弱虫放浪記
彼岸ノさんか
プロローグ (おまけってお得感あって好きだけど、おまけに釣られて結局買わなくていいものまで買っちゃうときってあるよね)
白い大理石のようなもので作られた石造りの神殿。中心に真っ直ぐと敷かれた赤い絨毯は、このフロアの最奥にある巨大な神像の前でピタリと途切れている。
神像の顔には、これといった特徴的な所は無く、禿頭で髭の一つも無い。整った顔立ちで歳は人間でいうと30代か40代だろうか。穏やかなような或いは厳しいようなどちらとも取れない表情をしていて、真っ直ぐと立ち、両の手を上に向け腰あたりで広げている。久しぶりに帰省した我が子を抱きしめる直前のような、どこと無く安心感を覚える立ち姿だ。しかし恐らく抱擁は期待出来ないだろう。そう思わせるのは彼の掌の上にそれぞれある二つの珠だ。左手の上にある珠は形状自体は、何の変哲もない球体だ。神像は神殿と同じ素材を利用しているため、白色で元の色までは分からない。もう一方の球、左手のものとは打って変わって右手にある珠は特徴的な形状をしている。大まかな形自体は球状だが、その表面は波打ったような曲線が何重にも重なっている。
凝った装飾があるわけでも、筋骨隆々に勇ましく作られているわけでもなかったが、だれが見てもこの神殿の主は彼だと思わせる荘厳さがこの像にはあった。
この神殿には、この神像を囲むように左右の壁面に12柱の神像が壁に埋め込まれるような形で彫ってある。中心の像を含め、この神殿にまつられた13柱を、人々は[フラクトールの13神]と呼び、このフラクトールという世界の創造主や守り神というような扱いをしている。
神像が集まっているこのフロアは、[祈りの間]と呼ばれ、どの神を信仰していてもこのフロアのみで祈りが済むようになっている。当然それぞれの神ごとに大なり小なり、この世界の各地にいくつも神殿を持っている。そうでなければこの神殿は連日連夜、人で溢れてしまうだろう。この神殿は、様々な神殿間での連絡や問題を共有したり、管理したりする目的で造られた神殿の中でも最も位の高い大神殿である。大神殿を利用できるのは、例外もあるが、基本的には、それぞれ神の信徒の中でも大司祭や司祭、各神殿の神官長、神殿騎士団の一部の上級騎士くらいのものである。護衛と警備をかねて王都の騎士団が派遣されてはいるが、立ち入りや行動には制限がある。その為、普段は人で溢れるようなことはない。
しかし今、祈りの間は様々な神の信徒で溢れていた。張り詰めた糸のような緊張感を漂わせて異様な儀式が執り行われていた。
皆一様に中心の神像に向かって片膝をつき、両手を握り合わせ頭をたれ祈りを捧げている。それ自体は、何かしら祭礼や儀式が行われるときによく見る光景だ。異様なのはただ一点。卵である。
中心の神像の前に、捧げもののように巨大な卵が一つ置かれていた。表面は緑色の鱗のようなもので覆われていて、その下には切られても尚青々と茂ってる生命力の強い巨大な木の枝を鳥の巣状に敷き詰めてあった。巨大な怪鳥の巣を丸ごと持ってきましたと言われても納得のできる迫力だ。祈りがひと段落したのち、一人のものが神像の前に歩み出た。ひと際豪華な装束を身にまとっていることから、この男が彼らの指導者であるのだろう。
「振動と調和を司る神ゼルニス様、偉大なる主神よ、我らの祈りにこたえ勇ましき英雄を我らのもとに遣わしたまえ。降臨せよ、我らが英雄よ。」
その言葉の後に、強大な光を放つ金色の柱が、大司祭を中心に天へ昇った。数刻の後、光の柱は次第にその勢いを弱め、消えてしまった。
少し間があいて、今度は反対に、細長い光の柱が天から卵に向かって降り注いだ来た。キーンというような甲高い音が鳴り響く。光の柱が衝突した直後、一瞬光輝いた卵はまばゆい光をものともせず、光の柱をその内側に吸収していった。光の柱が消えた時、あたりには少し焦げ臭いにおいが漂った。
張り詰めた空気がかすかに緩む。
信徒の中から、片眼鏡をかけた男が立ち上がり、卵に向かって歩き始めた。
次の瞬間、先ほどよりもさらに細い光の柱が巨大な卵のわずか左をかすめた。
突然のことにゆるんでいた空気が一気に緊張感を増す。大司祭は驚きのあまり腰を抜かし尻もちをついた。片眼鏡の男は目を覆った。何人かの神殿騎士は反射的に、普段腰に下げている剣の柄を掴もうとして空を切った。
先ほどのように甲高い音を立てながら、巣の中に光が吸われていく。光が消える。
かすかな沈黙。
「どうなったのだ!クレオラ!失敗したのか!」
大司祭の男がふと我に返って片眼鏡の部下に状況の確認を急いだ。依然として、腰を抜かしたまま立つことは出来ないようだった。
「は、はい、い、今確認します。」
あっけにとられていた片眼鏡の男、クレオラも声こそ裏返ってはいたが、己の役割を思い出し、急ぎ卵に駆け寄った。片眼鏡のふちに触れる。
「せ、成功です。勇者の召喚、ここになされました。」
クレオラがそう断言した。
再びフロアの空気が一気に緩んだ。安堵のため息が所々から聞こえる。
「しかしこれは…」
クレオラが卵のほうを見つめ表情を険しくした。
正確には、卵のほうではなく、二回目に光の柱が落ちた巣の中の一箇所を見て顔をしかめたのだった。
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