拙者、間に合った侍!
「あれ? マジで?」
「何者だ!?」
星の瞬く夜空に、紅蓮の雷光が
瞬間。教皇の手から伸びていた極光の鎖は砕け散り、あと僅かで意識を掌握できるはずだったユーニの姿もその場から消える。
「あ……う……っ」
「拙者が何者か……だと?」
その場に轟いた雷鳴の正体。それは広大なホールの奥に佇む紅蓮の影。
脱力したユーニを抱え片膝を突いたその影は、闇の中で視認できるほどの灼熱の怒気を放ち、ゆっくりと振り向いた。
「貴様は……!?」
「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍。ユーニ殿の揺らぎに異変を感じ、馳せ参じた者だ……!」
「へぇ……俺の光を斬るなんて、さすがはオウカちゃんの弟子だけあるね。ねねね、今のってどうやったん?」
「――教皇殿には、先に拙者の問いに答えて貰う……ユーニ殿に何をしたッ!?」
その
空間に満ちる揺らぎを見て取れるカギリには、教皇達がユーニになんらかの危害を加えていたことは、すでに分かっていたのだ。
「にゃはは、そんなに怒らないでよ。ユーニちゃんには、俺達のやろうとしてることを手伝って貰おうと思ってさ。今さっき断わられちゃったけどね」
「ユーニ殿が断わった……? それでユーニ殿を力尽くで従わせようとしていたわけか……だからあのような揺らぎを……!」
「クク……ッ! 運命の勇者は聖下直々に殺さぬよう厳命されているが……お前は違うのだぞ、ギリギリ侍。この場を見られたからには、生かしては返さぬ」
「ティアレイン殿……! その気配と姿……まさか、貴殿が流派殺しであったとは……!」
「意外か? 勇者の方は随分と前から気付いていたようだがな」
「っ!? それで……ユーニ殿は……っ」
カギリは変わり果てたティアレインの姿に困惑の表情を浮かべつつも、抜き身の刀を教皇とティアレインに向け、ぐったりとしたユーニを抱えて立ち上がった。だが――
「――まって……待って下さい……っ! カギリさん……! 教皇様も……っ!」
「ユーニ殿……!? 大丈夫でござるか!?」
「ありがとうございます……カギリさんのお陰で、なんとか……。でも、聞いて下さい……! 教皇様にも、ティアレインさんにも……こんなことをした理由があるんです……っ! だから僕達は、戦う必要なんて……!」
「ユーニ殿……そなた……」
目が覚めるなり、ユーニはカギリの腕にすがって叫んだ。
ユーニを傷つけられ、煮えたぎるマグマのように燃えていたカギリの怒り。しかしその怒りは、他ならぬユーニ自身の訴えによって制されたのだ。
そしてカギリと同様、そんなユーニの姿を見たアルシオンは、その顔にほんの一瞬……辛さと悔いの混じった表情を浮かべた後。一度息を吐いてから、再び穏やかな笑みをその顔に貼り付けた。
「まーじか……――まさかここまでされて、まだそんなことが言えるなんてね。でもごめんよユーニちゃん……君がいくらそう思ってくれても、俺はそう思ってないんだわ」
「っ!?」
「確かに、俺達とユーニちゃんは戦う必要がないかもしれない。最悪君が協力してくれなくても、俺達の邪魔をしないのならそれでいいからさ。でも、ユーニちゃんが言ってることはそうじゃないっしょ? 君は俺達がこれからやろうとしてる、〝人減らし〟を止めて欲しいんだよね?」
「人減らしだと……!?」
「教皇様……! お願いですから、話を……!」
「ありがとね、ユーニちゃん……君の優しさと強さはもう十分に見せて貰ったよ。なら、次は君がどこまで〝君のままでいられるのか〟……その覚悟を見せてごらん。君だってよく分かってるはずだろ? こんなふざけた世の中じゃ……人が人のままでいるためにだって、強い力が必要なんだってね……」
「教皇様……っ」
そこまで言うと、アルシオンはその興味の対象をユーニからカギリへと移す。
先ほどまでユーニを見つめていた七色の視線が、カギリが取る〝懐かしい構え〟に注がれる。
「うん……けどやっぱり〝君は駄目〟だね。君のその力、オウカちゃんが教えたんだよね? ギリギリ侍だっけ……それって、オウカちゃんは使えるの?」
「否! ギリギリ侍はこの世で拙者ただ一人! 師匠は拙者にギリギリ侍の極意を授けはしたが、ギリギリ侍としての剣は扱えぬ!」
「へぇ、そっかぁ……〝やっぱり〟ねぇ。にゃはは、それを聞いて安心したよ――!」
「なぬっ!?」
その時。一度はカギリの刃で切り裂かれたアルシオンの光が、再びカギリとユーニを襲った。
カギリはユーニを抱えたまま一瞬にして飛び退くと、アルシオンの光をバラバラに打ち砕く。
そしてそのまま後方のガラスを両断して中空へと飛び出すと、アルシオンが放つ〝絶大な揺らぎ〟に乗って光信塔の頂上へと飛翔した。
「ぐ……っ! 流石は教皇殿……凄まじい力……!」
「カギリさんっ!? 傷が……!」
零下の強風吹きすさぶ光信塔の頂上。
カギリはユーニを抱え、星の海めがけて光の柱を放つ装置のすぐ横に着地。
アルシオンの力を防ぎ切れなかったカギリは、鮮血を流してそのまま膝を突く。
ユーニは霞がかった頭を振って自ら立ち上がると、すぐさまカギリの体に手のひらを当て、治療魔法を施した。
「かたじけない……! しかし、ユーニ殿が無事で本当に良かったでござる!」
「ごめんなさい……カギリさん……っ! 全部、僕のせいです……! もう何度も……カギリさんに教えて貰ったのに……! 僕がもっと、ちゃんと出来ていれば……っ!」
傷口に手をかざしながら、ユーニはその両目に今にも溢れそうな程の涙を溜め、悔しげに俯く。
「きっと、もっと違う……もっと良い方法があったはずなんです……っ! 教皇様だけじゃない……僕だって、カギリさんやティリオさんに相談していれば……こんな……っ」
「ユーニ殿……」
この夜、自室を出てから今まで。
ティアレインの正体に気付いてから今日まで。
ずっと一人で抱え続けていた、ユーニのあらゆる感情。
それは今、カギリの声と眼差しに触れたことで一気に溢れ出した。そしてついに堪えきれず、
「……拙者の方こそ、ユーニ殿を支えるなどと偉そうに言っておきながらこの体たらく……この場においても、ユーニ殿はたった一人で懸命に悩み、多くの決断をしたのであろうな……」
「あ……」
震えるユーニの肩を、カギリは励ますように優しく抱いた。
その様はまるで、彼女の目から溢れる涙が、それ以上零れ落ちないで欲しいと願うようだった。
「良いのだ、ユーニ殿。悩むことは悪ではない……拙者もユーニ殿も人間なのだ。いつだって迷い、決断できぬことばかり……口に出せぬことも山ほどあろう。だが拙者達は、今回もこうして〝ギリギリ間に合った〟ではないか。今は……それで良いのだ」
「カギリ、さん……っ。うぅ……ごめんなさい、本当に……ごめんなさい……っ!」
ユーニはそのままカギリの胸に顔を埋め、瞳を閉じて彼の鼓動を感じた。そうすることでカギリの熱が伝わり、凍えていた心が再び熱を帯びるのをはっきりと自覚する。
「だがしかし、今この時ばかりは思い悩む時ではない……! ここからは、また二人で一緒にやるでござる! そうであろう、ユーニ殿!」
「はい……っ! やらせてください……! カギリさんと一緒にっ!」
ここでユーニが何を知り、何を見たのか。
それは今のカギリには分からない。
しかし、変貌したティアレインの様子やアルシオンの口ぶりから、ユーニがこの場でどれだけの苦悩と決断を迫られたのかは、カギリにも容易に想像することが出来た。
故に、カギリは思い悩んだ末に一人赴いたユーニを責めず。
彼女と再び同じ道を歩めることを、心から喜んだのだ。
そして――
「――〝また斬った〟ね? 俺のこの光は、オウカちゃんでも触れることが出来なかったのに。〝ザジちゃん越しに斬られた〟ときにもしかしてって思ったんだけど……やっぱり、ユーニちゃんと違って君はここで消した方がよさそうだね」
「大人しくその男が殺されるのを見ていれば良いものを……ならば、今度は抵抗すら出来ぬよう八つ裂きにし、自ら進んで聖下に慈悲を求めるようにしてやるぞ。運命の勇者……!」
二人を包む闇が晴れ、極光が輝く。
それは、その身に七色の極光を纏う救世の英雄――教皇アルシオン。そしてその光の後方から、紫炎を纏った流派殺し――神託の騎士ティアレインが光信塔頂上へと降り立つ。
「ならば……ユーニ殿!」
「はいっ!」
それを見たカギリとユーニは互いに頷き合い、共に極光の下へその身を晒した。
「諦めない……! カギリさんと一緒に歩むことも……貴方たちの手を取ることも……! 僕はここで……諦めないために戦います!」
「ユーニ殿の様子から、貴殿らにも何か理由があることは分かった……だがだからといって、ただ黙って殺される訳にはいかん……! 拙者……ギリギリ侍ゆえッ!」
刹那、二人の周囲を切り裂く強風が光の柱に沿って天上へと昇り、天地で交差するもう一つの光芒となって聖域に降り注ぐ。
その光は果てまで続く夜の闇と、白い雪の積もる地平を照らし、まるでその場に現れた〝もう一つの道〟を示すかのように輝いた。
「拙者の名はカギリ……またの名をギリギリ侍!」
「我が名はユーニ・アクアージ!
ユーニの身に緑光の輝きが宿り、再び二刀を構えたカギリの周囲に、紅蓮の雷光が舞い踊る。
「僕達二人の……意志と信念にかけて――!」
「――いざ、尋常に勝負ッ!」
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