第13話小冬の思い出
「小冬ちゃん、大丈夫?」
もう一人の私はそっと、背中をさすってくれた。自分でも顔色が悪いのがわかる。
「そういえば、ここの隣は医務室みたいでしたよ」
父川も頭をかきながら(脳だが)、心配そうに腰を折る。
「いえ、平気です。ごめんなさい、ちょっとふらついただけだから」
私は立ち上がって、皆と部屋を出た。
隣は保健室のような部屋だった。ほんのり薬品の匂いがする。でも棚にあるのは簡単な消毒液や、漢方ばかりで、変わったところはなかった。その隣はエレベーターと階段があるだけだ。
「受付を挟んで同じような部屋が左右に並んでいるみたい」
香菜が受付の前でウブランの腕の中から言った。
「VIP室の向かいの部屋、ヤバイっす。すっげぇでかい水槽っす」
言い終わらないうちから詩門が水槽に張り付いた。詩門二人分ほどの高さだ。
「何にもいないよ。つまらないね。あ、虫!」
中には水が張ってあり、外側を小さな羽虫が這っていた。
天使もフワフワ見て回るが、一周して出ていってしまう。
「あっち側の二つ目と同じ」
香菜は廊下で、受付の方を指差した。
「この部屋が教室みたいな部屋だね」
もう一人の私が、守衛室の前の部屋に入っていく。
「ずいぶんと昔の教室に見えますね」
「は、んなことないっしょ。よくある教室っすよ」
父川と一神の間を通り抜け、部屋に入ると、木製の机と椅子が並んでいた。入口側は一段高くなっており、映写機もある。なにか教えていたようだ。
「この文字、さっき見たわね」
天使の示す冊子には、額縁に飾られていた標語が印刷されている。中には理想の生活や、夢療法の取り組みなんかが書かれていた。
「ご飯があるよ。美味しそう」
もう一人の私は机に置きっぱなしのトレーを見ている。
私が近寄ると、「もしかして、食べちゃいけないものを食べさせた、とか?」と呟いた。
「食べちゃいけないものって、毒とか?」
「それもあるけど、毒じゃなくても、食べる人がアレルギーだったり……」
言いかけて、もう一人の私は僅かに目を大きく開いたまま、動かなくなった――。
そういえば、こんなこともあったな。
私はそれまで何のアレルギーも持っていなかったから、最近になって発覚した甲殻類のアレルギーに自分も慣れていなかった。
ママは口を酸っぱくして、食品表示を気にするように忘れっぽい私に言い聞かせた。
パパと二人で、ランチを食べに出掛けたときのこと。ママは仕事で、家に何もなくて、食べに行こう、となった。
「近くの韓国料理屋に行こう。小冬、行ったことないだろ。旨いぞぉ、あそこは」
パパがそう言うので、反対する理由もなく、車で五分ほどの場所に行った。
確かに繁盛していて、少し待たされてから席に着いた。
赤いテーブルに、辛そうなメニューが並ぶ。
「パパは特製キムチ麺にしようかな。担々麺風で旨いんだ。小冬は?」
私は確かエビが入っていなければ大丈夫なはずだから、入ってなさそうな焼きそばを注文した。
「小冬も食べてごらん、ほら」
パパはそう言って、私の皿にキムチをのせた。美味しそうだと思った。それに、エビじゃないし。私は大きな一口で、それを食べた。
「うん、美味しい」
「だろぉ?」
――しかし、それからほどなくして、私は救急車で運ばれていた。溺れたときとは違う息苦しさに襲われ、倒れたのだ。どうやら「あみ」にも反応するタイプらしかった。
「いやぁ、すみませんね。お手数かけちゃって」
私がぜぇぜぇと冷たい床で救急車を待つ間、パパはお店の人にそう言って笑っていた。
「こ……こふ、小冬、ちゃん?」
もう一人の私の肩を揺する。はっと驚いたように後ずさった。
「大丈夫? なんだか様子がおかしかったから」
「う、うん。平気。あ、あと私のこと、小冬でいいよ」
そう言って首を傾げた。
「全部残ってるよ。もったいないね。僕食べていいかな?」
詩門がトレーに身をのりだして言った。
「やめておいたほうがいいよ。ずっと置いてあったんだし。夢、だし」
小冬は詩門からトレーを遠ざけて優しく言った。
「その説も違うようね。反応なし。困ったわね」
天使は教室を一周して、また出ていった。
「ねえ、これ、二人のどっち?」
香菜が後方の机から、ペンダントのような鎖を手にとって尋ねた。
見るとそれはロケットペンダントで、中に写真が入っていた。
そしてそこに写る人物は、私と顔がそっくり同じだった……。
「本当。似ているね。私達に。私に似ている人が二人も」
小冬はクスッと笑った。
不意に、プチっと髪を抜かれた気がして振り向いた。だけど誰もいなかったので、気のせいだろう。
「おや、不思議ですね。天使さん、見てください」
父川が天使に指し示すが、彼女はあまり興味がないようだ。
「あ、剥がれるっすよ」
一神が写真をぺりっとつまみとった。
ロングの髪――裏面には「母」と書いてあった。
「え、子どもいるんすか?」
一神は掲げた写真越しに私達を見比べた。
私は小冬と顔を見合わせた。
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