第一章 勇者様のおかげで世界は平和になりました。

 その光景をよく覚えている。それは12歳のころあるニュースを聞き、うちに仕えるメイドと手をつないで(メリルというこのメイドは、自分に対して過保護なところがあった)人で溢れた街へ繰り出したときのことだ。町は見たこともないほどの活気で、そのニュースを称えた。

 魔王討伐。勇者によってなされたその偉業を人々は手放しで喜んだ。

 街行く者の顔は一人残らず笑顔で満ち溢れ、人族、亜人種、魔族、種族関係なく互いに笑顔で抱き合っていた。お祭りムードは一週間ほど続き、その間に街は飾り付けられ、街の人は、はつらつと働き、人の往来も増えた。勇者の武勇を謳う旅の吟遊詩人、街おこしの狩りのイベント、昼間から酒をかっくらう肉体労働者、稼ぎ時と心得て、ここぞとばかりに働くしたたかなサービス業の従事者や行商人。

 王都に近いとはいえ、ただの街でこの騒ぎ様。伝え聞いただけだが、案の定王都は、数年に一度の祭りが、同じ日に同時に重なったかのような騒ぎ様だったという。勇者の凱旋パレードに続き、戦争の終結を祝しての祭り、それに乗じて商業ギルドは出店を並べ、闘技場では事前に準備していた大型イベントの開催等と、聞きしに勝る盛り上がりだったと父が語っていた。

 先代魔王が亡くなり、当代の魔王が実権を握ってから討伐されるまで16年。

「繁栄しすぎた人族を減らし、魔族、亜人種がより生きやすく、優位な社会を創る。今こそ、我が物顔でこのフラクトールを蝕む獣に罪科を問おう。」

 そう宣言した魔王は、一年で軍を編成し、もう一年で行軍の準備を整えた。

 人間の王国に攻めてくるまでに、そう時間はかからなかった。

 もともと人間より強靭な体に加え、魔力さえ一定の割合で蓄えていたら、動くのに必要な食料すらも、ほとんど必要とせず、たまに戦場で新鮮な王国軍の兵士の屍を貪れば、問題なく動けるといった圧倒的な継戦能力に加え、寿命が長い分、人よりも時間の感覚がゆったりしていて十年単位の戦争でも、精神的に全く疲労することはなかった。人にとっては人生の十分の一でも、魔族にとっては、一年か或いは、それにも満たない時でしかない。

 十年近く続いた戦争により、王国軍、軍の行軍を支える王国民はだいぶ疲弊し、軍は少しずつ前線の後退を余儀なくされた。前線を退くと魔王軍は勢いに乗り、さらに攻勢を強めた。召喚された勇者が成長するまで、もたないと考えた王国は、勇者が成長するまでの時間を稼ぐため、他種族にも積極的に支援を求めた。人族に協力的な亜人種や、当代の魔王に対して非協力的な魔族など協力関係を築けるものもいたが、多くは中立、はたまた戦争への介入に批判的だった。とりわけ、各亜人種、魔族の中でも発言力のある長い時を生きた長老[エルダー]や賢者と呼ばれる者たちは傍観するものが多かった。協力してくれる他種族は数こそ多くなかったが、人と比べ、平均的な能力が高いものが多く、十分な戦力となり、何年も前線を支え続けた。

 そして多くの者の予想より早く、その時が来た。異世界より召喚された勇者が力をつけ、14歳で戦地に赴き、経験を積んだ。一か月で魔王軍を退け、半年で、奪われた国土を50%程奪い返した。その後約三か月は前線を整える期間に入った。その間に慌てたように他種族のエルダーが協力的になり、人材を派遣することで人族へ恩を売ろうとしてきた。戦争のダメージから回復したのち、絶対数の多い人族の交易網を利用しやすくするためや人族の他種族への侵攻、迫害の際の布石とする為だったり、各種族のエルダーごとに理由は様々だった。エルダーは勇者が台頭し、派遣した自種族の被害が最小限で済むタイミングを見計らっていたのだろう。予想よりも早く勇者が成長し戦果を挙げた為、焦って派遣してきたというのが顛末のようだ。前線は以前の装備を残したままだったため、三か月で何とか使える代物になったが、完全に準備が整うのを待たず勇者一行は出発した。元々魔王軍と十分に渡りあえる戦闘力だったが、新たな他種族の精鋭を仲間に加え、怒涛の快進撃を見せた。勇者が初陣で戦地を駆けてより一年、精鋭ぞろいとなった勇者一行による指揮官クラスの魔族にのみ狙いを絞った特攻まがいの力業突破に有効な対策も打つことができずに、魔王軍は瓦解した。魔王討伐の知らせと、その証拠が王都へ届いたのは、それから間もなくしての事だった。

 戦争に疲れ切っていた王国に住む様々なものにとって、魔王討伐の知らせは、どんな美酒にも勝る程、甘美な響きで彼等が浮かれるには十分すぎた。そしてこの様相だ。

 皆酔っぱらいの如く騒いでいる。実際酔っ払っている者も多く居たのだろうが、12歳の自分には違いが分からなかった。

 この知らせを喜ばなかった者は、この場には居なかったと断言出来るほどの活気があった。当然、自分も嬉しくなかった訳では無い。

 しかし微かに残っている記憶、自分には前世があり、この世界に転生したという事実が、この幸福な喧騒に魔を刺した。

 自分はずっと魔王を倒す為に転生したのだと誰に言われるでもなく勝手に思っていた。前世の記憶はあまり無かったが、それがこの手の話のお約束なのだと何となく認識していた。

 それがこの世界で、母の勉強やら祖父と父の特訓やらをこなすモチベーションになっていたのは事実だ。定まっていた道が、ふと目を離すと後にも先にも無くなっていて、ただ先の見えない荒野にぽつんと放り出されたような感覚。

 それでも進まなければという感覚。

 当時子供だった自分はその得体の知れぬモヤモヤを説き伏せる方法を知らずに、ただ一緒にきたメイドの手を少し強めに握ることしか出来なかった。出発の前に手を繋ぐ事をあんなに嫌がっていた子供が、手を握り返した事にメイドが少し驚いたようにこちらを見て、少し笑った気がした。気恥ずかしすぎて、顔を直視などは出来なかったので何となくそう感じたとしか言いようが無かった。

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