拙者、衛星要塞に突撃侍!


 後方へと流れていく視界。

 一瞬にして迫る空の色は青から黒へと変わる。


「サナリード……」

「大丈夫かな……」

「もしかしなくても:死亡フラグ」

「ここは任せて先に行け」


「急ぐしかあるまい……! サナリード殿やザジ殿の助力に報いるためにも、なんとしても拙者達でやるでござるッ!」


 衛星要塞めがけて飛翔したライディオン。その遥か後方では、離れた位置からでも分かる程の巨大な破砕と、無数の光の交錯が炸裂していた。


 四新星が一星、天命星カルナ率いる天使の軍勢と、四星冠の一星、遍く星のサナリード率いる魔物の軍勢がついに激突したのだ。


「色々な目的で作られた私達とは違って、さっきのあいつらは戦うためだけに作られてる……まともに戦ったら、私達じゃ……」


「教えて、キキセナ」

「私はまだ昔のことを思い出せない」

「あなたは、私のことを知ってるみたい」


「私と姉様は魔物――千年前は〝オートマタ〟って呼ばれていた人工生命体の中で、最後に作られた姉妹だったの。私は自然回復が見込めなくなった地球大気の浄化のために。そして姉様は、私も含む全てのオートマタのバックアップとして……」


「姉妹……」

「私が、あなたのお姉さん」

「そうだったんだ……」


 衛星要塞ゲフィオンへの道すがら、無数の光の蝶を連れて先導するキキセナは、ライディオンの頭の上に座るリーフィアに、万感の想いが込められた眼差しを向けた。


「私だけじゃない……! ザジも、ラシュケも、ポラリスも――世界中でやっと目を覚ましたみんなだって……! 大事だったことや、大好きだった物を千年前に奪われて、何もかも忘れて生きてきたの……っ! もう、なくしたくない……っ。姉様との思い出も……その後の私も……なに一つだってなくしたくないのっ!」


「キキセナさん……」


「でも私達じゃ神を――オームを倒せない! けどこのまま何もしなかったら、今度こそ私達は大事な物を全部なくしちゃう……! お願いカギリ……みんなを、私達を助けて……っ!」


「承知……! このカギリ、必ずや人も魔も……どちらも共に守ってみせるでござる! それこそが、かつて月でリーフィア殿に約束した誓いでござるッ!」


「ありがと、ギリギリ侍」

「私もがんばる」

「もう、誰もひとりぼっちにならなくていいように」


「だな……! けど気をつけろみんな!」


「うわ……! なんかライディオンのモニターに赤い点々がいっぱい出てきてるよ! もしかして、これ全部が敵って感じ!?」


 キキセナの懇願に、カギリは保護シールドに守られたライディオンの手のひらの上で力強く頷く。

 しかしその時。ティリオとラティアの叫び声と、けたたましく鳴り響くアラートがライディオンから鳴り響き、その進行方向に〝無数の光点〟が現れる。


「あれは……! さっきと同じ奴らか!」


「チッ……! ゲフィオンまでもう少しなのに!」


「とんでもない数でござるな! まるで壁でござる!」


 その光点の正体。それは先ほど地上でも見た天使の軍勢。

 しかしその数は地上の比ではない。

 

 カギリ達の進行方向。

 漆黒の宇宙空間全てを埋め尽くす天使の群れ。


 それはさながら光の壁となって視界一杯に広がり、ゲフィオンへと向かうカギリ達の前に立ち塞がった。


「さ、流石にこれは多過ぎだろ……っ!?」


「いいえ――そのまま真っ直ぐです!」


「ま、真っ直ぐって……あの敵の中にか!?」


「急がなきゃ間に合わない」

「私もやる」


「やりましょう、リーフィアさん! 戦型解放ルートリリース――魔導戦型ルートブラスター!」


 現れた天使の大軍勢。


 それを見たティリオは一瞬ライディオンの加速を緩めようとしたが、それよりも早くユーニとリーフィアがライディオンの手のひらから飛び出す。そして――!


戦型最終奥義アーツオーバー――! 輪壊万華鏡ターミナスエクスッ!」


「時間がない」

「ボコボコにする」

「ごめんね」


 瞬間。

 青い星を眼下に望む衛星軌道上に、極大の光芒が奔った。


 ユーニの放った翡翠の閃光と、リーフィアが両手を広げて撃ち放った白銀の閃光。

 そのどちらもが、星の夜を真昼に変える程の凄絶な輝きと破壊をその場に顕現させる。


 二つの光は螺旋のように絡み合いながら一つの巨大な渦となり、行く手を阻む天使の軍勢、そのほぼ全てを一撃で消し飛ばして見せた。


「今です! ティリオさんっ!」


「私とユーニならこんなもん」

「ふんす」


「二人とも流石でござる!」


「ひええええっ!? ゆ、ユーニもリーフィアも、めちゃくちゃすぎるだろ……!?」


 破壊の光が過ぎ去り、大きく陣形を崩した天使達を抜け、スラスターを全開にしたライディオンが飛翔する。


 だがしかし。


 先の一撃で数万という数を失ったはずの天使達は、すぐさま何もないはずの虚空から光と共に再出現し、もしくは再生されてライディオンに襲いかかる。


「私が戦っていた時と同じだ! こいつらは、倒しても倒してもすぐに増える! なんでかはさっぱり分からん!」


「それなら、何度でも吹き飛ばすまでです!」


「ユーニ殿、次は拙者もやるでござるぞ!」


 再生する天使の軍勢。それを見たカギリ達は再び攻撃を仕掛けるために身構えた。だが――


「――遅くなりました。盟主からの通信、確かに受け取りましたよ」


「ドラゴン!? まさか!?」


「まざー殿でござるかっ!?」


 その時。虚空から次々と溢れる天使の軍勢に、カギリ達とは全く違う別方向から無数の熱線が放たれる。


 そしてそれと同時。今も青く輝き続ける地上から数千、数万という数の鈍色のドラゴンと、その拠点である全長数千メートルにも及ぶ巨大な箱舟が突撃してきたのだ。


「貴方達の現在位置を特定するのに手間取りました。この星の命運を定める戦い――守護者としての最後の責務、果たさせて貰います」


「マザー様……! ありがとうございますっ!」


「ユーニ、そしてカギリ……あの時、貴方達が箱舟に来たときに感じた私の予感は正しかった。貴方達は確かに、この世に希望の光を灯した――ならば、私達はその光を守るための礎となりましょう」


 ライディオンを追い越し、赤熱する大気と薄く伸びる白雲を伴う箱舟が進む。

 無数のドラゴン達が次々と天使達に襲いかかり、その無機質な肉体に鋭利な爪と牙を突き立てて破壊していく。


「早く先へ――この千年間そうであったように、我々ドラゴンには〝強大な一個体〟を倒す手立てがありません。全ては、貴方達にかかっているのです」


「ありがとうマザー様……! ここは頼みますっ!」


「すぐに戻るでござる!」


 襲い来る天使の群れに対して、カギリ達を庇うように突き進む箱舟。

 船体各部から数千という火砲が一斉に火を噴き、その圧倒的巨体とあいまって、さすがの天使達もライディオンの行く手を塞ぎきることができない。


 その隙を縫い、ライディオンは飛翔したキキセナの先導に必死に追いすがり、行かせまいとする天使達の光弾を驚異の操縦技術で躱しきり、ついには振り切った。


 やがて――


「――見えた! あれがゲフィオンよ!」


「あれが!? で、でけぇ……っ!」


 二重三重にも及ぶ神の追撃をかいくぐり、ついにカギリ達の視界にゲフィオンの威容が映る。


 それは、箱舟すら上回る漆黒の巨大な影。

 地上からの青い光に照らされて浮かび上がるゲフィオンの姿は、神の住む神殿と言うよりも、星の海に穿たれた楔のように見えた。


「このまま突っ込むぞ! そうしたら、後は打ち合わせ通りに――」


『――だめ』

『いかせない』

『あなたたちはここで終わり』

『オームがそうしろって言ったから』


「え?」

「だれ?」

「今は増えてないのに」


 だがしかし。ゲフィオンまであと一歩と迫ったカギリ達を、今度は〝小さな一つの光〟が行く手を阻んだ。


 そして、白銀に輝くその光の中から現れたのは――


『私はフィナーリア』

『虚空星フィナーリア』

『たぶん』

『きっと』

『私が四新星で一番強い』

『つまり』

『さようなら』


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