、自信と信頼に満ちあふれた笑みを浮かべて見せた。


「カギリなら……私が育てた自慢の弟子なら、きっと私たちじゃできなかったことをしてくれる。私は、そう信じてる――」


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