盟主の糸
「うーん……六大流派は抑えられたけど、やっぱり連邦議会は無理か……そうなるとこれは駄目で……こっちは……大丈夫そうかな……」
「大丈夫?」
「もうずっと寝てないみたい」
「もしかして:ブラック企業」
「心配」
「えっ!? ああ、リーフィアか……ごめん、今やってるこれを片付けたら寝るから」
深夜。
サナリード率いる魔物との会談を終えてから数日の後。
ティリオはうずたかく積まれた書類の山に埋もれ、薄明かりが灯る執務室で休むことなくデータ端末を操作していた。
「ねえティリオ」
「本当にできるの?」
「人と魔物が一緒に仲良くする」
「そんな世界を、サナリードに見せられるの?」
「……無理だな」
「え?」
「無理なの?」
相変らず一切の気配もなしにその場に現れたリーフィアに驚きつつも、ティリオは彼女の質問に率直な答えを返した。
「〝今すぐには無理〟ってことかな……サナリードさんも言ってたけど、人はそんな簡単な生き物じゃない。もし俺が王様だったり、ユーニみたいに英雄だったとしても、一ヶ月で人と魔物を仲良くするなんてのは、絶対に無理だ」
「そう思う」
「だからサナリードは降伏しろって言った」
「力で押さえつけた方が簡単だから」
「……けど、〝それはもっと駄目〟だ。ここでそんなことをしたら、今度こそ人と魔物はずっと戦うことになる。リーフィアだって、そんなの嫌だろ?」
「それはそう」
「でも、じゃあどうすればいいの?」
「そんなの無理なのに」
「ティリオはどうして頑張ってるの?」
「んー……」
暖かなオレンジ色の光に照らされた室内。
リーフィアは、その星が流れる瞳でティリオをまっすぐに見つめ、尋ねる。
「こういう交渉ごとってさ……〝魔法や奇跡〟なんてないんだよ。お互いの出来ること、出来ないことを何度も付き合わせて、納得出来るまで話し合うしかない。武力を使えば手っ取り早いって思うかも知れないけど……多分、サナリードさんの〝本当の狙い〟はそうじゃない……」
「そうなの?」
「俺達と魔物は何百年も戦ってたから、信頼なんてゼロどころかマイナスだ。だからまず最初にやらないといけないのは、急いで仲直りすることじゃなくて、一から〝繋がりを作り直す〟ことだと思う。もちろん、魔物の支援は欲しいよ……けどそのために嘘や出来もしない約束を並べたりすれば、神様をなんとかした後、今度は〝魔物と戦うことになるだけ〟だ」
「繋がりが大事」
「嘘はだめ」
「ティリオは、神様の次のことも考えてるの?」
「むしろ、俺達にとっては神様のことより魔物と仲良く出来るかどうかの方が大切だよ。最悪ここで聖教会の虐殺を阻止できなくても、魔物との交渉の余地が残るならそれはとんでもない成果なんだ。もちろん、失敗するなんて考えたくないけど……今回はそこまで考えないといけない。それくらい大事なことなんだ」
「私たちと仲良くする方が大事」
「そうなんだ……」
「そうかも……」
「ありがとう、ティリオ」
ティリオの語った魔物との交渉の重要さ。
その話を聞いたリーフィアは俯き、二度三度とティリオの言葉を理解しようと呟いた。
「交渉や外交は綺麗事じゃない……けど、そういうのはある程度の関係があって、相手の事情を把握してないと通用しない。今の人と魔物みたいに、信頼も繋がりもない関係なら一方的に叩き潰した方が楽なはずなんだ……けどサナリードさんは〝そうしなかった〟……きっと、そこにギリギリの活路がある……」
「私も手伝う」
「手伝わせて」
「もちろんリーフィアにも手伝って貰うさ! 俺に出来る事なんて何にもない……ユーニや他のみんなに手伝って貰わないと、こんな簡単なことだってまともに出来ないんだ」
「わかった」
「私もがんばる」
「ティリオもえらい」
「よしよし」
「うわっ!? な、なんで撫でてくるんだよ……っ!?」
「ありがとう、ティリオ」
「私たちのこともいっぱい考えてくれて」
「りっぱなめいしゅ」
「わわ……っ!?」
結局、ティリオに与えられた時間は余りにも短く、出来ることも限られていた。
しかしそれでもティリオは最後まで諦めず、今の彼に出来る限りの力を使って対案の作成を続けた。
薄暗い部屋の奥。
リーフィアの小さな手で癖のある赤髪を撫でられながら、ティリオは来たる期日への決意を漲らせるのだった――
――――――
――――
――
「ふん……なるほどな。鼻息荒く請け負った割には、随分と地味な内容だな。連絡手段の設置に定期的な交渉、外交団の派遣。どれもこれも初手中の初手ばかり……俺達との交渉継続に重点を置いたか」
「そうだ。けどそこに書いた内容は、ユーリティア連邦だけじゃなくて、他のいくつかの国からも同意を取り付けてある。条約と取り決めの履行についても、俺達流派同盟が責任を持って保証する」
「がんばってティリオ」
「ふれーふれー」
そして迎えた当日。
再び南極を訪れたティリオは、前回とは違う流派同盟盟主としての正装を纏い、丁寧に記述された提案書を元にサナリードを初めとした無数の魔物の前に立っていた。
「領土に関しても、もともと南極に近寄る人間なんていないし、領有を主張する国も組織もない。俺達も手出ししないと約束できる」
「……とりあえずこいつは受け取っておいてやる。元より、ここで〝クソみてぇな口約束〟を俺達に並べ立てれば破談にするつもりだった。内容を確認し、一両日中には返答する」
「ほ、本当か……!?」
「だがその前に……一つ聞かせろ、クラスマスターの盟主。お前はなぜこの内容にした? こんな地味でクソ真面目な対案を堂々と出してきた根拠はなんだ?」
「それは……」
ティリオからの提案書を受け取ったサナリードは、感情の読み取れない表情で淡々と尋ねた。
金色の瞳がティリオをじっと見つめ、まるで値踏みしているように輝いていた。
「貴方たちが、〝今よりも先〟のことを考えていると思ったからだ」
「ほう……」
「はっきり言えば、俺だって魔物を信じているわけじゃない。魔物が何を考えているのかも、何をしたいのかも、人を襲わないっていう話が本当なのかも、すぐに信じることなんてできない」
薄暗い極寒のホールに、ティリオの淀みない声が響いた。
それは普段の彼とは全く違う、力強い声だった。
「けど……貴方たちは俺達に声をかけた。理由はどうあれ、俺をここに呼んで話し合いの機会を作ってくれた。俺は、その決断をした貴方たちの意志を信じる。この星の上で……これから先も俺達と生きることを考えようとした、貴方たちの意志を……!」
「それでこの内容か……それはつまり、少なくともこの内容に同意した奴らには、俺達魔物とこれからも関わって生きていく覚悟があると……そう考えていいんだな?」
「そうだ……!」
「いいだろう……今はまずそれが聞きたかった。最前線で俺達と戦い続けた組織の長から、直接な」
その言葉を聞いたサナリードはきびすを返すと、何体かの神冠の魔物を引き連れて闇の中へと消えていく。そして――
「――お前らのゲフィオン攻略戦には協力してやる。どちらにしろ、神に受けた借りは返すつもりだったんでな」
「え……っ!?」
「せいぜい奴との戦いで死なないように気をつけるんだな。お前とは、この〝しょぼすぎる対案〟について話さねばならんことがまだたっぷりとある。覚悟しておけ」
「あ……ああっ! 分かったよ!」
「やったの?」
「うまくいったの?」
「すごい」
無表情のまましがみついてきたリーフィアと共に、ティリオは去って行くサナリードの巨大な背中を手応えと共に見送った。
それは、あまりにも細く弱い糸。
そよ風に吹かれただけで切れそうな程の繋がり。
しかしそれは間違いなく、千年以上にも渡って途絶えていた人と魔の関係を、再び繋いだ糸だった――。
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