第20話和解
一神の頭にウブランが手を伸ばした。と、髪をブチっと抜き、口に入れた。
「イッテ。ちょ、何するんすか!」
一神が騒ぐが、見ていたのは私だけで、おじいさんは話を続ける。
「ワシは自然と詩門の親代わりになっとった。しかし、あんたらも見た、この廊下の先にある実験室で半年前、頭に何かされてから具合が悪くなってな……あれよという間に死んでしもうた。じゃが詩門が心配でな、一人きりでこんなところに……」
おじいさんは詩門の目を見つめた。
「傍にいてくれていたの?」
「ああ。じゃが詩門も後を追うように。そのときおぬしが言ったのじゃ。過去が僕を殺すの……未来を僕が殺してしまったの? とな」
「僕が?」
詩門は俯いて思い出そうとしていた。
「夢を見るまえに……」
「キミの夢におじいさんが入り込んだってことすか」
一神の問いに答えあぐねているおじいさんの横で、天使が腰に手をあて、言った。
「この世に囚われた、二つの魂が生み出した異世界ってとこかしら」
「異世界!!」
一神はなぜか興奮して目を輝かせた。
「あんた達を呼んだのはワシじゃ。それは――詩門の家族だからじゃ」
「へ?」
一神は今度はすっとんきょうな声をあげる。
「家族? 家族ってなに?」
「特別な関係で結ばれた人達のことですよ」
香菜に父川が小さく答える。
「私達が? 詩門君の家族……」
「詩門の過去と未来じゃ」
小冬におじいさんが伝える。詩門は私達を驚いた顔で見返した。
「データ分析完了。鬼石詩門の祖母、見雪小冬。小冬の父、一神眞秀。詩門の娘、香菜。香菜の息子、父川永新」
ウブランがその姿からは想像できない、凛とした女性的な声で告げた。初めて声を聞いたが、香菜も目を見開いている。
「え? は? ええ!」
一神が私と小冬を指差して首をちぎれんばかりに振っている。
「いやいやいや、ないっす。そんな、そんな話知らないっす!」
「二人いるのはどういうことなの?」
香菜がやっとの声でウブランに尋ねる。
「二人の遺伝子は100%一致しました」
「あなた達がよく使う言葉で言うと、パラレルワールドね」
ウブランの回答に天使が付け足した。小冬と顔を見合わせる。小冬は本当に、もう一人の私……。
「祖母、ということは、あのペンダントの持ち主や、私が見た、写真で笑っていた女の子が、詩門君の母親だったのですね……」
父川は顎と思われる辺りに手をやって俯いた。そして、ウブランに抱えられた香菜を見た。香菜は、その視線を受けて、戸惑い、それからはたと、詩門に目をやった。
詩門はじっくりと、私達一人ひとりに向かい合った。頬が緩み、ほんのりと赤みをおびている。
「僕の、家族……。僕の、過去と未来……」
「どういった経緯があったのか、今の私達にはわかりません。しかし、確かに皆さん、雰囲気といい、表情といい、少し似ていると思っていましたよ」
父川が頭を振り、肩をストンと落とした。笑っているようにも見える。
「私達、独りぼっちじゃないんだ……」
小冬がポツリと呟いた。
――と、詩門とおじいさんのいる辺りが、光で満たされていく。天使が、パッと翼を広げた。
意識するよりも早く、私は三人の傍に駆け寄っていた。すぐ隣に、小冬が、一神が、私と一緒に詩門の手をとった。
詩門を真ん中にして、天使とおじいさんを包み込むように、香菜とウブラン、父川が腕を伸ばす。
「さようなら、僕の家族。ありがとう。また、またね」
詩門は涙で濡れた顔に笑顔を咲かせて、光に溶けていった。まるで、雨上がりに差す太陽のように……。
――ぼんやりと視界が霞む。目を擦ると、優しい声が耳元に囁いた。
「起きた? 良かった。長い間、眠っていたのよ」
「人騒がせな子なんです! え? 主人? なんで夫を呼ぶ必要が?」
遠くでがなり声が聞こえる。
「心配しないで。あなたを見守っている人は必ずいるから。あ、おばあちゃんが来てるわよ」
どうやら病院のようだ。看護師さんが私に笑顔を向けて聞く。
「どんな夢をみていたの?」
――「パパには教えない」
パパが唖然と、だらしなく口を開けたままにしている。
自分でもびっくりの、冷めた声だ。
実のところ、夢の内容は覚えていない。ただ、もうパパを信用するのはやめようと強く思った。
それから口笛をふく、膝小僧の綺麗な女の子を思い出した。なぜかその子は、私と同じ顔をして笑った。
「ウブラン、逃げよう」
目覚めた私の顔を覗き込んでいたウブランに、仰向けのまま言った。
ウブランはコクリと頷いた。
どうしてだかわからない。でも、このままじゃいけない。未来のためにも。
部屋を飛び出す勢いの私に、後ろから声がかかる。え?
「待って、香菜。一人では危険。仲間を集めましょう」
「ウブラン?」
ウブランは透き通る声で確かに話した。
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