第6話京大ですが?

「うわ、これちょーー欲しい! くっそ金がねぇ」

「お前相変わらずカメラ好きだなぁ」


 いつもみてぇに大学を出ようとしたら、知らねぇ声に呼ばれた。

 振り返ると、知らねぇヤツが立ってた。向こうは「まほろ大学同じだったのかよ」と、馴れた口を聞いてきたが、俺は知らねぇからただそいつのすかした襟足を見ていた。


「え、覚えてねぇの? 中学ずっと一緒だったじゃん、高校は二年だけだったけど」

「わりぃ、名前は」

「マジか。まぁいいよ、どうせ話すのも今日だけだし」


 そいつは別に怒ったふうでもなく、ボチボチと俺を通り越して歩いてった。別に着いてこいとか言われてねぇけど、なんとなく追いかけていたら、駅ナカの量販店にきた。


「これ撮影にちょうどいいんだよ。ミラーレスで軽いし」

「そういやお前の動画見たことあるわ。暇潰しにいいよな」


「ざけんな、俺は命か懸けてんだよ」とは言わない。言ってもわかんねぇだろ。


「中学のときも写真部の幽霊部員だったろ? 俺部長のヤツとつるんでたから、よく愚痴られたよ。お前の撮ってくるもんが気味悪いって」

「……るせぇな」

「怒んなよ。まぁあれだ、あんま思い詰めんな。あ、これなんかいいんじゃね?」


 そいつはアクションカメラを片手につまみ上げ、振り回した。

 それも俺が今貯金して狙っている物の一つだったから、「触んな」と間違えて引ったくりそうになった。


「なんで動物の死体ばっか撮ってたんだ?」

「ばっかじゃねぇよ。ちゃんと空とか植物も撮ってたよ」


 嘘じゃねぇ。他人に見せないだけで、割れた硝子とか、人の影とかも撮ってた。

 あれ、なんで俺あえて死体ばっか提出してたんだろうな。


「でもよ、お前が殺したんじゃないかって、それで避けられてたんだろ?」

「はぁ? 俺避けられてたのか?」

「お前幸せなやつだな」


 そいつはカメラに興味をなくしたのか、店を出ちまった。

 俺だけ残っても全然良かったんだが、気まぐれで着いてった。

 そいつは今度はよくあるハンバーガー屋に入った。結構がっつり食おうとするから、俺もサイドを単品で頼んだ。

 そいつは人の波が途切れない窓沿いのカウンターに腰かけた。俺も一つ空けて座る。


「俺さぁ、お前凄いと思うよ。だってあんだけバカにされて、嫌われてんのに全く動じてねぇもんな」

「なんだそれ。俺は好きなことやって生きてくんだよ」

(好きなことで生きていけるほど甘かねぇよ、馬鹿が)


 合成音のようなくぐもった声が聞こえた気がして、バッと振り返る。だがトイレに入っていくおっさんが見えただけだ。くそっ、またアイツか。俺は頭を叩く。


「そうだよ、結局さ、信じたもん勝ちなんだよ。確実な道なんてないんだよな」

「はぁ? なんかよくわかんねぇな。とにかく俺はアイツの言いなりになんてならねぇ」


 しまった、面倒なこと言っちまった。「アイツって?」とか言い出したら、もう帰ろう。

 そのつもりで腰を浮かせたが、そいつは俺の言葉を聞き流して、関係ねぇ話をしだした。


「お前最近夢見るか?」

「はぁ? 俺の夢は世界一の配信舎だよ」

「ちげぇよ、寝たときに見るやつ」

「あぁ。それがなんだよ」

「俺最近見るんだ。すっげぇ綺麗でさ、甘い匂いが漂ってんの。美人もいてさ」

「ならいいじゃん」


 俺の夢には美人が出てこないから、シンプルに羨ましかった。


「ちょっと前まで不眠症だったのに、吹っ切れたらこうだよ」


 そいつはフンッと鼻から息を吐いた。「何から吹っ切れたんだ」と聞かなかったのは、そんなに深い仲じゃねぇから。それから面倒だったから。


「お前のこと、応援してっから」

「ならチャンネル登録しろよ」


 俺はそう言ってそいつと別れた。

 そいつはそのあと飛び込んだ。

 なんでだか知らねぇしわからねぇ。知るわけねぇだろ、そんなの。

 名前も聞かなかった。調べる気もねぇ。小さなニュースになっていたが聞きたくもねぇ。


 だけど、俺が企画を応募しているSNSにDMがきていた。


「夢で異世界に行ける方法、教えてやるよ、やってみたら面白いんじゃね?」


 なんでだかわからねぇが、そいつだと思った。

 何度か試したが上手くいかねぇ。上手くいくことがあるのか知らねぇが。

 そいつへの同情とか、好奇心とか、そんなんじゃねぇ。ただこの感覚は――。


 木の根もとで美しく散った小鳥の死体にレンズを向ける感覚に似ていた。

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