勇者の意味


「ユーニちゃんにお願いしたいのは二つだけ。一つは魔物を殺しすぎないこと……そしてもう一つは、俺達と協力して人の数を減らすこと。それが世界のため……みんなのためなんだ。もちろんやってくれるよね、ユーニちゃん――?」


「教皇様……っ」


 輝きと笑みを纏い、アルシオンが進む。

 ユーニは後ずさるが、やがて冷たいガラスの壁に阻まれる。


「できないかな? それとも、俺の話が信じられないかな? どっちかな?」


「く……っ」


 その教皇の問いに、ユーニは考える。


 たった今教えられたこの世界の真実。もしそれが本当なら、流派殺しの凶行にも明確な理由があったということだ。


 人同士の争い。


 それが魔物と同様に恐ろしい物であることは、ユーニもよく理解している。

 なぜなら、魔物によって人類全てが脅かされている現状ですら、人は無数の国や組織に分かれ、対立や争いを起こし続けているからだ。


 人の勢力を抑えるために魔物が有り、魔物は星を治すことで人を今も生かし続けているという。

 そうであれば、ユーニがこのままただ闇雲に魔物と戦い続けることは、かつての三英雄が陥ったのと同様の結末をもたらす。


(でも……! もしそうだったとしても、やっぱり僕には出来ない……っ! 僕の手で人の数を減らすなんて……!)


 だが、すでにユーニの返答は決まっていた。


 これから先、多くの経験がユーニの考えを変えることはあり得るかもしれない。

 しかし少なくとも今のユーニには、アルシオンの語る誘いに乗り、その手を取るという選択肢は僅かも存在しなかった。


 ならばユーニは一体何に戸惑い、必死にその思いを巡らせていたのか。それは――


(だけど……じゃあどうすれば!? 教皇様もティアレインさんも〝悪い人じゃない〟……! 二人のやったことは本当に酷いことだけど……それでも、僕達と同じように悩んで、必死に足掻いて今の道を選んだんだ……! 教皇様だって、本当はこれが最善の道だなんて全然思ってないのに……それでも、みんなのためを思って……っ!)


 そう――なんとユーニはこの状況下において、いかにこの二人と〝和解できるか〟を模索していたのだ。


 二つの心に分かれているとはいえ、ティアレインは流派殺しだった。

 たとえどんな理由があろうと、教皇アルシオンはベルガディスやユーニも含む、大勢のクラスマスターを襲うよう彼女に命じた。

 しかもその上、アルシオンはこれからも多くの人を減らす――つまり命を奪うと言っているにも関わらず――


「ごめんなさい、教皇様……やっぱり僕は、教皇様のお誘いを受けることは出来ません……!」


「……なんで?」


「たとえどんな理由があっても、僕は目の前で苦しんでいる人を見捨てたりは出来ないからです! それに……僕達で人の数を減らすなんて……そんなの、絶対にお断りですっ!」


「馬鹿め……そのような青臭い理由で、聖下の救済を拒もうとは!」


「そうじゃない……! 僕は、教皇様やティアレインさんの敵になるつもりもありません!」


「……じゃあ、どうするつもりなん?」


 アルシオンの歩みが止まる。

 この世ならざる七色の瞳が、まるで値踏みするようにユーニの翡翠の瞳を見つめる。


「もっと別の……教皇様がそんなことをしなくていいように、別の方法を探しては駄目なんですか!? 教皇様や聖教会の皆さんだけじゃ無理でも、世界中の皆で力を合わせればきっと何か方法があるはずです! それなら、僕もカギリさんも、ティリオさんだって――っ!」


 ユーニは――人類の運命を背負うとまで人々から信じられた少女は、やはりどこまでも勇者だった。

 誰も見捨てず、仲間と手を取り合い、死力を尽くして最後まで希望を求め続ける。


 勇者の力の根源とされる、人の心が持つ勇気。

 それはただ、勇敢に魔物と戦えるというだけの意味ではない。


 自らを信じ、自身の不利益を恐れずに他者を信じられること。


 それもまた勇気であり、それこそがユーニの持つ力。

 そしてだからこそ、彼女こそが最強の勇者なのだ。


「お願いします教皇様! 貴方が僕に教えて下さった話は、まだこの世界の殆どの人が知らないんです! その中には、もしかしたらこの状況を変えられる人がいるかもしれない! みんなで力を合わせれば……戦ったり、殺したりする必要なんてないじゃないですか……っ!」


「なるほどね……」


 だからユーニは訴えた。

 自分達はきっと手を取り合えると。 


 アルシオンの要求通りにすることは出来なくとも。

 力を合わせれば、きっとこの世界を覆う困難を打開できると。


 それは、ユーニの心からの叫びだった。

 祈りにも似た決死の訴えだった。そして――


「……さすがユーニちゃん。もしかしたら、あの時のオウカちゃんも、今のユーニちゃんと同じ気持ちだったのかもしれないね……」


「教皇様……」


 アルシオンはそう言うと、ユーニに伸ばしていた手を諦めたように下げる。

 その顔から輝くような笑みが消え、どこか寂しそうな――過去の光景の中で、オウカと別れた時と同じ乾いた笑みを見せた。


 そしてそれを見たユーニは、構えていた聖剣を僅かに下ろし、張り詰めた糸を緩めようとした。


「――けどね」


「っ!?」


 だがその時。

 一度下げられたアルシオンの手が、再び鎌首をもたげる。


 その手から七色に輝く極光がほとばしり、それはまるで強靱な鎖のようにユーニの体を完全に拘束した。


「う、あ――っ!? 教皇、様……!?」


「ごめんねユーニちゃん……悪いけど、もうそんな時間ないんだわ」


「じ、かん……!?」


「クク……ッ。その通りだ、運命の勇者よ。聖下はここまで、出来る限り穏便に事を進めていらっしゃった……しかし、大いなるオーム神から与えられた猶予にも期限があるのでな。間もなく我々の手によって、大規模な人減らしの救済が執行される!」


 光の鎖に拘束されたユーニに、ティアレインが歩み寄る。

 そして紫炎を宿した長剣を抜き放つと、その切っ先をなだらかに丸みを帯びたユーニの胸元へと突きつけた。


「そういうこと……俺だって皆を好き放題殺して喜ぶようなヤベー奴じゃないからさ。やっぱ人を減らすペースが遅くてね……神様から言われてた期限までに減らす人の数ってのが、全然間に合ってないのよ」


「そん、な……っ!? あぐっ……!」


「ってわけで、ユーニちゃんにもそれを手伝って欲しかったんだけどね。わざわざクラスマスターをちまちま襲ったのも、俺達がこれからやることを、邪魔して欲しくなかったってのもあるんだよね」


 ティアレインに続き、ついにアルシオンがユーニの至近までやってくる。

 アルシオンの笑みが拘束されたユーニを見つめ、彼女の眼前に極光を宿した手をかざす。


「でも安心してよ。ユーニちゃんは俺の試練にちゃんと合格したっしょ? だから殺したりはしない。人減らしの間だけ〝俺の言うことを聞く良い子〟になってもらう感じで済ませるからさ」


「……っ! 教皇様……貴方は、本気で……!?」


「にゃははは。ここまでやって諦めたりしたら、またオウカちゃんに怒られちゃうからね。〝お前の覚悟はその程度だったのか〟――ってさ」


 ユーニの視界が極光の中に沈む。

 彼女は必死に抗おうとしたが、神冠の魔物の精神汚染すら跳ね返すユーニの力をもってしても、アルシオンの力に抗しきることは不可能だった。


(駄目だ……! ここで僕が諦めたら……そうしたら、きっと……この人は、もう……!)


 もう二度と、本当の意味で笑うことはないだろう。


 なぜかは分からない。

 しかしこの時、ユーニにはその確信があった。


(ティアレインさんだってそうだ……! 僕はまだ……この人達のことを何も知らない……っ! きっと、まだ僕にも……出来ることが……ある、はずなのに……!)


「おやすみ、ユーニちゃん。大丈夫……絶対に君に酷いことはしないし、君が世の中で悪人になるようなこともさせないからさ」


「そんな、こと……! ぼく、は……――」


 限界だった。


 薄れ行く意識。

 意志も信念も、全てがおぼろになっていく。その中で――


(カギリ……さん……)


 ユーニは。

 彼女は確かにその男の名を呼んだ。


「ユーニ殿ぉぉおおおおおおおおおおお――ッッ!」


 果たして、その声はユーニの見た夢か幻か。


 否、それは確かな現実。

 現れたのは、紅蓮の雷光。


 二条の光芒が薄れ行くユーニの視界にひるがえり、アルシオンの放つ極光を切り裂いた――。


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