第16話実験体の二人

「一緒に行こう」そう声をかけられたはずなのに、私は小冬ちゃんをおいてきてしまった。

 私と彼女は違う。顔は一緒だし、まるで鏡を見ているみたいで不思議だけど、やっぱりなにか違うとわかる。でも、ペンダントのことや、悪夢によく出てくる、あの女の子の膝小僧と同じ赤みがどこか不気味で――。

 おかしな建物内を見渡しながら、もし、自分が死んでいたら、と考える。ママは悲しむだろうか。パパは泣いてくれるだろうか……。もしかしたら、パパが――。

 頭を思い切り振って、馬鹿げた想像を追い払う。そんなはずない。そんなはずは――。

 こんなに長く夢の中を歩いたことはなかった。夢の中の住人と話したことも。変わった人達だな。あの人達が言ったこと、本当なら私も時代さえ違えば、人型ロボットの友達がいたり、安全なイメージの中で生活できたのだろうか……。

 小冬ちゃんと友達になれただろうか――。

 受付の前に立って、その奥の大きなクスノキを見やる。あやふやな世界で、どうしてそんなに堂々と立っていられるの……。皆、どこに行っちゃったのかな……。

 気味の悪い教室を通り過ぎ、医務室の脇にあるエレベーターと階段を見つめる。

 小冬ちゃんはここから来たのかな――。私は気づいたら談話室にいたけど。小冬ちゃん、何者なのかな。

 少し迷って、階段を上る。一人きりになると、途端に心細く、膝が震える。自分から小冬ちゃんと別れたくせに。そう自分に毒づく。

 二階には大きめの部屋が三部屋並んでいた。手前の部屋を覗くと、ロールスクリーンが上がっていて、長方形の縦長のスピーカーが四台置かれていた。アンプらしきものやプレイヤーも見える。レコーディングスタジオのようだが、並べられた椅子に拘束具が取り付けられているのを発見し、思わず目を伏せる。

 ――と、奥の部屋から物音がした。二つ目の部屋を音をたてずに通り過ぎ、一番端の部屋を覗く。

 横長のガラスケースが五つ並んだ部屋。それぞれに何かの計測器が設置されていて、脳波を図るときのような網状の帽子が台の上に載っている。

 右の縦に二つ並んだ台の奥に香菜がいた。近寄ると、ウブランが私に気づいた。香菜はガラスケースに腕を通すための部分を見つめている。


「何してたんだろうね……ここで」


 私はポツリと言ってみた。香菜はしばらくなんの反応も返さなかったが、ケースに腕を突っ込むと、言った。


「こんな格好だからわかるかもしれないけど、私、実験体なんだ。職員さんは濁してるけど、たまに私達のこと、話してるの聞こえてくるから――」

「どうして実験体になったの?」

「まさか。私の意思なんかじゃないよ。最初からそうだっただけ」


 ウブランが私の髪をそっと撫でた。二足歩行だし、パーツは人間っぽいけど、子守というより戦闘向けに見える。


「ウブランも最初から私と繋がってたんだ。ほら、腰で」


 香菜が服を捲ると、素肌に痛々しく見える接合部が露になった。私は首を傾げつつ、控えめに見る。


「私の他にも同じような子はいてね、別に不満はないんだ。だって他に知らないし。どうしてだとか、何のために私達は研究所にいるのかとかも、はぐらかされているうちに聞かなくなっていった」


 服を整え、ウブランに手を添えた香菜は、すっと私に視線を合わせる。


「それっておかしい?」


 香菜は私の頭から足先を目でなぞって言った。私は返事に窮した。私が黙っていると、香菜はまた口を開いた。


「私達、もしかしたら捨てられるのかもしれないの。ただの噂かもしれないけど、そうなったらどうすればいいのかわからない」


 ウブランは香菜を見つめている。その瞳に感情は宿っているのか。


「……ごめん。関係ないよね」

「関係あるよ」


 頭で考えるより先に、声が出ていた。香菜はポカンと口を半開きにしている。


「私も捨てられるかもしれないって怯えてた。でも、どうして誰かに私の存在を判断されなきゃいけないの。私を捨てられるのは私だけ。私は私を捨てたりしない」


 何を言ってるんだろ。でも、これが本心なのかな……。まるでもう一人の私の声みたい……。


「そっか。そうだね、ね、ウブラン」


 香菜はちょっぴり笑って言った。笑ったのは初めて見た。


「これ、研究所にあった蛇のケージに似てるなって、ウブランが」

「話せるの?」

「ううん。でも、わかる。危ない蛇もいたから、もしかしたら夢をみてる人は、毒蛇に噛まれたんじゃないかって、話してたんだ」

「そうだったの」


 香菜はガラスケースをパンパンと叩いた。


「でも違うな。なんにも起きないし」


 この部屋で何が行われていたんだろう。台は蛇というよりは人間用にみえる。


「他の皆はどうしてるかな。やっぱり探しに行こうか」

「ねえ、私達……」


 背中に香菜の声が呼びかけてきて、振り返る。


「……いや、なんでもない」


 私は首を傾げて微笑んだ。

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