弐 神への挑戦

拙者、今度こそ到着侍!


 静寂の白。

 虚無の黒。

 そして停滞の灰。


 リーフィアの力によって転移されたカギリとユーニが辿り着いた空間は、その三つの色しか存在しない世界だった。

 天井も、床も、壁面も。全てがまばらにしか存在せず、その広大な空間を靄と光が満たす。

 どこまでも空虚な空間を、浮遊する素材不明の正方形の板が浮遊し、規則性を持った動きで縦横に行き交っていた。


「ティリオさん……っ。リーフィアさんも、大丈夫でしょうか……?」


「……今は信じるしかあるまい。もし拙者達が首尾良く勝利したとしても、あの二人がいなければどうしようもないのだ。それは、ティリオ殿も承知しているはず!」


「ティリオ君の声は、死にに行く者のそれではなかった……私達も彼らを信じて、与えられた責務を果たすとしよう!」


 今、衛星要塞ゲフィオン内部の広大な空間に立つのはカギリとユーニ、そしてティアレインの三人。


 すでに、生存者ラティアはユーニ達の退路確保と、万が一作戦が失敗した際の破壊工作に向かった。

 そして神との戦いに参加できない季神キキセナもまた、カギリ達の無事を祈りながらリーフィアとティリオの加勢に飛び立っていた。


「ところで、ティアレイン殿の傷の具合はどうでござるか?」


「問題ない! ここに来る間に、あのリーフィアという魔物の少女からアイスとケーキとチョコとフライドチキンとカレーライスと七面鳥の丸焼きを貰って食べたからな! ユーニ君の治療も受けたし、今の私はどこからどう見ても120%全快だッ! ふんすッ!」


「いくらなんでも食い過ぎでござろうッ!?」


「ふふ、それなら良かったです! ここからは何があるか分かりません。集中して進みましょう!」


 聞こえるのは三人の足音と、くぐもった重苦しい駆動音。

 曇天程度の明るさが一定に保たれたそこは、もしそうと知らなければ、建物の内部とは思いもしないほどに広かった。


「本当にここは建物の中なのか……!? あまりにも広すぎて、闇雲に動いては確実に迷子になってしうぞ!」


「でもキキセナさんは、神様のいる場所は〝カギリさんなら分かる〟って言ってました……! どうですか、カギリさん?」


「うむ。拙者にもどういう理屈かは分からぬが……この場所には強い揺らぎの流れがある。恐らく、キキセナ殿が言っていたのはこの流れのことでござろう!」


「揺らぎか……オーム神が使うその力を断ち切れば、地上で暴れている天使っぽい見た目の魔物も止めることができるのだな?」


「そのはずです。教皇様も、カギリさんのお師匠様も、サナリードさんもそう仰ってました」


「そうか……」


 揺らぎを視認できるカギリに従い、三人はその広大な空間を先へ先へと進む。

 やがて三人は暖かな日差しが降り注ぐ光の道へと辿り着くと、その上を浮遊するいくつかの床の一つに飛び乗る。


「早く……一刻も早くオーム神を止め、聖下をお助けしなくては……! あの羽が沢山生えた魔物は聖下は死んだなどとふざけたことを言っていたが、私はそんなのぜっっっっっっっったいに信じない……っ!」


「ティアレイン殿……」


「実は……君達が聖域から離れた後、聖下はずっと〝様子がおかしかった〟のだ……我々に天秤の儀の準備を命じたかと思えば、すぐさまその指示を取り消したり、変更したりで……まるで、日ごとに〝別人になっている〟ような……」


「別人になってる……? それって、どういうことですか……!?」


 流れていく光の道。ティアレインはそこで、カギリとユーニに聖域での出来事を話した。


 アルシオンの様子が日増しにおかしくなっていたこと。

 天秤の儀の準備も遅々として進まず、その全貌もまだ一般信徒には知らされていなかったこと。

 側近であるティアレインですら、直前まで儀式は中止するのではないかと思っていたほどだったという。


「詳しいことは私にも分からない……だが、あいつらが聖域を襲う前、聖下は私を呼んで言ったのだ……っ。君に酷いことをさせてごめんと……っ。みんなを連れて、早くここから逃げろと……!」


「教皇様が……」


「そうだったでござるか……」


「違うのだ……っ! 私が流派殺しとして大勢の人々を襲ったのは、私自ら志願したことだ……! 憎悪に取り憑かれていた私は、ユーニ君やクラスマスターを恵まれた存在として憎み……聖下の計画を聞いて喜んで手を上げた……! 悪いのは、全て私なのだ……聖下が謝ることでは決して、ないのに……っ!」


 徐々に近づいていく揺らぎの中心点。

 迫る終局を前にして、ティアレインはその瞳から涙を流し、両手を握りしめて嗚咽を漏らした。


「ティアレイン殿の思い……このカギリ、しかと聞き届けた! ならば共に神を止め、教皇殿や今も襲われている人々を守るでござるぞ!」


「僕も同じ気持ちです! やりましょう、ティアレインさん! 前みたいに僕達三人で! 一緒にっ!」


「すまない……っ! たとえ何をしていたとしても……やはり聖下は、私の救い主なのだ……! 聖下がいなければ、今の私はなかった……! やはり私は、あの方をお助けしたい……!」


 カギリとユーニはティアレインを支えると、目を見合わせて頷き合う。


 カギリも。

 ユーニも。

 ティアレインも。


 守りたいと願うもののためにここまで来た。


 地上で戦うサナリードを初めとした魔物達も。

 ベルガディスや大勢のクラスマスター達も。


 道を切り開いたドラゴン達も。

 思いを伝えるために残ったリーフィアも。

 そのリーフィアの力になろうと引き返したティリオも。

 ラティアも、キキセナも。


 今も戦い続ける大勢の仲間のため。

 彼らは光の中を進み、神の待つ座へと向かう。

 

 辺りの霧が晴れ、どこまでも続く光の通路に果てが訪れる。

 白と黒の壁面が大きく左右に広がり、鈍色の光がさらに奥へと無限に続く回廊をカギリ達の視界に照らし出す。


 そして――


『――その場で停止せよ。そこの三名、この先へ進むことは許可されていない。それでも先に進むつもりならば、武力を用いて強制排除を執行する』


「そ、そんな……っ!」


「これは……どういうことでござるか!?」


 ついに辿り着いた終着点。

 更に奥へと伸びる巨大な通路、その中央。

 そこに立つ一つの人影。


 その影は、ゆっくりと終点に停止した床から飛び降りたカギリとユーニ。そしてティアレインを微動だにもせず待っていた。

 

 うっすらとくすぶる靄が晴れた先。

 そこに現れたのは――


「せ、聖下……!? なんで……? どうして……ッ!?」


『立ち去る意志は無いと判断――これより、強制排除を執行する』


 待っていた者。

 それは教皇アルシオン。


 しかしその瞳に光はない。

 どんな時でも常に湛えていた笑みもない。


 どこまでも無機質に――ただ与えられた使命を果たすだけの存在へと変わり果てた、かつての英雄の姿だった――。

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