終
壱 衛星要塞
拙者、幸せ侍!
「おお、これはなんと美味な! さすがはユーニ殿お勧めの店でござる! うまうま!」
「とっても美味しいですっ! 前に約束をしてから、ずいぶん日が経っちゃいましたけど……こうしてカギリさんと一緒に来られて、本当に良かったですっ」
ユーリティア連邦の首都ベリン。
今日も平時と変わらぬ賑やかさを見せるベリンの一角。
オウカとの再会を経て、日の本から無事に帰還したカギリとユーニは、いつぞやに約束した評判のケーキショップを訪れていた。
店内は平時と変わらず大いに賑わっていたが、人々は数日後に迫る大虐殺のことを知らない。
ナイア聖教会の持つ影響力の大きさから、ティリオや大勢のクラスマスターの尽力にも関わらず、連邦は愚か、議会の支援すら儀式までに受けることは出来なかったのだ。
「しかし拙者達だけでなく、ティリオ殿も大忙しだったようでござるな! まさか、拙者達が留守の間に魔物の協力を取り付けていたとは……!」
「僕もすごく驚きました。いつのまにかリーフィアさんともとっても仲良しになってますし」
「はっはっは! いつもなら拙者達に着いてくるリーフィア殿が、今日はティリオ殿と約束があると言っていたでござるな! まっこと、仲良きことは素晴らしいことでござる!」
「はい! 僕もそう思います!」
しかし今、二人の表情に悲壮はない。
たとえその数は少なくとも、それでも共に戦う仲間はいる。
あの日。聖域での戦いで世界の真実を知ってから今日まで。
ユーニもカギリも、ティリオもリーフィアも。他にも多くの仲間達が各々に出来る最善を尽くしている。
ならば、後は己も死力を持って戦い抜くのみ。
すでに無数の死線を潜り抜けてきた二人には、等にその覚悟は出来ていた。
「はぁ……とっても美味しかったです。また来たいなぁ……」
「また来よう! 今度はリーフィア殿も、ティリオ殿も連れて!」
「ですね……絶対に、また来ましょうね」
「む……?」
そしてその帰り道。
すでに日も傾きかけた夕焼けの下。
人混みを避け、巡礼列車が通るレール横に設けられた寂れた静かな道を歩いていたカギリの手を、ユーニはそっと握った。
天秤の儀と呼ばれる人類大虐殺。
人と魔の調和を保つために行われる人減らし。
刻一刻と迫る決戦の時をひしひしと感じながらも、だからこそ二人は以前にも増して行動を共にするようになっていた。
「と、突然どうかしたでござるか?」
「えっと……嫌でしたか……?」
「そ、そんなことはないでござる……! む……むしろ、かなり嬉しいというか……うむむっ!」
「僕もそうです……初めてカギリさんと会った時は、こんなに嬉しい気持ちがあるなんて、知りませんでした……」
「ユーニ殿……」
こうして手を触れ合わせるのは初めてではない。
戦場で身を寄せ合ったことなら幾度となくある。
しかし今。
互いに想いを伝え合い、掛け替えのない関係となってからは、逆にこのような触れ合いはなかったのだ。
その突然のユーニの行動に、カギリが思わず視線を向けた先。
そこにある夕日に照らされたユーニの透明な横顔に、カギリは思わず見惚れ、声を失う。
いつもと変わらず、真っ直ぐに前を見据える瞳。
艶やかに光る目元も、どこまでも深い青い髪も。
カギリは改めて――その少女の心身から溢れる気高さと美しさに圧倒されたのだ。
「あの、実は……」
「う、うむ?」
「実は僕……本当はもっと、カギリさんと一緒にいたいってずっと思ってて……」
「い、一緒にでござるか……っ? しかし拙者とユーニ殿は、すでにほぼ四六時中一緒にいるような……いないような……っ!」
「えっと……それだけじゃなくて、ですね。もっと傍に……こう……今みたいに手を繋いだりとか……! く、くっついたりとか……っ!?」
「な、なるほど……っ!? それは確かに!」
端から見れば、二人のそのやりとりは相当に奇妙に――そして微笑ましく見えたことだろう。
二人は互いに真っ赤になりながら、しかし繋いだ手は決して離さず、まるで武術の達人同士がじりじりと間合いを計るようにして、本当に少しずつ距離を詰めていった。
「こ、このくらいで良いでござるか……?」
「ん……っ。もうちょっと……いいですか?」
「も、もうちょっとでござるかッッ!? し、しかしこれ以上は……っ!?」
「はぅ……やっぱり、だめ……でしたか?」
「ぬわーーーーっ!? そんなことはないでござるぅぅっ! こ、これでどうでござるかーーっ!?」
「あ……っ」
そのようなやりとりが延々と続いた後。
夕暮れの日に伸びた二人の影が一つに重なる。
カギリに抱きすくめられたユーニは始めに目を見開き、やがて心から満足したように力を抜いて、深く息を吸った。
「はふぅ……んっ」
「どうでござるか……?」
「と、とってもいいです……っ。なんだか……すごく幸せな気持ちで……っ」
「そ、それは良かった!」
それまでの騒がしいやりとりから一転。
抱きしめ合った二人はそのまま動かず、互いの温もりをなによりも得がたい物として全身で感じた。
「幸せです……本当に……」
「拙者も、はちゃめちゃに幸せ侍でござる……!」
「大好きです、カギリさん。他の誰でもない……僕のこの気持ちは、カギリさんにだけなんです……それでもいいですか?」
「大歓迎でござるがッッ!? なにを隠そう、拙者もユーニ殿の余りの可愛さに今にも倒れそうでござる!」
「そ、そうなんですか……? 嬉しいです……」
間近に迫る神との戦い。
しかし不思議とユーニにも、カギリにも恐れはなかった。
そして、二人は共にその理由をとうに理解していた。
「みんなの幸せを守りたいと思うなら、僕もみんなと同じ幸せを知らないといけなかった……カギリさんが教えてくれたんです」
「それについては……拙者もユーニ殿に教えられたでござる」
「なら、絶対に守らないとですね……僕達の幸せも、みんなの幸せも……二人で一緒にっ!」
「うむ! 拙者はこれからも、いつでもどこでもユーニ殿と一緒でござる!」
「はい……っ! 僕も、それがいいです……っ!」
二人ならばやれる。
二人ならば出来る。
あの日、深い森の中で出会った勇者の少女と死にかけの侍。
交わった二人の糸は今や深く結びつき、強靱な鋼にすら勝る絆となった。
この幸せを守る。
それこそが人々を守る事であり、世界を守るという事だった。
柔らかな夕暮れの日の下。
互いの幸せを抱きしめながら、二人はいつまでもその想いを確かめ合っていた――。
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