拙者、師匠の話を聞く侍!
「――アルシオンと別れた後、私は揺らぎについて徹底的に調べた。それで分かったのは、大昔の人間が〝揺らぎを使って世界を管理〟してたってことだ。今の人間が揺らぎを魔力や祈りに変えて扱えるのも、魔物がいるのも、全部昔の人間が揺らぎを操ってやったことだ。そしてあの神は、今もその力で私達を管理し続けてる」
「神様は揺らぎを扱える……だから神様をお手伝いしている教皇様も、揺らぎを使えるようになったんですね」
「正解だ。だからこの世界をなんとかしようと思ったら、私も揺らぎを使えるようにならないといけなかった……そうすればアルシオンと神を繋ぐ鎖も、神が魔物を操ってる仕組みも、全部どうにかできるはずだった。人が増えたら〝滅びるかもしれない〟から殺すなんて、はっきり言って大きなお世話だ。揺らぎの支配さえなくなれば、魔物とだってもっと上手くやれるって、そう思ってたんだ――」
オウカはそう言うと、暖かな西日が差し込む縁側からその先に広がる庭園に目を向ける。
「けど駄目だった……私には揺らぎが扱えなかった。揺らぎは怒りとか憎悪とか……そういう〝攻撃的な感情や強い力を嫌う〟んだ。カギリは知ってるが、私は今まで数え切れない程の命を好き勝手に奪ってきた大悪党だからな……その上むちゃくちゃ強いときてる。そんな私には、揺らぎは絶対に力を貸してくれなかったのさ」
「ではまさか……ギリギリ侍の極意が怒ることも、相対した者を倒そうとも、上回ろうとも思ってはならぬというのは……!?」
「そうだ……ギリギリ侍ってのは、究極的には〝破壊を生まない剣〟なんだ。何も傷付けることなく、ただ〝揺らぎだけに作用する剣〟……それが私が編み出したギリギリ侍の剣だ。本当は、私が自分で使うつもりだったんだけどな――」
「ならば……なぜ師匠は拙者をギリギリ侍に選んでくれたでござるか!?」
「そりゃもちろん、お前がこの世の誰よりも揺らぎを扱う才能があったからだ。お前を見つけてきたのは〝私の相棒〟でさ……連なる星のカナン……リーフィアと同じ星冠の魔物で、三英雄最後の一人だった奴だ」
「なんと!?」
「星冠の魔物が、三英雄の一人……!?」
「カナン?」
「カナンがいたの?」
「カナンはどこ?」
「もうずっと会ってない」
「――あいつは私のために、本当に色んな事をしてくれた。今私が知ってる揺らぎの話は、全部カナンと一緒に見つけたことなんだ。けど、カナンはもういない。あいつはカギリを私のところに連れてきて、〝死んだ〟――だからカギリは、私にとってカナンの形見でもあるんだ」
「うそ――」
「しんだ?」
「カナンが?」
「そんな」
「ぜんぜん、わからなかった――」
カナンの死の事実に、リーフィアは無表情のまま呆然と俯く。
そしてそんなリーフィアの姿に、オウカは悲痛な表情を浮かべた。
「本当にごめんな……カナンには、最後まで私のわがままに付き合わせちまった……。カナンのことについても、私が知ってることはちゃんと話す。けど、今はまずカギリの話をさせてくれ」
そう言うと、オウカはユーニ達の前に置かれた湯飲みに茶を注ぐ。
そして僅かに思案する様子を見せた後、やがてゆっくりと口を開いた。
「いいかカギリ――カナンがこの世界のために、私達のために命を捨てて見つけたのがお前だ。お前には、元から世界中の揺らぎと繋がれるほどの途轍もない力がある。けど逆に力がありすぎて、放っておけば私みたいに神に目を付けられたり、この前みたいに揺らぎを暴走させる危険があった。だからそうならないように、私が育てることにした――〝ギリギリ侍のカギリ〟としてな」
「カナンが、ギリギリ侍を」
「カナン……」
「あなたがどうしてそうしたのか」
「何を見たのか」
「もう一度、お話を聞かせて欲しかった――」
オウカの語るギリギリ侍の真実。
カギリもユーニも、リーフィアすらも。
驚きと困惑を持ってその事実を受け止めていた。
「私じゃ揺らぎを使えないって知って、あの頃の私は本当に絶望してた。自棄になって、全部終わっちまえばいいって本気で思ってた……けどカナンは、そんな私にカギリを託したんだ……散々人を傷つけて、優しさや穏やかさなんてのとは無縁の……揺らぎからも嫌われてた私にお前を育てろって……私なら、カギリをきっと優しい子に育てられるって、そう言ったんだよ……」
そう語るオウカの表情には、深い後悔と悲しみ。
そしてどこか悟ったような、覚悟の果てにある決意も浮かんでいた。
「最初はそんなの無理だって思った。沢山の命を奪ってきた私に、誰かを育てたり出来るわけないって……でもお前はちゃんと、カナンが言ったとおりの優しい子に育ってくれたんだ。大好きなお前のためなら、揺らぎはいつだって力を貸してくれる……私みたいな〝人でなし〟とは違う」
「……っ!? 拙者にとって、師匠は決して人でなしなどでは――!」
「言うな――お前にとってはそうでも、私が人様に対してやってきた行いは変わらない。私は〝鬼〟だ……いずれ、退治されたとしても文句はない」
「そんな……オウカさん……」
人でなし。
そして鬼。
自らをそう語るオウカに、カギリは身を乗り出して否定しようとした。
しかし、そんなカギリをオウカはぴしゃりと手を突き出して制する。
「ありがとなカギリ……お前は私の誇りだ。こんな私でも、立派にお前を優しい人を育てられたって……揺らぎに好かれる優しい人に育ってくれたんだって……そう思うと、こんな私の人生にも意味があったのかなって思える……本当に救われたんだよ」
「し、師匠……! 拙者は……っ」
「けどな! たとえそうでも、この前みたいになってるようじゃまだまだだ。だからお前には、明日から私がもう一度稽古を付ける。私には揺らぎを扱うことはできないが、使いこなすための方法は知ってるからな!」
射貫くようなオウカの瞳に見つめられ、カギリは歯を食いしばりつつ体を元の位置へと戻す。
オウカはそんなカギリに再び柔らかな笑みを浮かべて頷くと、今度はカギリの隣に座るユーニへと目線を向けた。
「さて、と――他にもまだ色々と話はある。けど、このカギリの話については後で〝ユーニにだけ〟別件で伝えたいことがあるんだ。構わないか?」
「僕にだけ? カギリさんにではなく……ですか? もちろん構いませんけど……」
「ユーニは揺らぎに呑まれたカギリを止められた……だから、出来ればこれからもカギリのことを見てやって欲しい。後で声をかけるから、その時にまた頼む」
一連の話の最後。
そう伝えられたユーニは、特に断わることもなく頷いた。
しかし彼女がこの場についてからずっと感じていたざわつきは、その小さな胸の奥で一向に治まる気配を見せていなかった――。
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