拙者、やらかした侍!
あの瞬間。
アルシオンの力に囚われたカギリは確かに〝願った〟。
師の言葉通りに、揺らぎと呼ばれるカギリだけが生まれながらにして見ることが出来た力に。世界を形作る根源の力に願ったのだ。
だが……その願いはカギリに予想外の結果をもたらしていた。
「な、何……!? 何が起こってるの!?」
「ギリギリ侍……お前が、なにかしたのか……?」
それは、かつてリーフィアがカギリとユーニの前で見せた〝全世界規模の時空間停止〟とも違った。
その時。
辺り一帯全ての〝揺らぎが消えた〟。
雪は今も降り続き、星の光は瞬いている。
大気は流れ、風は空を渡っている。
世界は今も動き続けている。
にも関わらず、あらゆる力の流れだけが止まったかのような。
この世界を変化させ続けていた力が、その役目を放棄したかのような。
不気味に静まりかえったとしか表現しようのない、異様な状況だった。
「揺らぎが消えた……? いや違う……そして、この原因はカギリちゃん……君がそうしたんだね?」
「…………」
「まいった……これは完全に〝俺のやらかし〟だ。オウカちゃんは、カギリちゃんに揺らぎを生む方法を教えなかったんじゃない。教えたら〝こうなる〟って分かってたから……だから、カギリちゃんを自分じゃ揺らぎを生み出せないように鍛えたんだ……!」
その光景を見たアルシオンが、額から一筋の汗を流しながら呟く。
神の権限を持ち、カギリと同じように世界の揺らぎを認識できるアルシオンには〝見えていた〟のだ。
夜空の中に立ち、力なく刀を振り上げた意識も曖昧なカギリの頭上――その先の空に、この〝宇宙の揺らぎ全てが集っていた〟ことに。
「にゃははは……? い、いくらなんでもこれは〝エグすぎる〟っしょ……? カギリちゃんならもしかしてとは思ったけど……これは流石に聞いてないんだけど!?」
『ど、どうなってるの……? ボクの体から……力が抜けて……』
「私も、息が……苦しい……っ」
「そうだろうね……俺達人間と違って、君達魔物は揺らぎのエネルギーに完全に依存している。揺らぎを全部カギリちゃんがここに集めちゃったから、君達の分の揺らぎもなくなっちゃったんだ」
『な、なんと……!? 我ら魔物の主が助けよと命じたあの人間が、我らから力を奪っているとな……!?』
「君達だけじゃないよ……俺達人間だって、元はといえば揺らぎから生まれたんだ。揺らぎがなくなれば、俺達だってそのうち消える。ただ早いか遅いかだけの違いってわけだね」
「馬鹿な……!?」
その場に集った四体の魔物と教皇アルシオン。
全員の視線がカギリに注がれる。
しかしカギリは微動だにしない。
ただ刀を振り上げたまま、虚ろな瞳で地平の果てを見ているだけ。
あの時。
カギリは確かに願った。
ユーニを助けたいと。
ユーニの力になりたいと。
カギリはそう願い、揺らぎに力を貸してくれと祈った。
果たして、揺らぎはカギリの声に応えた。
だが、それはただ応えたのではない。
全身全霊。全てを投げ打ち、カギリの願いに応えるためだけに、あまねく全ての揺らぎがこの場に〝駆けつけてしまった〟のだ。
結果、ティアレインとの戦いで瀕死となっていたユーニの傷は一瞬にして完治した。
更には、彼女が今までの戦いで残っていた僅かな傷跡や、彼女自身も気付いていない体の不調すらも完璧に治されていた。
カギリが願ったからそうなった。
カギリがユーニを助けたいと願ったからこうなったのだ。
その所業は、もはや神にも等しい。
否、神すら超えたといっても過言ではない。
しかしそれは、余りにも巨大すぎる力だった。
元より、一個の人であるカギリの手に負える力ではない。
「オウカちゃんは、カギリちゃんが自分で揺らぎを使おうとすればこうなるって、とっくに知ってたってわけか……――はぁ、まーた余計なことしちゃったかな……」
「拙者、は……ゆー、に……どの……――」
今のカギリは、全宇宙から自ら呼び寄せた揺らぎの膨大さに飲み込まれ、我を失い、自我崩壊の瀬戸際に追い込まれていた。
この地に集結した揺らぎもまた、カギリが意識を喪失したことで圧縮されたまま放置されていた。
もしここでカギリの自我が完全に崩壊し、行き場をなくした揺らぎの制御を失えば、宇宙の始まりにも匹敵する揺らぎの炸裂によって世界は終わるだろう。
だがしかし、このまま全ての揺らぎがカギリに掌握され続けていても世界は滅びる。
カギリがユーニを想って揺らぎに祈った願いは、世界の消滅という形でその成就を見ようとしていたのだ。
「……俺がやるしかないね。もしかしたらって……今さらあるかも分からない希望に縋って、カギリちゃんを追い詰めたのは俺だ。出来るか分からないけど……これ以上俺のせいでみんなに迷惑はかけられない」
アルシオンは一人呟くと、その表情に覚悟を浮かべてカギリを見つめた。だが――
だが、その時だった。
眩く輝く緑色の光が夜空を横切り、アルシオンも魔物達も何もかもを通り過ぎ、一直線にカギリの元に飛翔した。
「――カギリさん!」
「――――っ」
その光の主。それはユーニ。
カギリの願いによってその身を癒やされ、彼の呼び声に応えた勇者の少女だった。
ユーニは何もかも顧みず、呆然と立ち尽くすようにして浮遊するカギリの胸に飛び込むと、その瞳に涙を浮かべてしがみつく。
瞬間。カギリとユーニを中心に凄まじい閃光が奔り、ラシュケの攻撃によって破壊された聖域の夜空を暖かく照らした。
「もういいんです――っ! そんなことしなくても……僕はずっと……もう何度だって、カギリさんに助けて貰ってます……っ。だから……もういいんです……っ」
「ユーニ……どの……――」
それは――差し迫った破滅の規模に比べれば、あまりにも呆気ない幕切れだった。
飛び込んだユーニをその身で受け止めたカギリの体がぐらりと傾き、握りしめていた刀がその手から離れる。
真紅に染まっていたカギリの瞳に黒が浮かび、普段通りの黒紅色に戻る。
ユーニは力を失って崩れるカギリの背に両腕を回し、何よりも大切な宝物を守るかのように優しく、しかし力強く抱きしめた。
「大丈夫……もう僕は、どこにも行きませんから……――」
聖域の遙か上空で力を失ったカギリは、胸に抱いたユーニと共に体勢を崩すと、そのまま揺らぎの光を伴って地上へと落ちていく。
カギリを救うために現れた魔物達も、教皇アルシオンも。
ゆっくりと小さくなっていく二人の光を、共にただ見送ることしか出来なかった――
「今のは運命の勇者……あの二人に、何が……」
「――〝愛〟だよ。あれは愛。ザジちゃんだって、見りゃ分かるっしょ?」
「アルシオン……!」
気付けば、先ほどまでの危機が嘘だったかのように世界は元に戻っていた。
落ちていく二人を見送ったのと同時。なにやら感慨深げな笑みを浮かべるアルシオンに、残された魔物達はすぐさま戦闘態勢を取る。しかし――
「――〝逃げな〟。出来るだけ遠くにね」
「え……?」
『ホ?』
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。聖域でこれだけ好き放題暴れたんだ……〝神様〟はとっくに気付いている。後は俺がうまいこと言い訳しとくから、君達は早くここから逃げるんだ」
「そ、そんなこと……! いきなり言われても――!」
アルシオンのその言葉に、魔物達は驚きと共に拒否の構えを見せた。
だがそんな魔物達に対して、アルシオンはその七色の瞳を寂しげに揺らし、笑う。
「君達はリーフィアちゃんを守りたいんだよね? なら、今はここから離れるんだ。リーフィアちゃんのこと……頼んだよ」
「……行くぞキキセナ。樹繁翁、ポラリスもいいな!?」
『チッ……ムカつくけど、そいつの言ってることは本当っぽいね。衛星軌道上にヤバいくらいの力が集まってるのを感知した。急いで離れた方がいい……!』
『……良かろう。何事も引き際が肝心よ』
「分かったわ……教えてくれて、ありがとう」
「にはは! いーよいーよ。君らはもう、他の魔物とは違うっぽいしね」
そうして。
膨大な揺らぎの残滓が美しく輝く夜空の中。
カギリとユーニが地上に墜ち、魔物達も闇へと消え、一人残されたアルシオンは遙か上空、宇宙空間に存在する神の住む場所――〝衛星要塞ゲフィオン〟が存在する方向を見つめた。
「まさか、俺と別れた後で〝あんな子〟を見つけてたなんてね……それが本当に正解なのかはまだ分からないけど……せっかく君が見つけた別の道なんだ。もう一度だけ、俺も頑張ってみるよ……オウカちゃん」
アルシオンはそう呟き、まるで何者かの呼び出しに応えるかのように
そしてそのまま遙か天上の星の海に向かって飛び、やがて消えた。
数百年続いた聖域の魔物からの不可侵。
それがついに破られたこの日の翌朝。
教皇アルシオンは、ナイア聖教会の全ての信徒。そして通告が及ぶ全ての国家と組織に対し、〝天秤の儀〟と呼ばれる神の救済を一月後に決行すると宣言したのだった――。
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ここまでご覧頂きありがとうございます!
これで長かった聖域編も終わり、次回からはカギリの故郷である日の本編に入ります!
執筆の励みになりますので、楽しんで頂けた際にはぜひ☆やフォロー、コメントや応援ハートなどなんでも気軽に押して下さると嬉しいです!!
今後もこの調子で最後まで全力で頑張ります!
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