第11話探索

「とにかく、なにか手がかりが残っているはずよ」


 真っ白な髪をフワリとなびかせ、天使は少し浮き上がった。


「この建物に見覚えのある方はいませんか?」


 父川が皆を見渡す。だけど、私も含め、ただ首を振るばかりだ。

 父川は頭を、正確には脳ミソを押さえる仕草をした。

 ウブランとヒソヒソ話していた香菜が、皆に向き直る。


「とりあえず、この建物を見て回ったほうがいいんじゃない?」


 私達はぞろぞろと、吹き抜けになっている階上を見上げながら、談話室から繋がる二本の廊下のうち、外側の廊下に向かった。


「何ですかね? どうやら個室のようですが……」

「ホテルみたいだね」


 父川に、もう一人の私が答える。右手にある外側の個室のほうが小さく、左手にも部屋が並んでいる。


「行き止まりね」


 ウブランに抱えられた香菜が言った。

 もう一方の廊下も、似たような造りだった。円をかくような廊下に沿って部屋が並んでいる。


「反対側の、あっちの二本の廊下も、たぶん同じっすね」


 一神についていくかたちで、皆が談話室を横切り、向かい側の廊下の前に立つ。


「あ、でもほら。床の模様がこっちは青色だよ」

「あっちは青色だったね」


 もう一人の私の言葉に詩門がなついた声で言う。


「ちょっと研究所に似ているような……」

「え?」


 香菜の呟きに父川が振り向く。


「いえ、違うけど。ね、ウブラン」


 ウブランはコクコクと頷いた。


「俺ん家の近くの公民館はこんな感じっすね。や、形だけっすよ!」


 一神が慌てて付け足す。


「ちょっと、通ってた小学校に雰囲気は似てるかな。小冬ちゃんは? どう思う?」


 もう一人の私が首を傾げている。


「うん、似てる、かも」


 私は小さく答えて髪を引っ張った。


「あら。ピアノの向こうはキッチンかしら」


 天使がフワリと飛び立った。透けるような白さだ。

 どうやらオープンキッチンになっているらしい。簡単な調理器具も置いてある。


「あっちは? 小冬ちゃん、あっちから来たよね」


 香菜にも小冬ちゃんと呼ばれ、なんだかむず痒いような、おかしな気持ちになる。


「うん。あっちが、入口みたい。それから、教室みたいな部屋もあったよ」


 言いながらパティオを回り込み、入口のある場所に出る。


「これ、受付みたいだね。なんの受付なんだろ」


 もう一人の私が半円形の台を覗き込む。


「これ、守衛室っすね。結構ちゃんとしてますよ。ガード固めっす」


 一神が走っていった、入口の脇とは逆の方向に詩門も走っていき、硝子にへばりついた。


「これ何? 金ぴか」


 天使ともう一人の私は、詩門の隣で同じように硝子ケースの中を覗き込む。


「フード・エコ賞に、科学発明賞? うーーん。研究所かなにかだったのかな?」


 もう一人の私に詩門はケースの中を指してもう一度聞く。


「これは?」

「これは、トロフィー。見たことない? えらい人に贈られるものだよ」


 詩門の「へーー」という声が聞こえる。


「何か書いてあるわ」


 天使が見つめる先には、額縁に入れられた文言があった。


「健全な環境が健全な精神を宿す……」


 その一を声に出して読んでみる。


「罪と向き合い己を罰する」


 もう一人の私が、その二を読んだ。


「過去が己を、未来を己が殺さぬよう。何すかこれ」


 いつの間にか一神が横にいた。詩門は呆然と私達を見上げている。


「受付の両脇の部屋は、確かに教室みたいだね」


 もう一人の私は振り返って、二つの部屋を見比べた。横一直線の廊下に、両サイドいくつか部屋が並ぶ。


「ねえ、このパンフレット何かな」


 受付を漁っていた香菜が長方形の紙をひらひらさせている。


「ほう。夢療法ですか。昔は流行ったんですかね」


 父川がウブランから受け取ったパンフレットを広げて、頭を掻いた。

 私達も読んでみる。「必要最低限の生活。食材は全てオーガニック。俗世の穢れを祓い、まっさらな状態へ。新しい自分を見つけてみませんか」


「ふむ。魅力的ですが怪しいですね」

「いや、無理っす。必要最低限とか。食材とか食えればなんでもいいし」

「そんなことだから後の時代の人間が困ることになるんですよ」

「え、いや。俺に言われても知らないっす」


 また喧嘩している。医療食品とか、そういう系の会社なのか――。


「夢療法って聞いたことある。ね、ウブラン」


 香菜にコクリとウブランが相槌を打つ。


「職員さんが言ってた。精神的に参っている人によくある、眠れないとか、悪夢ばかりみるっていう悩みを綺麗さっぱり取ってくれる方法を売りにした会社があるって」

「うわ、それ俺の時代だったら大儲けっすね」


 一神が恨めしそうに眉をひそめた。


「フリ、なんとかっていう会社だったような……」

「しかし、そんな会社にしては小さいし、妙に生活感がありますがね……」


 父川は吹き抜けの向こうを見やり、それからキッチンを見て、頭を押さえた。脳ミソだけど――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る