ギリギリ侍～拙者、相手が神だろうがスライムだろうがチート転生者だろうが戦えば必ずギリギリバトルになる侍！義によって助太刀致す！～

拙者、今度こそ誓いを果たす侍！

「もう僕は諦めない……！　諦めないために戦う！」

「ユーニ殿を支える……！　その誓い、今こそ示さん――！」

「なら見せてご覧。俺とオウカちゃんでも見つけられなかった別の道……君達なら、本当にそれを示せるのかどうかをね」

「皆殺しだ……！　聖下のもたらす大いなる救済を拒む愚者共は、皆我が剣で八つ裂きにしてくれるッ！」

　巨大な光の柱が夜空めがけて放たれる光信塔頂上。

　そこに現れたもう一つの光柱を突き抜け、まるで手を取り合うようにして翡翠（ひすい）と紅蓮の閃光が飛翔する。

「聖下……！　勇者の相手はこの私めにお任せ下さい！」

「いいよ、ユーニちゃんのことはもう十分に分かった。もう手加減も必要ない……後は君のしたいようにするといい」

「有り難きお言葉……！　ならばこのティアレイン・シーライト、必ずや勇者の首を聖域の空に掲げてご覧に入れましょうッ！」

「ユーニ殿！　教皇殿は拙者が！」

「お願いします……！　カギリさんも……どうかご無事で！」

「承知――ッ！」

　瞬間。それまで寄り添っていたユーニとカギリの光が二方へと離れる。

　ユーニには分かっていた。

　今の自分では、どう足掻いてもアルシオンには太刀打ちできないことを。

　いや――もしこの場に星すら操る星冠の魔物、虚ろな星のリーフィアがいたとしても、恐らく教皇の持つ絶大な力には抗しきれなかっただろう。

　だが――！

「いざ――推して参るッ！」

「にゃはは。その変な喋り方、どこで覚えたのさ？」

「無論、時代劇でござるッ！」

　だがカギリならば。

　その真髄の先――あらゆる力と互角となるギリギリ侍であれば、絶対的な力を持つ教皇アルシオンに抗しうる可能性があった。

　光の柱に照らされ、夜空に浮かび上がったカギリとアルシオンの影が交錯する。

　自らの周辺領域から七色の極光を放ち、もはや遠目には光そのものとしか見えないアルシオン。

　対してカギリはその身を雷光すら超える閃光と化し、一瞬にして肉薄。そしてアルシオンの放つ膨大な光の圧力に、その二刀を持って拮抗してみせたのだ。

（カギリさんなら……カギリさんならきっと……！　なら、今ここで僕がやるべきことは――！）

「クハハハハハハッ！　どこを見ている！　貴様の相手はこの私だぞ、運命の勇者ッ！」

「ティアレインさん……っ！」

「クク……その表情、まさかこの期に及んでまだ私を憐れんでいるのか？　先の言動と良い、勇者というのは随分と生ぬるいものだな……！」

「生ぬるい……！？」

　直上で炸裂するカギリとアルシオンの激突。

　しかし当然、ユーニにそれを眺める余裕などなかった。

　かつて味わった漆黒の憎悪と殺意。

　それらを纏い、ユーニを殺そうとティアレインが迫る。

　共に戦場で力を合わせ、心を通わせたはずの友が迫る。

「だってそうだろう？　貴様はそうやって他者を思いやり、他者に対して行使する力と優しさを持っている……それは貴様が強いからだッ！　かつての私のような、真の弱者にそんな力はない……自分以外の存在に対して使ってやれる力など、一つたりともないのだからなッッ！」

「砲撃戦型（ルートシューター）！　戦型奥義（ルートアーツ）――千矢必殺（イレイザースナイプ）！」

　迫るティアレインに対し、ユーニは即座に射撃戦の構え。

　夜空へと飛翔しながら巨大な長弓を構えると、ティアレインめがけて無数の流星を撃ち放つ。

「だから貴様も引きずり下ろしてやる……！　ただ生きるために這いずり、泣きわめき、神に救いを求めるしかないように！　私と同じ――闇の底になァアアアアアアアアアアッッ！」

　しかしユーニの放った千を超える光弾は、その全てがティアレインの振るう刃と拳、果ては頭部による頭突きにも打ち砕かれ、その壮絶な勢いを止めることは叶わない。

「剣撃戦型（ルートエッジ）――！」

　一瞬で相対距離を詰められたユーニは即座に戦型を変えると、握りしめた聖剣から右腕背面までを覆う装甲を形成。翡翠の粒子を放ちながら、ティアレインの突撃を正面から受けて立つ。

「どうしてですかティアレインさんっ！　僕が憎いなら、僕が許せないならそれでもいい……！　でも、どうして関係のない沢山の人まで傷つけたんですっ！？　貴方が襲った人の中には、クラスマスター以外の人達も大勢いたんですよ！？」

「知れたこと……！　どいつもこいつも、間もなく聖下が行う大いなる救済の邪魔だからだ！　弱者も強者も、聖下の救済を拒む者は全て死ねッ！」

　翡翠と紫炎。

　再び激突した相反する二つの力。

　ティアレインの振り下ろした刃を受け、ユーニは輝く夜空を滑るように後方へと飛ぶ。

　ティアレインは紫炎の残像を伴って追撃。

　即座に体勢を立て直したユーニも再びティアレインへと突撃すると、翡翠に輝く聖剣を強烈な勢いで袈裟斬りに斬り上げる。

「みんな死ねば良いなんて……！　本当にそう思ってるんですかっ！？　貴方が言ってくれたんじゃないですか……っ！　戦う力を持たない沢山の人達を、二人で一緒に守ろうって！」

「馬鹿め……！　そう言ったのは私であって私ではない……！　今の私は、ナイア聖教会の黒き剣だ！」

「そんなの関係ないっ！　たとえ心が二つに分かれていても、やっぱり貴方は僕にとって大切な人なんです！　僕は、そんなことで貴方を区別したりは出来ない――ッッ！」

　翡翠の閃光と紫の炎。ユーニとティアレインの刃がぶつかり合う度、激烈な力の放射が何度となく光の柱を揺らし、満天の夜空を照らす。

　両者は巨大な光の柱すれすれを這うようにして、上へ上へと飛翔しながら五度、六度と激突。

　やがてそれをきっかけとして、互いの吐息すらかかる超至近距離での剣戟（けんげき）戦に移行する。

「まだそのような世迷い言を……！　私は〝もう一人の私〟とは違う存在だ！　強く生まれた貴様が憎い……！　何も持たぬ弱者を容赦なく虐げる全てが憎いッ！　輝かしい才能と汚れなき心を持ち、導かれるようにして勇者となった貴様が、この私を友だと！？　心底反吐が出るッッ！」

「それでもいい……！　貴方が僕を心から憎んでいるとしても……――それでも貴方は、僕の大好きなティアレインさんです――ッッ！」

「こいつ――ッ！？」

　だがしかし。かつては流派殺しに対して劣勢だったユーニの剣は、ティアレインが繰り出す斬撃を見事に捌き、徐々にだが確実に押し返していく。

　流派殺しではない――ティアレインの濁った蒼い瞳を、光芒を宿したユーニの迷いなき瞳が正面から射貫く。

「僕は〝貴方を信じる〟――！　僕が憎いという貴方も……一緒にみんなを守ろうって……僕に手を差し伸べてくれた貴方も！　今度こそ、貴方を最後まで信じ抜いてみせるッッ！」

「つ、強い……！　なんだ、この強さは！？」

　瞬間。ユーニの勇気が作り出す彼女だけの聖剣――ミア・ストラーダの刀身がかつてない程の強烈な翡翠の輝きを放ち、ティアレインの紫炎を散り散りに打ち砕く。

　眼下に聖域の明かりを見下ろす星の海。

　ユーニはその身から緑光の粒子を迸（ほとばし）らせると、弓を引き絞るような特異な構えを取って加速飛翔。ティアレイン目がけて決死の一撃を繰り出す。

「受けろ――！　戦型奥義（ルートアーツ）――剣唱無尽（エタニティコーラス）ッ！」

「おのれ――！　神聖奥義（セイクリッドアーツ）――滅魔絶世（エターナル・ワン）ッ！」

　激突と炸裂。

　そして遅れてやってくる凄まじい衝撃。

　正面からぶつかり合った二人の奥義。

　それは遠目には全くの互角に見えた、しかし閃光の中から一方的に弾かれたのは、身に纏う甲冑を大きく破損したティアレイン。

「がッあアアアアア――ぐッッ！？　ば、馬鹿な……以前の交戦からまだ一月と経っていないのだぞ……！？　なのに、私と貴様になぜここまでの力の差が……ッ！？」

「諦めない――！　僕はもう絶対に諦めないっ！　ティアレインさんにこれ以上、酷いことをして欲しくないから――！」

「こ、の……ッ！　青臭い小娘があああああああああ――ッ！」

　ティアレインが吠える。

　刹那。彼女の全身が禍々しい紫炎に包まれ、その身に負った傷を塞ぎ、砕かれた甲冑すら瞬時に修復。

　膨れあがった強大な紫炎は、すぐ傍で輝く光の柱に漆黒の影を落とした。

「だ……〝誰だ〟……！？　今……私を弱いと言った奴はどこにいる……！？　ならば見るがいい……！　これこそが、私が偉大なる聖下から授かった力だ……！　どうだ！？　これでもまだ私が弱いと……勇者になどなれるわけがないと罵るかッ！？」

「な、なんて力……！　この力はどこから！？」

「勇者！　勇者！　勇者！　なぜお前はそうも強い！？　なぜ私は弱い！？　なぜ私はいつもこうなのだ！？　違う……私はもう弱くない！　聖下から力を授けられ、誰よりも強くなったはずなのだッッ！」

　膨張したティアレインの力。

　それはティアレインから離れて飛ぶユーニですら、気を抜けば一瞬で彼方へと弾かれてしまうほどに強大だった。

「なぜお前だったのだ……っ？　もし私にお前と同じ強さがあれば……！　そうすれば、きっと〝私がお前になっていたはず〟なのだ……！　このティアレイン・シーライトこそが、〝その場所〟にいたはずなのだッ！　お母様……お母様が……そう願っていたように――ッ！」

「おかあ、さま……？　やっぱり、それが貴方の……っ」

　辺り一帯、全てを震わせる絶望の叫び。

　戦慄すら感じさせるティアレインの姿に、ユーニは聖剣を握る手がじっとりと汗ばむのを感じる。

　だがそれと同時――ユーニは錯乱したティアレインの瞳から、ほんの僅かに涙が溢れるのを、はっきりとその目で見ていた。

「ティアレインさん……僕は、貴方を……っ！」

　やがて……全てを悟ったユーニは静かに息を吐くと、祈るように自身の聖剣を正中に構えた――。