第14話甘い香り

「お二人は何か心当たりはないのですか?」


 父川は私と小冬を覗き込むようにする。


「ありません。私まだ14だし。小冬ちゃんもそうでしょ?」


 髪を引っ張りながら頷く。


「ふむ。なら、よく似た人物ということでしょうか……。しかし、ここが誰の夢かわからないことには、原因を突き止めるのは無理がありますね……」


 父川はそう言いながら、教室から出て、隣の水槽部屋を通りすぎ、真っ黒のカーテンが掛かった部屋の前に立つ。私達も後ろからついていく。


「そちらも中は見えませんか?」


 父川が向こう側の一神に大声で問いかける。


「見えないっす! その隣もなんか、ロールスクリーンが引いてあって、よくわかんないっす!」

「同じですね……」


 父川が左に顔を向けた。


「あ、天使が開けてくれたよ。ウブラン、どっち行く?」


 香菜が向こう側の一番奥の部屋に入っていった。


「私達も行ってみましょう」


 父川について、受付を通りすぎ、ロールスクリーンの部屋に入る。


「真っ白だね。真ん中に座ってみる? ウブラン」


 香菜が座った部屋の真ん中にある椅子を中心に、円をかくように二重に椅子が並べられている。


「これ、押していい?」


 いつの間にかいた詩門がスイッチを押すと、部屋が真っ暗になり、チカチカと電球があちこちで点滅した。


「なに。なんか眩しいね……それに、気分悪い――元に戻して!」


 香菜が叫ぶので、小冬がスイッチを切った。部屋がさっきの状態に戻る。


「変な部屋だね」


 小冬は首を傾げて、怪訝な表情で笑った。


「隣はどうなっているんでしょう」


 父川についていくと、一神が、部屋に置かれたタンカーの上で横になっていた。


「そっちの部屋、ヤバかったっしょ。目、まだチカチカするっす」

「隣のカーテンの先は?」

「同じっすよ。なんか、はんだごてとか、あと、火かき棒みたいなのが置いてあって」


 父川がカーテンを引くと、奥に備え付けの暖炉があり、火かき棒が立て掛けられていた。


「これは……焼き印ですね……」


 父川の持つ棒の先は丸くなっており、よく見ると模様が彫られているようだ。


「このマーク、さっきのパンフレットで見たよ」


 香菜が模様を見て言った。


「これ、体につけるのかな……」


 私の言葉に、皆は黙り込む。


「このスプレーは?」

「フィブラストですね。火傷に使うのかも……。スプレーですか、そう、スプレーも私のようなアレルギーの方は注意が必要なんですよ……」

「父川さん?」


 ふと、思い出しました。

 私がこんな体になる直前のこと。

 その日は、私の大切な人とドライブに行く約束をしていました。

 しかし私は純粋に楽しむことが出来ずにいました。なぜなら、数ヵ月前から彼女が、他の男と楽しそうに食事をしたりする姿を目撃していたから。

 それも一度や二度でなく……。

 そんなことばかり考えて、ひたすらアクセルを踏んでいると、彼女は後ろで紙コップにお茶をいれ、眉をひそめて言いました。

 普段は助手席に座るのに、後ろに座ると言い張ることも妙に感じました。


「どうしたんですか? 今日はずいぶん無口なのね。運転疲れたの?」

「いや……」


 私は手渡されたコップに口をつけ、喉を潤しました。――その直後、妙な動悸に襲われました。心臓が掴まれたような感覚。それに吐き気も――。

 咄嗟に、紙コップを掴みました。まさか、なにか入れたんじゃ……。


「ちょっと! どうしたんですか? しっかりして! きゃーーゃ!」


 私は彼女を振り向きながら、どうにもならない体で、しかし足だけはアクセルから離さずに、ガードレールに追突していきました。

 ――あの男と一緒になりたいのか? そうなのか? そっちがそのつもりなら、道連れにしてやる……。

 薄れていく意識の中、彼女がつけていた香水の甘く切ない香りだけが、場違いに優しく漂っていました。


「香水……普段はつけていなかったのに……。彼女の匂い。まさかそれで――」

「あの、大丈夫っすか。あんま思い詰めねぇほうがいいっすよ」


 一神の声も聞こえないようだ。


「スプレーで、アレルギーが出て、亡くなった、とか? それか、火傷で……」


 香菜が言うと、フワリ、やってきた天使が部屋を見渡し、首を振った。


「残念。違うみたい」

「つか、天使ならわかるんじゃないんすか?」

「私は神じゃないのよ。今回も反応なし、か――」


 天使はタンカーの上に降り立った。

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