第6話 おおらかな時代
めずらしく母校の野球部が夏の予選で勝ち進んだことがありました。
次の日曜日は甲子園での優勝経験もある強豪校と当たることになりました。
といっても強制的に応援に行くようには言われず、有志だけが行きました。
そのあたりがおおらかというかなんというか…。
見た顔がスタンドにありました。
ちょっと近づきたくない一団がいました。
いつも酒くさい英語の三井先生。
授業中でも薄いサングラスをしています。
今日は濃いサングラスです。
ビールを飲んでいます。
あのでかいガタイは社会の大畑先生です。
ビールを飲んでいます。
化学の佐々木先生、
色白で細いやさしい先生です。
今日はなぜか顔が赤いです。
ビールを飲んでいます。
昔のことですね、
今はそんなことはないのでしょうね。
さすが強豪校、応援団がこちらのエールを堂々と待っています。
普段はこんなところまで勝ち進まず、本格的な応援団がいるところとは当たらない母校です。
エールの交換がわからなくて
臨時で作られた応援団ではなく、
応援部でもなく
応援係が
右往左往しています。
吹奏楽部はいるのです。
ですが当然チアガールはいません。
誰か女装させたらうけたのにな…
「こっちが先だ! 」
監督自らがベンチから出て振り返りスタンドにエール交換の指示しています。
勝ち進むなんてね…誰も考えてないので。
試合が始まりました。
一方的にやられています。
まず打球の速度が違います。
音も違います。
見てみれば体つきも違います。
そこそこの自称進学校でスポーツ推薦なんてないですから。
僕らは
「こんなもんだろうな…」
と思いながら “応援” をしました。
「いい振りだった! (三振だったけれど)」
「いいところついた! (打たれたけれど)」
「よく飛びついた! (きれいに抜けていったけれど)」
高校野球は教育の一環です。
がんばっている味方を褒め、相手のいいプレーにも賞賛の拍手をするものです。
教育の一環です。
野次など飛ばしてはいけません。
ですが、ガラの悪い人達もいます。
詳しくは書きませんが…
生徒ではありません。
「今のはアウトだろうが…!」
「何がデッドボールだ…、よけろそれくらい!」
彼らは、その野次の内容とは裏腹に実に楽しそうに応援していました。
昼からビールを飲んでご機嫌です。
まだ前半だったと思います。
野球部の監督がベンチからふたたび出てきて振り返りスタンドを見ました。
手にはバットが握られていました。
それでスタンドの一角をあからさまに指しました。
「そこ! うるさいぞ! 少しは静かにしろ! 」
「ごめん…わりいな…」
ビールを持つ手とちがうほうを軽くあげてバットで指されたその一団の一人がお詫びしていました。
顔はニコニコ笑っていました。
おおらかな時代でした。
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