第19話真実

「うわわ。なんすか! 何が起きたんすか?」

「落ち着いて。私が呼んだだけよ」


 一神が軽いパニックを起こしているのに見かねて、天使が溜息まじりにそう言った。


「ここは……まるで監獄のような……」


 父川はぐるりと脳ミソを巡らせて、私と、その隣で俯く詩門に気づき、言葉を濁した。


「何かわかったの?」


 香菜は相変わらずウブランに抱っこされている。小冬が私の近くまで来て首を傾げた。私が微笑み返すと、小冬も少し口元を緩めて隣に座った。


「夢を見るまえ、もう動けないってわかってた……。よくわからないけど、この世界とお別れだって。でも、誰も僕を見ていなくて、独りぼっちだった。ずっと、おじいさんがいなくなってからずっと……」


 詩門はゆっくり思い出すように話していた。そういえば、この子の右目はどうしたのだろう。――どうして今まで聞かなかったんだろう……。自分のことでいっぱいだったから……?


「おじいさんが言ってたんだ。過去が僕をここに閉じ込めて、未来を僕が殺してしまったのかもしれないって……」

「聞いたことがある言葉ですね」


 父川が腕を組んで言う。受付の近くにあった、額縁に入った言葉と似ているんだ。


「じゃあ、君は……もう……でも、どうして?」


 香菜がウブランに聞く。ヒソヒソ声じゃない。


「……あまり覚えてない……力が出なくなって、頭がぼうっとして、そしたら、ふんわり軽くなった気がした」


 皆かける言葉がなかった。ただ詩門を見つめながら夢ならいいと思った。


「んじゃ、その、これはキミの夢ってことすか?」


 一神が足の踏み場を確かめるみたいに、一度足踏みして言った。


「そのことだけど、待って」


 天使は左の翼を内側に丸め、目を閉じた。そして何か呟くと、翼を広げた。そこには、一人の老人が立っていた。白い長髪の、やつれたサンタクロースのような……。


「おじいさん!」


 詩門が叫んだと思ったら、一瞬でそちらに駆けていった。

 ――みんなは呆気にとられて、二人が抱き合う姿を眺めていた。


「すまんのぉ。あんた達をワシの夢に付き合わせてしもうて」


 おじいさんは詩門の肩を抱いて、私達にペコリとお辞儀をした。


「おじいさんの……夢?」


 小冬が首を傾げている。天使と顔を見合わせたおじいさんは、頷いて話し始めた。


「なんとなくわかっておるかも知れんが、ここはある宗教施設じゃった。初めは開放的でなぁ、魅力的な場所じゃった。ワシも若い頃には環境保護の活動をしておって、ここのことは憧れじゃった」


 額縁の文言や、パティオの大木と絡み付く儚げな夕顔を思い出していた。

 そしてこの、鉄格子で閉ざされた空間を……。


「資金繰りが怪しくなってからじゃったかの、どこぞの製薬会社と何やら取引を始めたという噂がたってな」

「――もしかして、フリメルっていう会社?」


 香菜が躊躇するおじいさんに聞いた。


「そんな名前じゃったかの……。すまんの。詳しくはワシもわからんのじゃ。ワシと同室の仲間がおっての、気立てのいい若者じゃったが、しばらくしてから様子がおかしくなりだしての……」


 おじいさんはくぐもった唸り声をあげた。


「初めは志願制じゃった。特別な修行ということになっとった。しかしだんだんとワシの仲間のように、話しかけても反応をしなくなったり、おかしな行動をするものが増えて……」


 そこでおじいさんは、鉄格子のあるこの部屋を見回した。


「いつしか罰として使われ始めたのじゃ」

「罰……」


 小冬は手をぎゅっと握りしめた。気づかないうちに、自分も同じことをしていた。


「ワシも仲間がおかしくなってしまったことを外部に伝えようとして、ここに入れられてしもうた」


 そう話終えると、はぁと長い息を吐いた。


「では詩門君がここにいたのも、何かの罰だと?」


 父川が尋ねる。声が怒りに震えている。


「詩門の父親は、ここの教祖をしとる男じゃ」

「え?」


 父川が僅かに後ずさった。信じられない、というように。


「詩門は、あやつと、教団の熱心な信者の間にできた隠し子じゃった。しかし、正妻以外の女とできた子は穢れとされてな。健全な精神がなんとやら、じゃ。この子は罰として片眼を失い、ここに閉じ込められたのじゃ」


 静寂が支配する。物音一つない。私は窓の外を流れる雲を追いかけていた。鼻の先を小さな羽虫が通りすぎた。


「罰って、詩門君はまったく関係ないじゃない」


 小冬が低い声を出した。私と同じ顔で、こんなに怖い顔ができるんだ。見ると、香菜も一神も、たぶん父川とウブランも同じ顔をしていた。


「ああ。じゃがワシにはどうすることもできんかった。だからせめて、独りぼっちなどではないと、教えたかったのじゃ」


 そう言うとおじいさんは、私達一人ひとりを見つめて、それから詩門に微笑んだ。

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