盟主の覚悟


「今すぐ〝降伏〟しろ人間共。お前らが俺達の下につくっていうのなら、俺達がお前らの代わりに神を叩き潰してやる」


「こ、降伏しろだって……!?」


 この世の果て。南極で人知れず行われた、人と魔による頂上会談。


 魔物達の主を名乗る巨躯の男――あまねく星のサナリードは、目の前で怯えすくむ流派同盟盟主、ティリオを真っ直ぐに見下ろしてそう言った。


「そ、そんなの……出来るわけ……っ!」


「出来ないか? ならお前らからも〝対案〟を出せ。あの神を叩き潰した後、俺達魔物の〝安全と自由を保障する対案〟だ」


「魔物の、安全と自由……?」


「そうだ。お前らもリーフィアから聞いてるんじゃないのか? 俺達はずっとあの神に緩く、しかし絶対に自分では解除できない命令を受けていた。人を殺せ、人を減らせと言う命令だ。だが実は、つい最近その命令は〝解除された〟――リーフィア、お前がギリギリ侍とかいう男と戦ったからだ」


「カギリが……!?」


「え?」

「わたしがギリギリ侍と戦ったから?」

「なんで?」


「ザジとキキセナから話は聞いてる。理由は分からんが、あいつら二人もギリギリ侍と戦って神の呪縛から外れたらしい。〝俺がそうなった〟のは、その〝二人よりも少し後〟だがな」


 唐突に出された〝ギリギリ侍〟という言葉に、ティリオとリーフィアは驚きの声を上げた。


「虚ろな星であるお前の役目は、星冠の魔物も含む〝全ての魔物のバックアップ〟だ……だからお前は全魔物の能力を一人で保有し、千年前の戦争にも参加せず月に保管されていた」


「リーフィアが、全ての魔物のバックアップ……!?」


「そうなの?」

「ぜんぜん知らなかった」

「誰も教えてくれなかった」


「生憎、お前への情報開示は神に封じられていたんでな。流石の神も、お前のことは相当に警戒してたんだろう」


「そうだったんだ……」

「だから、私はずっと一人だったんだ……」

「寂しかった……」


「リーフィア……」


 サナリードによって明かされた自身の存在理由に、リーフィアは相変らずの無表情で応じる。だが彼女の横顔には、はっきりと千年の孤独の辛さが滲んでいた。


「バックアップであるお前は、他の〝全ての魔物と繋がっている〟。そのお前が神の呪縛から外れたことで、お前と繋がっている他の魔物への指示も少しずつ解除されたんだ。今じゃ俺はもちろん、神冠の奴らも全員正気に戻ってる」


「本当に?」

「もう平気なの?」

「じゃあ、もしかして――」


「――命令が消えて、魔物が人を襲う理由もなくなったってことか!?」


「そういうことだ。今の俺達に、もうお前ら人間と戦う理由はない。だからこうして話すことも出来る。けどな――」


 その言葉と同時。それまでどこかのんびりとしていたサナリードの雰囲気が変わる。


「俺達には死んだ仲間をどうこうって感覚は薄い。だがお前ら人間はそうじゃない――俺達がもうお前らを襲わないと約束したところで、はいそうですかと信じる奴が何人いる? 俺達がこれからは仲良くしようと言って、応える人間が何人いる?」


「そ、それは……っ」


「不本意だが、今の俺は曲がりなりにも魔物の主だ。世界中に散らばってる仲間の安全や、これからの生活も考える必要がある。お前ら人間と対等の関係じゃ、とてもじゃないがその二つは守れない。後先考えない人間共が、魔物なんざ死んじまえって襲ってくるのは目に見えてるからな」


「サナリード……」

「私にもわかった」

「それが……〝あなたの好き〟なんだね」

「みんなを、守りたいんだね」


 サナリードが突きつけた降伏勧告。

 それは魔物から人への憎悪によるものではなかった。


 むしろ本質はその逆。


 この男は、神を打倒した後のこの星での魔物という存在の地位と安全の確保を求めて、事前にこのような楔を打ち込んできたのだ。


「けどな、俺だってこの条件がお前らにとって無茶なことくらいは理解してるつもりだ。だから考えろ――お前は俺達魔物を散々苦しめたクラスマスター共のリーダーなんだろう? 俺達がこの星から離れず、自由に、そしておびやかされない対案を俺に示してみせろ」


「……っ」


 果たして、そう語るサナリードの言葉に込められていたのは人への期待か、それとも諦めか。

 その黄金の瞳に見据えられたティリオは、ごくりと唾を飲み込んで大きく息をつく。そして――


「分かったよ……っ! けどそれならまずは、あんた達魔物の大体の人数と、普段どんな暮らしをしてるのかのデータをくれないか……!? 魔物が十分に満足して生きるのに何が必要で、どんな条件じゃ駄目なのかも知りたい……! そうしたら、すぐに対案を纏めてやる……っ!」


「ほう……?」


「そ、そんなこと言って大丈夫なの? いくらあんたがそういうことが得意でも、流石にこれは……っ!」


「それでもだよ……! 元々、俺達クラスマスターの戦力だけで聖教会の計画を止めるのは不可能だ……! でも魔物が俺達に協力してくれるなら……それならやれるかもしれないっ! この交渉は……絶対に纏めなきゃ駄目だっ!」


「ティリオ……」

「やっぱり……あなたはぴえんじゃなかった」

「ありがとう……」


「なるほどな……どうやら、ただの〝ビビり散らし〟じゃなさそうだ。データはすぐに用意させる。だが急げ、ゲフィオンの攻撃準備は整いつつある。失望させるなよ……盟主とやら」


「ああ……! ユーニもカギリも、他のみんなも自分に出来ることを最後まで頑張ってるんだ……! だったら俺だってやらなくちゃ……そうじゃなきゃ、盟主になった意味がないッ!」


 ティリオはそう言うと、丸眼鏡の奥の瞳を決意に燃やし、その拳を力強く握りしめたのだった――。


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