拙者、盗み聞きはしない侍!


 その日の夜。

 オウカが振る舞ってくれた夕食を食べ終え、ようやく一段落ついた頃。

 

 事前の言葉通りにオウカから声をかけられたユーニは、彼女に連れられて離れへと招かれていた。


「まずは改めて――私の弟子であり、大切な息子でもあるカギリを助けてくれてありがとう。元はと言えば、私がカギリに揺らぎの使い方を教えたせいでああなったんだ。本当に、申し訳ない――」


「そ、そんな! 僕は何も……あの時は、ただカギリさんに呼ばれた気がして……それで……」


 障子戸が開け放たれた離れの一室。

 肌寒い空気がゆるやかに流れる縁側沿いで、オウカはユーニに向かって深々と頭を下げた。


 少し離れた母屋からは、カギリとリーフィアがなにやら楽しそうに談笑しているのが漏れ聞こえてくる。

 

 しかしユーニはその声も耳に入らず、目の前で謝罪するオウカに慌てて手を伸ばした。


「まさか、カギリが揺らぎを使っただけであそこまでになるなんてな……ヤバいとは思ってたけど、完全に予想以上だった。ユーニがいなかったら今頃どうなってたか……正直ぞっとするよ」


「やっぱり、カギリさんにはそれだけ凄い才能があるってことなんですね」


「まあな……けどそれだけじゃない。私はカギリに、あの力は絶対に守りたいものが出来たとき……本当に大切なものが出来たときに使う奥の手だって教えたんだ。それを使ったって事は……カギリにとって、ユーニがそれだけ大切だったって事なんだろうな」


「え……?」


 顔を上げたオウカの黒い瞳が、まっすぐにユーニを見据える。

 しかしそこに鋭さはない。どこか安心したような、ほっとしたような。暖かな光がその瞳には浮かんでいた。しかし――


「カギリはユーニを助けたくて揺らぎを使った……だからあんたの声で戻って来れたんだ……まさしく愛の力ってやつだなっ!」


「なるほど……? 愛の力ですか……あいの……――愛っ!? え、ちょ……えっ!? えええええええっ!?」


「そもそもあいつは〝ござる〟だし、頭もあんまり良くないしで色恋の方はかなり心配してたんだ……でもさ、本当にカギリは良い子なんだよ! いつ生まれたのかも分からない私のために、カギリは自分の誕生日に私のことも一緒にお祝いしてくれたり、手作りのプレゼントもくれたりしてさ……! はぅ……思い出したら泣けてきた……っ!」


「カギリさんがそんな健気なことを……っ!? やっぱり、カギリさんは子供の頃からとっても優しかったんですね……――って、そうじゃなくてっ! その……ご、誤解……っ! 誤解ですよっ! ぼ、ぼぼぼ、僕とカギリさんは、まだそんな関係じゃ……っ!」


「あはははは! 照れなくたって良いじゃないか! こう見えて私も無駄に歳だけは取ってるからさ。ここに来た二人を見た時に一発で分かったんだ。『あ、この二人はもうとっくにひっちゃかめっちゃかラブラブちゅっちゅ両想い明るい家族計画』なんだなってさっ!」


「えええええええええええええええ――っ!? ど、どこを!? どこをどう見たらそうなるんですかっ!? ま、待って……っ! ちょっと待って下さい! た、確かに僕もカギリさんのことはとっても尊敬してますし、出来ればこれからもずっと一緒にいたいとか、なんだか最近カギリさんのことを考えると胸が締め付けられて苦しいとか、とにかく他にも色々ありますけど……っ。でも違うんです……! ぼ、僕にそんなつもりはないですし、カギリさんだってきっと僕のことなんて、そんな風には……」


「はぁー? カギリが???? あいつがユーニのことをそんな風に見てないって? マジで言ってるのか?」


「そ、そうですよ!? 当たり前じゃないですかっ!」


 突如として予想外の方向に飛び出したオウカの話に、ユーニは顔を真っ赤にした上、全力で両手をぶんぶんと振って否定する。

 しかしそんなユーニの様子を見るオウカの目は、口には出さずとも『なに言ってんだこいつ……』という困惑の気持ちを如実に表していた。


「とりあえずユーニの気持ちは一度置いといてだ。なんでカギリがそんな風にユーニを見てないって思うんだ? あいつが自分でそう言ったわけじゃないんだろ?」


「それはそうですけど……! だって……僕には女の子らしいところも、可愛いところも一つもありませんし……。ずっと魔物と戦ってきましたから、みんなが着てるような綺麗で可愛い服だって、どうやって着るのかも分からないんです……そんな僕が、カギリさんからそういう風に思われるなんて、絶対にありえないですよ……――」


「お、おおぅ……? こいつは重症だな……」


 先ほどまでの慌て振りはどこへやら。


 話せば話すほど、みるみるうちに肩をしゅんと落として小さくなっていくユーニに、オウカはどこか納得したという様子で何度も頷いて見せた。


「分かった……勝手に先走って変なこと言ってごめんな。二人がむちゃくちゃ仲良しに見えたもんだから、ついな」


「い、いえ……! その、あの……なんか、ごめんなさい……」


「気にするなって! けど、そういうことなら昼に言ったカギリの話を伝えるのは、もう少し後の方が良さそうだな」


「え……? そうなんですか?」


「ああ。ちょうど明日からカギリに稽古を付けるって言ってただろ? せっかくだから、ユーニもその稽古に付き合ってくれよ。ギリギリ侍の修行は、剣の技よりも心の持ちようが大事なんだ。だからきっと、今のユーニにも役に立つはずだ」


「心の持ちよう……分かりました、ぜひお願いしますっ!」


「よし! なら、ユーニもカギリと一緒にきっちり鍛えてやるから、覚悟しておけよ!」


「は、はい! 頑張りますっ!」


 そうして。


 果てしなく暗く沈みそうになっていた空気を素早く切り替えると、オウカはユーニの肩に手を置いて励ますように笑みを浮かべた。


 本来話す予定だったカギリの件は一旦横に置き、ユーニはカギリと共に、翌日からオウカの稽古を受けることになったのであった――。 


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