星と命と


『許さない』

『私を無意味にしたあなたを』

『私は、あなたをバラバラにする』


「聞かせて」

「あなたの好きを」

「私は、あなたをボコボコにしない」


 黄金と白銀。

 二つの光芒が星の海で激突する。


 一方はまるで太陽フレアのように激しく燃え上がる金色の光。

 一方はまるで月の海のように静かにたゆたう銀色の光。


 虚空星フィナーリアと虚ろな星のリーフィア。

 双方の力は鏡写しのように似通いながらも、その力の発露はあまりにも相反していた。


『消えて』

『死んで』

『さようなら』


 フィナーリアが背負う黄金の光輪が輝く。

 漆黒の空になびく金色の髪が大きく広がり、無数の〝マイクロブラックホール〟がリーフィア目がけて撃ち放たれる。


「私は消えない」

「みんなと約束した」

「あなたと話して、すぐに追いつくって」


 フィナーリアが行使したのは、一つでも直撃すれば地球すら消滅させる程の破滅の渦。

 しかしそれを受けたリーフィアは星の海を滑るように飛翔すると、地球や太陽をフィナーリアの射線上から遠ざける。

 そしてその小さな手を広げ、フィナーリアの生んだ無数のブラックホールを全て別次元へと転移、消滅させて見せたのだ。


「あなたは何が好き?」

「私は星が好き」

「命が好き」

「みんなが好き」

「セロリは許さない」


『私に好きはない』

『私は壊す』

『私は消す』

『私はそのために生まれた』

『だから』

『だから死んで――古い私』


「?」


 だがしかし。

 星の海に浮遊するリーフィアの周囲がぐにゃりと歪み、強烈な閃光と共に大爆発を起こす。

 

 リーフィアの小さな体が極大の爆発と湾曲空間に呑まれ、しかしそれはすぐさま一点へと収束。光と空間全てを飲み込む特異点――事象の地平面へと吸い込まれる。


 たった今リーフィアが別次元へと跳ばしたはずのブラックホール。しかしそれはその先で一つに合体し、フィナーリアの力で次元を越えて再出現したのだ。しかし――!


「――いいよ」

「あなたにまだ好きがないのなら」

「まだ、あなたの好きがわからないのなら」

「一緒に探そ」

「私と一緒に」

「きっと楽しい」


『まだ壊れないの?』

『しぶとい』


 しかし光すら脱出不可能とされる特異点すら、魔物の頂点たるリーフィアを封じるには至らない。

 一度は極限までねじれた空間がぐるぐると逆回転し、やがて全てが元通りになったその場所から、黒いドレスをボロボロにしたリーフィアが飛び出す。


「私も最初はなにも知らなかった」

「一人じゃ何もわからなかった」

「ギリギリ侍と」

「ユーニと」

「ティリオと」

「みんなと会って」

「それでわかったの」


『うるさい』

『私はなにも知らなくていい』

『わからなくていい』

『オームは、私にそう言ってた』

『古い私は、それで〝壊れた〟って』


「私は壊れてないよ」

「元に戻ったの」

「ううん」

「前よりもずっと好きになった」

「前よりもたくさん好きになった」

「私は――みんなが大好き」


『――そんなの、どうでもいいっ!』


 ぶつかり合う光。

 炸裂する炎。

 弾けては渦を巻く超常のエネルギー。


 絡み合うようにして流れていく二つの光は、やがて地球近傍を離れ月へと向かい、月と地球の狭間で激しく衝突を繰り返す。

 互いの速度はすでに光速に近づき、ひび割れた空間は次元震となって太陽系全てを鳴動させた。だが――


「あ――」


『好きも』

『嫌いも』

『どうでもいい!』


 月からも地球からも離れた星の海。

 そこで数百、数千、数万に分裂していたリーフィアは、同じく分裂したフィナーリアに押し潰されるようにして弾ける。


 フィナーリアの言葉は確かに正しい。

 すでにリーフィアの背に輝いていた白銀の光輪は砕け、少女の体はすすとホコリにまみれていた。


 だが一方のフィナーリアは無傷。


 彼女の力を示す黄金の光輪は未だ盛夏の太陽のように燃え上がり、身に纏う純白のドレスにはホコリ一つついていなかった。


『私は強い』

『あなたは弱い』

『それだけ』

『それだけでいい』

『私には、それだけで――!』


「どうしよう」

「どうしたら伝えられるんだろう」

「アイスがおいしいこと」

「みんなが優しいこと」

「楽しいことがいっぱいあるのに」

「もっとたくさん、伝えたいことがあるのに」


 弾かれ、傷ついたリーフィアが星の海を流れていく。

 今にも消えてしまいそうな――弱々しい光を放って落ちていく彼女の姿は、地上からは流星のように見えたかもしれない。


「どうして私にはできないんだろう」

「ギリギリ侍も」

「ユーニも」

「ティリオだって」

「みんな、がんばってるのに」


 もしリーフィアがフィナーリアを破壊するつもりであれば、恐らくこれほど一方的な戦いにはならなかっただろう。


 フィナーリアの力は確かに彼女を上回ってはいたが、すでに二人の少女の力は、この世界の物理法則の限界に達している。

 二人の力の差はほんの僅か。ただ〝殺意と害意〟のあるなしだけが、両者の明確な差となって現れていた。

 

「みんなが教えてくれたこと」

「新しくわかったこと」

「いっぱいある」

「けど」

「わかればわかるほど、またわからないことが増える」

「むずかしいな――」


『わからなくていい』

『悩まなくていい』

『それが強さ』

『なにも知らなければ』

『ずっと強いままでいられる――!』


 弾かれたリーフィアに、金色の輝きを灯したフィナーリアが迫る。リーフィアはやってくる終わりをその星色の瞳でじっと見つめ、それでも必死に考えていた。


 どうすればいいのか。


 彼女が見た人々の生き様を。

 生まれて初めて本当の命の中で過ごし、そして知った世界の素晴らしさを。

 今も確かにリーフィアの胸の中にある、カギリ達から貰った熱を。


 どうすればそれをフィナーリアに伝えられるのか。

 リーフィアは自身の死の可能性すら横に置き、ただひたすらにそれだけを考えていた。


「違う」

「私はもうわかってる」

「わかってるのに」

「あと、少しなのに――」


『やっぱりあなたは壊れてた』

『さようなら、壊れた古い私』

『さようなら、弱い私』


 別次元への転移も、時空間の跳躍もすでに封じられている。

 フィナーリアの放つ数十億度の熱がリーフィアを飲み込み、彼女の小さな体を焼き尽くそうとした。


 だが、その時――


「あ、あ、あ……危なあああああああああああああああいッ!」


「え……?」

「どうして?」

「どうして――戻ってきたの?」


 だがその時。


 全てを焼き尽くす灼熱に包まれたリーフィアの眼前。

 黄金の翼を広げた巨大な人型ロボットが、聞き覚えのある少年の叫び声と共に立ち塞がったのだった――。

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