第10話夢の主を探して

「皆さん、あれを」


 父川が叫んで、指をさした方向から、翼を纏った少女が飛んできた。

 私達はあっけにとられて、フワリとテーブルの上に降り立った少女を見つめていた。

 少女は逆に自分の存在は当然、というように、こちらに驚いた顔を向けている。


「まぁ。こんなに集まったの? いつからここに?」

「俺らもさっき来たとこっすよ。小冬2号はあんたと同じほうから、ほんとちょい前に」


 そう言って一神が、私を振り向く。


「てか、なんすか! ヤバイっすね。その格好。天使じゃん、輪っかないけど」

「そう。天使よ。輪っかなら家にあるわ。あなた達は何者?」

「え、えっと……私はただ、夢をみているだけで……」


 天使に問い詰められたことは初めてで、しどろもどろに答える。すると私の隣からもう一人の私が助け船を出した。


「それが……私達にもよくわからなくて。こんなにリアルな夢をみるのは、私、初めて。皆さんはそもそも、私が作り出した想像じゃ……?」


 もう一人の私が言ったことに、思わず身震いした。それは、私が考えていたこと。あなたが私の想像じゃないの――?


「いえいえ。私は存在してますよ。今日は2260年の――」

「は? なに言っちゃってるんすか。俺の夢っすよ。てか異世界。普通に2022年っすから」


 父川と一神の言い合いを、夢見心地で聞いていた。すると、トントンともう一人の私が肩を叩く。


「ねえ、今何年?」

「え、えっと、2044……」

「は? なんか言いました?」


 思いの外声が響いて、一神に聞かれてしまった。


「一緒だ」


 もう一人の私はクスリと笑う。


「一緒だって、そりゃ顔が同じなんすから、そりゃそうっしょ。え、双子っすか?」


 私はふるふると首を振る。もう一人の私は首を傾げている。


「あなたは?」


 天使はうんざりした顔で、香菜に顔を向ける。香菜はウブランというロボットにヒソヒソなにか言ってから、「2117」と、ボソッと呟いた。


「君は?」


 こんどは優しい声で、天使が詩門に尋ねた。詩門は俯いたまま、しばらく黙っていたが、やがて「2080何年のはずだって、お爺さんが……」と小さな声で言った。


「バラバラじゃないっすか! てか俺が一番年寄りってことっすか? マジで」

「そうですよ。困りますよ、お陰で私達の時代は大変なんですから」

「いや、てかどうなってんすか!? 2200年代。いや、2100年代もだけど」


 一神は父川と香菜を交互に見やり、身をのけ反るようにした。


「聞いて。ここは私の守護する主の夢。あなた達は囚われたのよ」


 天使が羽を閉じて、テーブルに腰を下ろす。


「囚われた? ではここにいる人は――」

「ええ。皆存在している。珍しいけど、皆が同じ夢をみているの。それ自体は問題じゃないわ」


 私達はお互いに顔を見合わせた。もう一人の私と、目が合う。彼女も、存在する……?


「問題は、夢の主が亡くなったこと。その原因を解明しない限り、目覚めることはできないわ……」

「なんすか、それ。どういうことっすか?」


 一神は天使に詰め寄る。香菜がヒソヒソウブランと話している。


「悪夢を見ているときって、出口とか、とにかく終わりを探すでしょ? 私はその助けをするのが好きなの。ようは私はその夢の主の守護者になるってこと。いつもなら私が悪夢から連れ出して終わりなんだけど、この夢の主が夢をみたまま亡くなってしまったの。でも亡くなったことに気づいていない……。だから教えてあげる必要があるの」


 天使は一息に話した。詩門のブラブラ揺れる足が、コツ、コツ、と椅子の脚に当たる音が響く。


「そのために、人間を呼んだの。つまり、あなた達を」

「でも、誰かもわからないのに、どうやってその人が亡くなったって突き止めるんですか?」


 もう一人の私が言う。


「きっとこの建物にヒントがあるはず」

「え、あんたの主はどっかで見てるんすか?」


 一神が首を曲げて天井を向く。


「そうよ。いつもなら私が降り立った場所に、夢の主がいるんだけど、今回は誰もいなかったの。それは悪夢をみているわけじゃなくて、ここが現実だと思っているってこと。夢の主の魂の中ってところかしら」

「解明できないと、どうなるんです?」


 父川がおそるおそる尋ねる。


「そんなことないと思うけど、何日も眠った状態だと、まずいことにはなるでしょうね」

「そうっすよ。脳ミソだけならまだしも、俺は生身だから、トイレとか、食いもんとか問題アリっすよ」


 一神がソワソワと焦り出す。


「私達も、動かないってなると……マズイ」


 香菜がウブランに抱っこされながら言った。


「そんなの皆同じですよ!」


 父川も憤慨したような声を出した。


「どうやって知らせるんですか? その、亡くなったって」

「原因を解明できれば、自ずと理解するはずよ。きっと今も、どこかで聞いているから……」


 もう一人の私に、天使は自分に言い聞かせるように告げた。


「厄介っすねぇ~~」


 一神は髪をかきむしる。

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