拙者、ふるぼっこ侍!


『揺らぎってのは、この世界を形作る〝始まりにして最強の力〟。ユーニちゃんが使う勇気も、クラスマスターが使う魔力も、騎士団の使う祈りも――それこそ魔物の使う力だって。結局はどれも〝揺らぎが形を変えたもの〟なんだよ』


「っ!?」


 光が消える。

 闇に呑まれる。


 激しさを増していたはずの吹雪がピタリと止み、はるか眼下で輝いていた聖域の街の明かりも、光信塔から天へと伸びる光の柱も。何もかもが闇の中に消えた。


 闇の中に囚われたカギリは、必死に教皇の気配を探ろうとした。

 だがカギリの全ての感覚はまるで凍り付いたように麻痺し、ただあらゆる方向から聞こえてくるアルシオンの声だけが、カギリの意識に飛び込んでくる。


『初めて君を見た時はマジでビビったね……だってカギリちゃんは、揺らぎを別の力としてじゃなく、揺らぎのまま認識してコントロールしてた。そんなことは、どんなに強い魔物も人間もできないはずなのに。まぁ……〝俺はできる〟んだけどねぇ――!』


「くッ――!? ぐああああああああああああッッ!?」


 瞬間、カギリの全身を荒れ狂う力の奔流が襲った。

 光でも闇でもない。空間そのものが襲ってくるとしか形容できないその攻撃に、カギリは為す術も無く引き裂かれた。


『昔は俺も揺らぎの存在と原理を知ってただけで、こんな風に操ったりは出来なかった。神様のために働くって約束して、それで神様が俺に揺らぎを使う権利をくれたんだ。でも〝君は違う〟じゃん……? オウカちゃんは……君の師匠は俺の話を聞いただけで、自力でそこまで辿り着いたんだ。神様の助けもなしにね……』


「がっ!? あぐッ――ああああああああああああああああッ!」


『さーてどうしよっか? そのままじゃ〝君は死ぬ〟。でもカギリちゃんじゃ、そこから出たりはできないよね? だって君は揺らぎを見ることと操ることは出来ても、自分で〝揺らぎを生むことができない〟。どうしてかは分からないけど……きっと、オウカちゃんにそう教えられたんだよね?』


 どこまでも続く闇の中、カギリの絶叫が木霊する。

 しかし、カギリもただやられているばかりではない。


「ま……まだ、だ……! 目を、こらせ……! 揺らぎは、そこにある……! 決して……消えているわけではない……ッ!」


 アルシオンの気配は完全に見失っていたが、この空間には確かにアルシオンの揺らぎ――つまり力が満ちていた。

 カギリはそれを用いて必死に抗った。

 体を押し潰そうとする圧力を押し返し、刀をがむしゃらに振って急所への一撃をギリギリで躱す。しかし――


『だめだよカギリちゃん……〝それじゃ駄目〟だ。ほら……よーく思い出してごらん。オウカちゃんは君に、他に何か言ってなかったかな? そこまで揺らぎを扱える君に……オウカちゃんはなにか大事なことを伝えなかった?』


「師匠の……言葉……っ?」


『そうだよ。ま……君にはそのまま死んで貰った方が、俺としてはいいんだけどね? 一応ね? にゃはははっ』


 アルシオンのその言葉に、カギリの意識が一瞬にして過去へと沈む。


 絶えた望み。生への活路。希望の光。


 この窮地を脱するための手がかりを求め、カギリを構成する全ての細胞が、その身に刻まれた記憶全てをありありと蘇らせる――



 ――闇の中、浮かぶのは朗らかに微笑むオウカの姿。

 厳しくも暖かく。まるで母のように、姉のように。

 たった一人でカギリを育ててくれた小さな背中。

 

 人には優しくしろと。

 もし困っている人がいれば、力になってやれと。

 誰かの力になれる人であれと。


 いつだってオウカは微笑み、カギリにそう教えてくれた。そして――


「ギリギリ侍の剣は誰かを倒したり、勝つための剣じゃない……けどお前だって侍だ。どうしても勝ちたいと……絶対に負けちゃ駄目だって時もあるだろう。だから、とりあえずこれだけ教えておく」


「はいっ。ししょー!」


 それは、まだカギリが幼い頃の記憶。

 のどかに流れる清流の横に正座するカギリに、オウカは真剣な眼差しでそう言った。


「いいかカギリ。これから先、もしそういう時が来たら……願え」


「ねがえ……? 〝おいのり〟するでござるかー?」


「ああそうだ。お前は生まれつき揺らぎが見える……お前は〝揺らぎの申し子〟だ。お前は、この世の誰よりも深く揺らぎに繋がってて……まあ簡単に言えば、お前は〝揺らぎと仲良し〟ってことだなっ!」


「おー!?」


「……だから願え。〝助けてくれ〟って、手を貸してくれって……どうしても勝ちたいって、負けるわけにはいかないんだって――願え。そうすれば、揺らぎはお前の気持ちにきっと応えてくれる。だって、〝大切な友達を助ける〟のは当たり前だもんな……?」 

 

「ししょー?」


 そう言って、オウカはどこか寂しげに。

〝後悔の感情〟を宿した表情で小さなカギリの頭をそっと撫でた。


「でもいいか? 今のは本当に本当の奥の手だ。揺らぎは凄い力を持ってるが、本来は人が近づき過ぎていいもんじゃない。いくらお前が揺らぎと仲良しでも、お願いばっかりしてたら嫌われちゃうだろ?」


「はわわ……せっしゃ、きらわれたくないでござる!」


「だよな? ――本当はさ、こんなこと私が言えた話じゃないんだ。私は今まで色んな奴を傷つけてきた……仲間も、友達も……一番大事だって思ってた奴も、何もかもな……」


 その瞬間のオウカの表情は、余りにも深い痛みと悲しみに満ちていた。

 幼いカギリは敬愛する師のその顔を直視することが出来ず、訳も分からずに目を逸らした。


 カギリは、決してオウカのこの言葉を忘れていたわけではない。

 この時に見せたオウカの悲痛な面持ちを、思い出したくなかったのだ。


「揺らぎへの願い……それはいつか、お前が〝本当に守りたいと思うもの〟ができる時まで取っておくんだ。いいな、カギリ――」



 ――願い。

 カギリが本当に守りたいもの。


 そのどちらもが、今のカギリには手に取るように。

 なによりも激しく心に抱く事が出来た。


(拙者が本当に守りたいもの……! そんなもの、とうに決まっている――!)


 暖かな過去から、死が迫る闇へ舞い戻ったカギリ。


 全てを埋め尽くす闇の中。

 カギリは静かに目を閉じると、今も自身の胸の内で微笑む一人の少女を想い。願った――。


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