拙者、決戦開始侍!


「大丈夫ですか、ティアレインさんっ!」


「ゆ、ユーニ君……っ!? 来てくれたのか……っ」


 天命星カルナの放った一撃が弾け、辺り一帯に凄まじい突風と衝撃を巻き起こす。

 弾けた力は光の粒となって渦を巻き、やがて降り積もる雪のように舞い散った。


『貴方達は……オームから与えられたデータに含まれていたイレギュラー……』


「否ッ! 拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍ッ! 〝いれぎゅらー〟などという名ではない!」


『この世でオームしか扱えぬはずの力を、人の身で自在に操る者……貴方のような存在を生み出してしまった〝先任者の咎〟は重い』


 疾走する巡礼列車の甲板上。

 破滅の一撃を粉砕したカギリと、傷ついたティアレインを抱えたユーニが決然と降り立ち、頭上に座するカルナを見据える。


「すまない……っ! 私達は、君達の敵だというのに……!」


「そんなことありません! ティアレインさんはいつだって、僕の大切なお友達です!」


「左様! すでに拙者も、ユーニ殿と師匠から聖教会と教皇殿の事情は聞き及んでいる――敵対することなど何もない。友が危機にあれば、馳せ参じるのは当然のことでござる!」


「ユーニ君……っ。カギリ君も……すまない……! 本当に、ありがとう……!」


 傷ついたティアレインを甲板上で騎士団に預けると、ユーニとカギリは共にカルナを見上げて並び立つ。

 そうしている間にもカルナの周囲には無数の天使が次々と現れ、規則正しい幾何学模様となって空に文様を描いた。


「気をつけろ二人とも! あいつらのせいで聖域は壊滅した……! 我々第一騎士団は、自らの足で逃げられぬ傷病者や、女子供を乗せた巡礼列車と共に脱出したのだが……」


「聖域が壊滅……!?」


「教皇殿はどうなったでござるか!?」


「聖下は……聖下は、私達を先に行かせて……っ」


『〝あれ〟は罪深き命です。オームとの契約を破り、力と権力を自らの欲しいままにした。今頃は、あの男の命もこの星の循環へと還っていることでしょう』


「ふざけるなッッ! 聖下は死んでなどいないっ! 私のこの力は、聖下が授けて下さった力だ……! 私がまだこうして戦えていること……それこそが、聖下の命の証……っ! 聖下は……必ずご無事で……っ!」


「ティアレイン殿……」


『信じることは自由です。しかしあの男には、すでにオーム自ら罰を執行しました。あの男が与えたという貴方のその力も、やがて消えるでしょう』


 聖域の壊滅とアルシオンの安否。

 カルナが語る現実に、ティアレインはその瞳を潤ませて体を震わせた。


『さあ、消えなさいイレギュラー。すでにオームによる命の調整は始まりました。そして他の命とは違い、〝貴方達〟の命は循環せぬよう私自ら消し去りましょう』


「〝達〟だと……?」


「そんなこと、絶対にさせませんっ!」


「――ユーニの言うとおりだっ!」

「そうそう」


 だがその時、カルナと天使の軍勢から列車を庇うように巨大な影が両者の間に割り込む。

 そして気勢を上げる少年の声と、無機質な少女の声が響いた。


「俺達だって、こんな状況になることを考えてなかったわけじゃない!」


「あなただれ?」

「見たことない」

「知らない」

「もしかして:魔物じゃない」


『ほう……噂をすれば、〝先任者〟も現れましたか』


 それは漆黒の巨体に金色の翼を広げたティリオの駆るライディオン。そして、そのライディオンの巨大な頭部にちょこんと座るリーフィアだった。


「ティリオさん、リーフィアさん! ラティアさんは!?」


「私ももう中に乗ってるよ! つまり〝予定通り〟ってわけだね!」


「ベリンのベルガディス先生や、他の奴らには作戦開始の信号を出してきた! こいつらの攻撃が世界中に広がる前に、俺達でゲフィオンに向かうしかない!」


『ふふ、ゲフィオンに向かうと聞こえましたが……私が行かせるとでも?』


「そのロボに乗っているのはティリオ君か……!? 君も気をつけろ! さっき戦ってみて分かったが、こいつは大ボスだけあって手強いぞ! 神冠どころのレベルではないッ!」


『当然です。私は〝旧式の四星冠〟を遙かに上回る性能を備えています。たとえ貴方達が束になってかかろうとも、私に傷一つ与えることは出来ません』


 その場に現れたライディオンとリーフィアを見ても繭一つ動かさず、カルナは柔らかな笑みを浮かべて頷く。


 しかしその間にもカギリとユーニ、そしてユーニから治療を施され、他の騎士達に列車の護衛を任せたティアレインの三人はやってきたライディオンの手に飛び移ると、そのままカルナを引き受けて列車を先に行かせた。


「どうするでござるか!? 作戦開始は良いが、流石にすんなりとは行かせてくれそうにないでござるぞ!」


「それでもやるしかありません! ベリンのことは先生や他の皆さんを信じて、僕達はゲフィオンを!」


「私とティリオは神様を書き換える」

「カギリは神様をやっつける」

「ユーニはカギリを守る」

「ラティアはみんなをお家に帰す」

「こっちの人はお腹が空いて力が出ない」

「誰がやる?」

「みんなでやるの?」


「そ、それは……」


「―――いいや、それも事前の打ち合わせ通りだ。こいつらの相手は、俺達がやる」


 瞬間。遙か上空から無数の光弾が降り注ぎ、正確に一体一体の天使達を打ち抜く。


 しかも破壊はその光だけではない。


 突如として湾曲した空間が、隆起した大地から現れた巨木が、一瞬にして天使の体を朽ちさせる大気が。


 そして弾丸のように繰り出された拳が、カギリ達の集うライディオンを更に守るようにして現れたのだ。


「まったく……俺達を置いて勝手に始めるとはな。役に立たなくなったガラクタには、もう興味はないってわけだ」


「サナリード」

「他の所は?」

「守れそう?」


「安心しろ、そこにいる盟主と互いの管轄の確認は済んでいる。俺達魔物は、ゲフィオンに近付きすぎれば意識を掌握される可能性があったからな。最初から地上を守る手筈になってたんだよ」


「そういうこと! ボク達を旧式扱いするそこの悪趣味な奴らには、どっちが上かちゃんと教えてあげないとねッ!」


「ホーホーホー! 人と敵対していたとは言え、ワシらにもこの星を千年かけて癒やしてきた自負がある……! それをこうも容易く無碍にされては、たまったものではあるまいて!」


「行け、ギリギリ侍。そして、この星を縛る力を斬れ。あの時、俺を支配する力を断ち切ってくれた時のように――」


「お主は、まさかあの時の……ザジ殿か!?」


「お前に斬られて目が覚めた。俺はまた、子供達のヒーローに戻れたんだ――ありがとう」


「ありがとうと……!? ザジ殿……!」


 天使達を一掃する苛烈な攻撃。

 その爆炎を抜けてその場に現れたのは、知る者も知らぬ者も入り乱れた魔物の大軍勢。


 その先頭に立つ巨躯の男――遍く星のサナリードは眼前のカルナを挑発的に眺めると、そのまま片手を上げて空を指さし、カギリ達の向かう先を示した。


「リーフィア姉様! カギリ! ゲフィオンまでは私が案内する……ついてきて!」


「今度はキキセナ殿でござるか!?」


「さっさと行け! ゲフィオンへの先導にはキキセナをつけてやる!」


「っ……! 絶対に死ぬなよ! あんたがいなくなったら、交渉どころじゃないんだからな!」


「ありがとうございます皆さん……! 必ず使命を果たして戻ってきますからっ!」


「まさか、君達がすでに魔物とも協力関係にあったとは……! 一体何がどうなってそうなったのだ!?」


「子細は道すがら! すでに彼らは敵ではござらぬ! ティアレイン殿と同様、共に戦う仲間でござる!」


「またね、サナリード」

「みんなも」

「どうか死なないで」

「一緒に生まれた四つの星」

「もう……私とあなただけだから」


「お前もな……リーフィア」


 その言葉を最後に、ライディオンはスラスターを全開に。

 無数の蝶を伴って飛翔するキキセナを追い、カギリ達を連れて遙か上空へと昇っていった。


『命の調整――イレギュラーの排除。そしてもう一つ、我々には貴方達古きオートマタを全て処分せよという指示も受けています』


「なら試してみろ。俺達と違って〝人を殺すしか能のない新型〟が、俺達旧型より出来が良いのかをな――!」


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