拙者、どうなった侍!
「――カギリさん?」
その時。ティアレインに支えられ、星と雪で覆われた空を見上げるユーニの瞳に、一つの閃光が映った。
もしかしたら。
いや――ユーニはその時、確かに自分を呼ぶカギリの声を聞いた。
その声を違えることはない。
何度となく励まされ、共に笑い合ったカギリの声。
その声と共に僅かな〝熱〟を感じたユーニは、未だ万全ではないはずの体を起こし、しっかりした足取りで立ち上がる。
「いきなりどうしたのだユーニ君!? いくら君でも、まだ動けるような傷では……!」
「カギリさん……カギリさんの声が聞こえたんです!」
「カギリ君が!? いや、それよりも……君の傷……? まさか、もう〝完全に治っている〟のか……!? さっきまで、まだあんなに……!」
「行かないと……! 呼んでるんです……カギリさんが、僕を呼んでる――っ!」
――――――
――――
――
――全長数百メートルの高さを誇る光信塔。その頂上から更に伸びる光の柱。
そしてその柱のさらに先。
星と雪に満ちた夜の空に一つの光が輝く。
炸裂した光を抜け、七色の極光を纏ったアルシオンが飛翔。カギリを封じ込めている漆黒の領域から離れ、〝何か〟から逃げるように後方へと加速する。
「まーじか。あと少しでカギリちゃんが良い感じになりそうだったのに、まさか君に邪魔されるなんてね――〝ザジちゃん〟」
「教皇アルシオン。お前にギリギリ侍は殺させん――!」
カギリが囚われた闇の領域からアルシオンを引き離した者の正体。
それは、遙か天上から一直線に落下してきた王冠の魔物――拳王ザジ。
ザジはそのまま〝空中に着地〟すると、間髪置かずにアルシオンへと特攻。研ぎ澄まされた格闘術でアルシオンの光に拳を叩き込む。
「オオオオオオオ――ッ!」
「なるほどね……支配から解放して貰った恩返しに来たってワケか。でもさ、今更ここに王冠の君が来たって何が――」
「――ザジだけじゃないわよ!」
だがその時。
その場にザジとは別の透き通った声が響いた。
その声の主。それは背中から美しい蝶の羽を伸ばした蒼髪の娘――季神キキセナ。
キキセナは空を飛べないザジのために大気の層を操って足場とし、更には自らの力でカギリを包む闇の構造を解析しつつ、同時に遠く離れた別の仲間へと号令をかける。
「見えた、やっぱりカギリはまだ生きてる――! やって、ポラリス!」
瞬間。ザジとアルシオン、そしてカギリを包む闇の領域の周囲の空間がぐにゃりと湾曲。反撃を行おうとしていたアルシオンの光があらぬ方角へとねじ曲がる。
『いちいち命令しないでくれるかな? 言われなくたって、この程度ボク一人でやれるんだからねッ!』
その攻撃の主。それは白髪の少年――多元神ポラリス。
ザジが降りてきた位置よりも遙か上空。高度一万メートルの位置でその力を解放したポラリスは、一気にカギリを包む領域を崩しにかかる。
『なんだこの領域……!? ボクの力でも壊せないだなんて……!』
「ちょっと!? なにやってるのよ! ボクに任せておけば楽勝って言ったのはあんたでしょ!?」
『う、うるさいなっ! 君はボクよりもっと役に立たないだろ!?』
「私だってやってるじゃない!?」
しかし闇の領域は壊れない。多元神ポラリスの力をもってしても、教皇アルシオンとの間には天と地ほどの力の差がある。
「あーらら、まさか神冠の魔物も一緒とはね。他の子達もザジちゃんが連れてきたん?」
「ただの成り行きだ――しかし、俺とて自身の力量は弁えている。一人でお前をどうにか出来るとは思っていない――!」
それでもザジは決死の乱打戦をアルシオンに挑むが、アルシオンはやれやれと首を振ると、目の前のザジにその手をかざす。だが――
『ホーホーホー! まったく、我らが主にも困ったもの……まさか、ザジを解放した人の子を〝助けよ〟とはのう!』
「まだいるん? 随分と多いね……って、あれか。君達って、巡礼列車でカギリちゃんやユーニちゃんと戦ったっていう……」
『いかに我らが主の指示とは言え、ただ人間を助けるだけではつまらん。つまらんが……今回はこの忌々しい土地を徹底的に〝破壊しても良い〟とのお達し……! ならばこの樹繁神ラシュケも、存分に暴れさせてもらうとするかのう!』
アルシオンがザジをその力で消し去ろうとした瞬間。
眼下に広がる聖域から一斉に火の手が上がった。
林立する高層ビルと密集する信徒達の住居。
その全てに対して見境なく巨大な樹木が一斉に生い茂り、容赦なくなぎ倒していく。
巨大樹の勢いは聖域の象徴たる光信塔すら揺るがし、しっかりと根を張ったラシュケの木々は塔を傾け、
「どういうこと……? カギリちゃんを助けようとするってのはまだ分かるけど、君らには聖域は攻撃できないはずなんだけど?」
『ホッホッホ! なにを訳の分からぬ事を。我らがこの地を襲わなかったのはただ主の指示がなかったからに過ぎんぞ?』
「ふーん。ってことは、あの子に何か〝問題が起きた〟って事か――」
ラシュケの話を聞いたアルシオンは一度首を傾げて思案すると、すぐに何かに納得したように一人頷く。
そして再びその身から七色に輝く極光を放つと、自らに迫っていたザジの拳も、ラシュケから伸びる強靱な樹木も同時に弾き、消し飛ばす。
『ぬお――!?』
「く――っ!」
「って言っても……流石にこれ以上好き放題されるのは俺もみんなも困っちゃうんだよね。せっかく来てくれたところ悪いけど、終わらせて貰うよ――!」
それは、今度こそ教皇アルシオンが放った抹殺の光だった。
いかに神冠の魔物といえど、リーフィアすら上回る力を持ち、さらには神の権限すら与えられた教皇アルシオンに抗う術はない。
星の光と雪の結晶が交錯する夜空をアルシオンのオーロラが覆い尽くし、決死の覚悟で乱入した四体の魔物を飲み込もうとした。
だが――
「――あれれ?」
だが、その時。
四体の魔物に放たれたアルシオンの光が勢いを失って消える。
それだけではない。
ラシュケの操る樹木も。キキセナが生み出す大気の層も。
ポラリスの別次元からの力も。ザジの人並み外れた力も。
全てが一瞬にして効力を失い、彼らはなんとか空中に浮遊するだけで精一杯となってしまう。
〝凪いでいた〟
光も音も。
風も命も。
揺らぎすらも。
全ての事象が静まりかえり、世界全てが波紋のない水面のように、ゆるやかにたゆたっていた。そして――
「――あっ!?」
「無事だったか……ギリギリ侍」
キキセナとザジの視界。
その先に現れた一人の侍。
それは、先ほどまでアルシオンの領域に捕らえられていたカギリだった。
「拙者、は……」
「カギリ……? ど、どうしたの……?」
現れたカギリはどこか不思議そうに、しかし確かにキキセナとザジの姿をみとめる。
そして、普段の黒紅の瞳から完全に〝紅一色となった瞳〟で視線をぐるりと周囲に巡らせると、握りしめた刀を無言で天に掲げた――。
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