拙者、教皇殿を救いたい侍!


『イレギュラーを確認……排除する』


「来る――ッ!」


 白と黒。そして灰。

 虚ろの三色に彩られた最後の回廊。その直上。


 無機質な光のラインが幾何学模様を描く床面を蹴り、七色の光を纏う教皇アルシオンがカギリに迫る。


「カギリさんっ! 魔導戦型ルートブラスター―――四天封鎖アブソリュートフリーズ!」


「拙者も前とは違うでござるぞ! いざ――!」


 刹那。迫るアルシオンを止めるべく、鮮やかな青色の法衣に身を包んだユーニがアルシオンの周囲に空間断絶の封鎖領域を作り出す。


 そしてそれと同時。即座にアルシオンの放つ揺らぎを見切ったカギリは、アルシオンへと繋がる神の力――神の揺らぎを断ち切るべく紅蓮の雷光と共に疾走した。しかし――!


『イレギュラー、ギリギリ侍。破壊する――』


「ぐぬ――っ!?」


「くっ!?」


 だがしかし。二人の力は一瞬にして弾かれる。

 アルシオンの全身から目もくらむほどのオーロラ光がほとばしり、ユーニの封鎖領域ごと迫るカギリの刃を軽々と押し返す。


「だぁああああああああああああ――ッ!」


『敵性存在確認……コード、ティアレイン・シーライト――』


 凄まじい勢いで弾かれたカギリとユーニ。その二人と入れ替わるようにして、月白の祈りをその身に宿したティアレインが、ボロボロの長剣を掲げて突撃する。


 ティアレイン渾身の一撃がアルシオンを包む極光と激突し、凄絶なプラズマの放射となって白黒の回廊を照らす。


「目を覚まして下さい聖下――っ! 聖下のお陰で、私も他のみんなも……大勢の信徒達が聖域の崩壊から逃れることができました! ぜんぶ……全部……聖下のお陰なんです……っ! だから……っ!」


『侵入者は排除する』


 しかし拮抗は一瞬。

 かつてよりも明らかに力を増したアルシオンの光は、ティアレインの祈りを、すでに限界を迎えていた彼女の長剣もろともに粉砕する。


 だがティアレインは諦めない。

 剣を失ったティアレインは即座にアルシオンめがけて両手を伸ばすと、極光にその身を焼かれながらも、ついには彼の肩口にしがみついて見せたのだ。


「なぜ……!? なぜ聖下にこのような仕打ちをするのです……!? 聖下は貴方を……〝オーム神〟を否定などしていない……! 貴方の支配を遂行するべく、私達と神の間に立って悩みながらも必死に働いていらっしゃったのだ……っ! そんな……誰よりもお優しい心を持つ聖下になぜ……なぜ、こんなことをしたッッ!?」


『――この人間は大きな罪を犯した。私との契約を破り、人類の調整を放棄した。あまつさえ、あの場でイレギュラーを排除せようという最高権限指示を放棄した。故に、こうして刑と罰を与えた――』


「教皇様の声が、変わった……!?」


「これは……!? まさか、ティアレイン殿は教皇殿ではなく、神に訴えているでござるか!?」


 ティアレインの声を受けたアルシオンが、その光を宿さぬ瞳を彼女に向ける。そしてその口から発せられたのは、彼のものではない別人の声。


 ティアレインがそのつもりだった訳ではない。

 彼女の内からあふれ出した思いの発露に、どうしてか神が応えたに過ぎない。だが――


「罰だと……!? お前は確かに神と呼べるほどに凄いらしいが、結局は機械なのだろう!? 機械が人に罰を与えるなどと……ッ!」


『人は愚かである。命とは愚かであり、誤るものである。人の行動と判断の91.277%は誤りと過ちである。故に、人には適切な刑と罰と法をもって管理する存在が必要である。それが私に与えられた使命。私の存在理由』


「な、なんだとっ!? ぐあ――ッッ!?」


「ティアレインさんっ!」


「ユーニ殿はティアレイン殿を! 拙者は教皇殿の揺らぎを斬る――ッ!」


 神の返答に驚愕する間もなく、ティアレインの体がついに極光によって後方へと弾ける。

 体勢を立て直したカギリはユーニにティアレインを任せると、再びアルシオン目がけて加速する。


「斬る――! 師匠の想い……そして、ユーニ殿とティアレイン殿の想いのためにも――! 拙者の名はカギリ――またの名をギリギリ侍ッッ!」


『汝の名はカギリ。もしくはギリギリ侍。現在の地球上において、最も危険な存在。最優先排除対象。抹消する』


「死中――推して参るッッ!」


 閃光。

 そして広大な空間全てを揺るがす衝撃。


 ティアレインを抱えたユーニすら後方へと流れる程の突風が巻き起こり、その暴風の中心で凄まじい刃と光の攻防が瞬く。


 オウカの想いを受け、ユーニと想いを結んだ今のカギリの力はかつての比ではない。

 より強大となったアルシオンの光。常人にはとても見切れぬその力の発露を、カギリは全て叩き落とし、弾き、かいくぐり、そして――!


「はぁあああああああああああ――ッ!」


『!?』


「やった!?」


 一閃。


 カギリの放った揺らぎの刃が、アルシオンの肉体ではなく、その周囲の虚空を振り抜いた。


 カギリの斬った物。

 それは鎖。


 かつてザジを縛り、リーフィアを捕らえ、キキセナを制御下に置いていた神の鎖だった。


「う、あ……っ?」


「聖下っ!? 元に戻られたのですか!?」


「待つのだティアレイン殿ッ! これは……まだでござる!」


 カギリによって神の支配を断たれたアルシオンの瞳に光が戻る。意識を取り戻し、視線を巡らせたアルシオンの瞳は確かにティアレインの呼び掛けに応えていた。だが――


「だ、めだ――俺のこと、は――ぐ、うあああああああッ!』


「な……なぜだッ!? カギリ君の剣ならば、神の力を斬れるのではなかったのか!?」


「拙者、間違いなく神の揺らぎは斬ったでござる……! しかし駄目でござった! やはり先に神をなんとかしなくては!」


「今の……僕にも分かりました! カギリさんが斬った力が、〝すぐに元通りに〟なって……!」


「なん、だと……!?」


 だがしかし。

 一度は正気を取り戻したかに見えたアルシオンの瞳は、再びその輝きを失って闇に沈む。


 カギリは確かに神の鎖を断ち切っている。

 だが、元より衛星要塞ゲフィオンは神の領域。


 かつてカギリが全宇宙の揺らぎを集めた際にも、このゲフィオン内部に集まる揺らぎの支配権までは奪えていなかった。


 それは結局、この神の揺らぎの根源を断たねば、何度アルシオンを縛る鎖を断ち切ろうと無意味であることを意味していた。


『ギリギリ侍――やはり汝は危険な存在。星と命の存続を脅かす脅威。ここで排除する』


「神様をなんとかしないと、教皇様を解放できないなんて……!」


「かなり厳しいでござるが、突破するしかないでござる! もしくは、教皇殿と戦いながら神の元まで押し進むッ!」


「っ……! ですね……やりましょう、カギリさん!」


 再び神の支配下に置かれたアルシオンが、膨大な光を纏って立ち塞がる。

 だが今のユーニにも、カギリにも、アルシオンを犠牲にするという選択肢はなかった。


 もはや神の座まであと僅か。

 二人は覚悟を決め、囚われのアルシオンと再び対峙する。


「――そういうことか。ならば話は簡単だ! ここで私が聖下を足止めする。二人は先に進み、神をなんとかして貰えるかッ!?」


「ティアレインさん……!?」


「無茶でござる! 教皇殿の力は、拙者も身をもって知っている! とてもではないが、ティアレイン殿では……!」


 だがその時。


 構える二人の前に、ついに剣も折れて丸腰となったティアレインが立った。

 聖域から今この時まで夜通し戦い続け、その身に纏う甲冑は傷だらけ。純白のマントも、彼女の美しい相貌もすすと血にまみれている。


 しかし二人に代わってアルシオンと対峙した彼女の横顔と青い瞳には、それら一切を感じさせない、揺るぎない信念の光が灯っていた。


「頼む……私は聖下を助けたいのだ。あの方を助けられるのなら……この命すら惜しくない。元より聖下がいなければ、あの雪の日に母と共に消えていた命だ……!」


「ティアレイン殿……! しかし――!」


「……行きましょう、カギリさん! ティアレインさんなら、きっとやってくれます……! 教皇様のためにも、ここまで僕たちを送り届けてくれた皆さんのためにも……! 僕たちは先に進まないと駄目です!」


「ユーニ殿……っ」


 もはや振り向きもせずに決然と立つティアレイン。

 カギリはなおも言葉を続けようとしたが、それを制したのは他ならぬユーニだった。


 ユーニには分かっていた。


 かつてティアレインの魂の叫びをその身に受け、恐らくこの世界で誰よりも彼女の受けた苦しみと悲しみを理解しているであろうユーニには、ティアレインの覚悟が手に取るように分かったのだ。だから――


「だけど、絶対に死なないで下さいね……! ティアレインさんの命は、もう貴方一人の物じゃないんです! 僕も、騎士団の皆さんも……貴方の帰りを待っている人が大勢いるんですからっ!」


「ありがとうユーニ君……君と友達になれた私は、本当に幸せ者だ……!」


「教皇様のこと……お願いします! さあ、カギリさん!」


「く……っ! 分かったでござる……! ティアレイン殿……どうか無事でッ!」


 ティアレインの覚悟とユーニの言葉を受け、ついにカギリも純白の回廊を奥へと駆け抜けた。

 しかしそれを見たアルシオンは、すぐさまその進路に七色の光の壁を出現させ、行く手を塞ごうと試みる。


『許可しない。汝らを先に進ませることは――』


「あーっはっはっは! お前が許可しなくても、私は許可したのだ! 少しの間、私と遊んで貰うぞ――!」


『汝の力は矮小。障害にはなりえない』


「それはどうかな――!?」


 だがアルシオンの光もまた、二人を庇うように飛び出したティアレインに阻まれた。

 先ほどまで為す術も無く弾かれていた彼女の体が、初めてアルシオンの力をその場で受け止める。


『この力――? 祈りではない?』


「そうだッ! こんなこともあろうかと……実は私もつい最近使えるようになった〝本気〟を隠していたのだッ! 〝戦型解放ルートリリース〟――!」


 その声と同時。

 果てすら見えぬ要塞内部に紫色の火柱が吹き上がる。

 

 やがてその火柱は一点に収束し、一振りの〝黒い聖剣〟となってティアレインの頭上から降下――そのまま純白の回廊に突き刺さる。


『解析完了――ティアレイン・シーライトの属性が変化。聖教騎士から――〝勇者〟への変更を確認』


「クククッ……! そうだ……今の私は騎士団長ティアレインではない! 今の私は〝勇者ティアレイン〟ッッ! さあ……たっぷりと遊ぼうではないか、ふざけた神よッ!」


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