私の大好き


「どうして?」

「どうして戻ってきたの?」

「ティリオ……」


「ユーニ達には先に行って貰ったんだ……! どうせ〝俺達の出番〟はカギリが神を倒した後だろ? だから――!」


「ちがう」

「そうじゃない」

「そうじゃないの……」


 リーフィアを破壊するために戦うフィナーリアと、フィナーリアと手を繋ぐために呼び掛けるリーフィア。

 だがしかし。一方的に傷つけられ、絶体絶命となったリーフィアの前に、漆黒の巨体と黄金の翼――そして太陽のエンブレムを胸部に備えた巨大人型ロボット、ライディオンが庇うようにして現れたのだ。


「前もそうだった」

「あの時も」

「ティリオは私を助けようとしてくれた」

「けど、そんなことしなくていい」

「きっと」

「ずっと」

「私の方が、ティリオよりも――」


「――強いよ。俺はライディオンを信じてるけど、リーフィアはもっと強い。俺だって、そんなことはもう分かってる。でも……」


 ライディオンとリーフィアの周囲に多角形の保護フィールドが形成され、数十億度にも達する超高熱の炎を完全に遮断する。

 激しい炎の光に照らされたリーフィアの横顔には、どうしてここにティリオがいるのか、いくら考えても分からないという驚きに満ちていた。だが――


「でも違う……そうじゃないんだ! だってリーフィアは、この子と〝お話しをするために残る〟って言ったじゃないか! それなら俺だって……君の力になれるはずだろ!?」


「あ……」

「え……?」

「ティリオ……」

「わたし……っ」


 明滅する炎の中。

 リーフィアはティリオのその言葉に目を見開いて声を失う。

 そんなリーフィアにライディオンはゆっくりと巨大な手を伸ばすと、共に戦う意志を示すように彼女を手のひらの上に乗せた。


『ロボ?』

『千年前の』

『古い私と』

『古いロボ』

『弱い力が二つになっただけ』

『簡単に消せる』


「だから教えてくれリーフィア! 君があの子にどんな話をしようとしてたのか……! それを伝えることを、俺にも手伝わせて欲しいんだっ!」


「うん……っ」

「お願い、ティリオ……」

「私と一緒に――!」


 瞬間。ライディオンの防御フィールドが砕ける。

 フィナーリアの力が増し、ライディオンもろとも全てを押し潰そうと空間が歪む。


「やろう、リーフィア! ライディオン――ライドリミッター、一斉解除ッ!」

『イエス。ゴッドスピード、マスター:D』


 だがしかし。

 フィナーリアの力によって包囲されるよりも早く、ライディオンは自ら灼熱の中に飛び込む。

 そしてその炎を突き抜けると同時。ライディオンの全身から太陽フレアを模した赤熱のオーラが吹き出し、炎の巨人へと姿を変える。


『小さな光』

『弱い火』

『そんなの、私には届かない』

『消えて』


 それを見たフィナーリアの光輪が輝く。

 炎そのものと化したライディオンの周囲に無数の流星が現れ、その全てが一斉に襲いかかる。


「ライディオン! バニシングブラスター構え!」

『バニシングブラスター、レディ』

「バニシングブラスター、一斉射――!」


 全長50メートルの巨体を誇るライディオンを、更に上回る巨大質量の雨。しかしライディオンはその全身から紅蓮の光弾を無数に撃ち放つと、全ての流星を削り取るようにして消滅させる。


『……?』

『おかしい』

『ただの機械が、どうして?』


「ただの機械じゃない――! ライディオンは、俺達ライトライド家が千年間も受け継いできたスーパーロボットだ! 何度壊れても、何度パイロットが変わっても……俺達と一緒に命を守るために頑張ってくれた……! みんなの希望が生み出した、夢と叡智の結晶なんだ!」


『どうでもいい』

『夢も、希望も、命も』

『ぜんぶ壊すから』


『アラート、エネミーアタック』

「っ! ライディオン、防御フィールド最大出力!」


 刹那、ライディオンの周囲に無数の爆発と重力異常、さらには空間湾曲が一瞬にして同時に発生。

 あらゆる物理法則を用いた破滅がライディオンを襲い、時空を遮断して攻撃を防ぐライディオンの防御フィールドが即座に悲鳴を上げる。


「させない」

「ティリオは私が守る」

「ぜったいに」


 宇宙そのものを揺るがすフィナーリアの圧倒的力。

 しかしその力は再び無効化される。

 ライディオンの肩に乗り、はっきりと前を見据える少女――虚ろな星のリーフィアの背に再び白銀の光輪が輝き、ライディオンに迫る破滅全てを逸らし、打ち砕く。


「あ、ありがとなリーフィア! 助かった!」


「お願いティリオ」

「私に教えて」 

「あの子に伝えたいの」

「おいしいお菓子のこと」

「やさしいみんなのこと」

「いっぱい」

「たくさん」

「伝えたいのに」

「どうしたらいいか、わからないの――」


「おいしいお菓子や、みんなのこと……? そっか……それがリーフィアの伝えたいことなんだな……」


 その両目に星の涙を溜め、必死に懇願するリーフィア。

 彼女の姿をモニター越しに見つめたティリオは一度頷き、瞳を閉じて考えを巡らせる。


「わかった……なら俺に考えがある。それで上手くいくかは分からない……もしかしたら、俺もリーフィアも死んじゃうかもしれない……それでもいいか?」


「いいよ」

「それでいい」

「わたしは、あなたを信じる」

「大好きなあなたを」


 やがてその目を再び開いたティリオは、自身が握りしめる操縦桿から手を離し、ライディオンの顔文字が映るモニターをそっと撫でた――。


『おかしい』

『もうすぐ終わるはずだったのに』

『元気になってる』

『どうして?』


 その身に叡智の炎を燃やしたライディオンと、星の力を宿したリーフィアが漆黒の空を飛翔する。

 その間にもフィナーリアの超常の力は次々と二人を襲ったが、そのどれもが二人の息の合った連携によって砕かれ、ダメージを与えながらも直撃には至らない。


「伝えたい気持ちに理由なんてない……! リーフィアが伝えたいって思うなら、そのままぶつければいい! わかり合うとか、仲良くなるとか……そんなのは全部その次なんだ! リーフィアはもう、それを俺に見せてくれたじゃないか!」


「そっか――」

「そうだね」

「ティリオの言うとおりだった」

「伝えるのは簡単」

「見てもらえばいいだけ」

「難しく考えてた」


『なんで?』

『どうして消せないの?』

『こんなに弱いのに』

『私の方が強いはずなのに』

『どうして――っ?』


 自らに迫り来る二つの光に、フィナーリアが少しずつ下がり、まるで逃げるようにして空を滑る。


「俺とライディオンが援護する! リーフィアはあの子に――!」


「やってみる」

「ううん」

「やる――!」


 ティリオとリーフィア。

 二つの光はまるで手を繋ぐようにして寄り添い、フィナーリアの光めがけて真っ直ぐに星の海を飛んだ。


『来ないで』

『消えて』

『お願いだから』

『消えろ――っ!』


『アラート、エネミークリティカルディザスター』

「最後だ――! やるぞ、ライディオン! ロードライト・プレイヤー構え!」

『イエス、マスター。ロードライト・プレイヤー、レディ』


 終局の時。


 リーフィアとティリオの光に追い詰められたフィナーリアは、その全ての力を使い、太陽系ごと消し飛ばす程の純粋なエネルギー塊をライディオン目がけて撃ち放つ。


「ロードライト・プレイヤー発動! 頼む、リーフィア!」

『オールミッション、コンプリート――シーユーアゲイン――マイマスター;)zzz――……』


 だがそれでも。

 それでもライディオンは前に出た。

 

 ロードライト・プレイヤー。

 それはライディオンに備えられた最後の力。

 使えば機体そのものが負荷に耐えきれず自壊する、最終決戦武装。

 

 全てのリミッターを解除したライディオンの姿が、人型から太陽のたてがみを持つ獅子の姿へと変形。

 その全身を高熱を越えた超高熱――機体そのものをプラズマの塊と化し、質量を持った閃光となって突撃する。


 その身に纏う炎の色が赤から青、そして最後には純白へと変わり、漆黒の空に伸びる光の道となってフィナーリアの元へ奔る。


 フィナーリアが放った破滅の力とライディオン最後の光が正面から激突し、弾ける。


 そして――


『あ……っ』


「――こんばんは」

「一緒に見て欲しい」

「これが、私の大好きな世界」

「これが、私の大好きな命」

「ここが、あなたのいる世界――」


 月と地球の狭間で炸裂する閃光。それは、千年に及ぶ人類守護の役目を終えたライディオンの爆発光。


 そしてその光の向こう。

 黒の少女は確かに白の少女の元に辿り着いた。


 黄金の光と白銀の光。


 二つの光は一つになり――やがて、瞬く星々の中に消えた――。


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