第7話017号
「おはようございます。西森さん」
「あら、香菜ちゃん……おはようございます」
最近職員の皆がよそよそしい。西森さんなんて、こんな無愛想な私にも分け隔てなく、他の子のお母さんみたいな存在なのに。
こうなる前までは、こちらが声をかける間もなく「おはよう香菜ちゃん、ウブランも元気?」と言っていたのに。
「聞いたか……2号の噂」
「なに?」
普段なら私語厳禁なんてルール、ただの建前でしかなかったのに、ここ一ヶ月ぐらいで、少し騒いだだけでも注意が飛ぶようになった。だから013号はヒソヒソ声で私の耳元に囁きかける。
「2号の相棒、廃棄されたらしいぞ。メンテナンス室でももう二週間見てないって、俺の相棒も言ってる」
「はぁ、またデマに決まってんじゃん。5号の片割れが4号とペアになりたくて、5号が病気だって嘘言いふらしたみたいに」
「俺の相棒は嘘つかねぇよ。それにあれだって5号は本当に病気だったし」
私たちには一人ずつ、人型のロボットがついている。それは産まれたときからで、私は双子のようなものだと思っていた。
でも職員さんによると、双子は性格が違うし、四六時中一緒にいたりはしないらしい。
「なら、結合双生児みたいなもの?」
「んーー、いいや、君達は分離できるし、それに、ロボットは結合元の人間に思考パターンを影響される。だから、分身のほうが近いんじゃないかな」
職員はそう答えた。だけど分身というには、ウブランは私より好奇心旺盛だし、怖がりにみえる。それに私より沸点が低い。それは、どうして――?
「それを研究しているんじゃないか」
そう言って職員は逃げていった。
職員は大まかに二種類いて、私達をちゃんと名前で呼んでくれる人と、番号とロボットで呼ぶ人。職員以外の私達は、ロボットを勝手につけた名前で呼ぶ子と(私がそう)、013号みたいに相棒、あるいは片割れ、兄弟とかいろいろだ。
ちなみに私達には名前がない。私が香菜と自分を呼ぶのは、夢の中でウブランが私をそう呼んだから。実際にはロボットは声が出せない。一応、出せるようには作られているけど、出せた個体はないらしい。
私を含めここの子達はロボットの気持ちがわかる。接合部位を通してなにを考えているか明確にわかる。というか、通さなくてもだいたいわかる。職員さんが言うには、確かに微量のホルモン変化から、私とウブラン間で信号のやり取りがあるのはわかるけど、それが意志疎通として成立しているとは言えないらしい。
職員さんがどう言おうが、ウブランが私の最大の理解者であることに変わりはない。
物心ついて始めての記憶が、ウブランに抱えられた記憶。私達は産まれたときからここにいて、他の事は知らない。
けれどウブランは夢の中で、私にいろいろ教えたくれた
「香菜、外はもっと広いんだ。 香菜と同じ年の子だって、たくさんいる。ロボットだっていろんな種類がいる」
AIが搭載されたウブランは私よりも持っている情報は多い。たまに信じられない話もあるけど、貴重な情報源だ。
「02号、最近見ないね。まだ良くならないの?」
「だから、言ったろ? 廃棄されたんだよ。なぁ、俺達もまずいんじゃないか? ほら、4号も言ってたじゃん、廊下で職員が『ここはいらなくなる』って聞いたって」
「013号の話は全部誰かから聞いた話じゃない」
休憩室で各々が好きな時間を過ごすなか、013号の話を笑い飛ばせない自分がいる。
「013号はなにか聞いてないの?」
「俺は別に……でもよ、最近なんか様子が変じゃね? 前はもっと、職員とも距離が近かっただろ」
否定できない。何か、嫌な予感がする……。
メンテナンスから帰ってきたウブランは、私を抱えて自室に戻った。
ウブランの瞳は何も答えてはくれない。でも、一緒なら平気。
ウブランは電気コードのような尻尾を、部屋の隅の接続部に突き刺す。とたんに、部屋の明かりも、私がそれまで読んでいた空中に映し出された本も消えた。
「ちょっとウブラン、取りすぎ」
ウブランは暗闇の中、赤い目をくるりとこちらに向け、ブスッと尻尾を引っ込めた。明かりが戻ると尻尾をぶるんぶるんと震わせて、もう一度突き刺した。こんどは部屋が薄暗いだけですんだ。
「何してるの? 何か、見ているの?」
床に仰向けになったウブランにベッドの上から話しかける。
答えは返ってこない。けれどこう言ってる。
「心配しないでいい」
「また夢で話してよね? ウブランが出てくる夢は面白いから」
そう言った、その時――、ウブランがスッと右手を自分の口の上にスライドさせた。まるで、「静かに」というように。
人型だけど、何かを持ったり、掴んだりする以外の動きはあまり見ないから驚いた。
――気のせいだろうか……?
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