16-2 最大派閥の悪だくみ
「はじめまして、ルイス・エクレール殿下。わたくしは、アルティさまの二人目の専属メイドを勤めております、ジャン=マリア・フィナンシェールと申します。
白々しく「はじめまして」と来たうえに、手を差し出された。
ルイスはジャン=マリアをうらめしそうに見つつ、握手に応じた。
「……そうか。そうだよね。ああ、ちょっとおかしいと思っていたんだ……! 片道一年はかかる
「そういうことです。では……答え合わせと参りましょうか」
いたずらっぽい微笑みのジャン=マリアが、申し訳なさそうな顔のレベッカの隣に座った。
いつも通り真顔のアルティ、その隣にルイス、ガッツが座る。
対面の席に窓側からレベッカ、ジャン=マリア、銀製のトレーを運んでいるピーターが座っている形だ。
扉の前にはシュエリー・リーが立っていて、つまり、ルイスの正面にはジャン=マリアがいる配置である。
正面から見れば見るほど、してやられたという思いが強まる。
「……ガッツは知っていたのかい?」
「昨日、着任したときに挨拶したからな。たまげたよ。……ちなみに、どういうからくりかはぜんぜんわかってねえから、おれには聞くなよ」
「なんで昨日の段階で教えてくれなかった?」
「ルイ、逆の立場だったら、自分も黙ってるだろ?」
もちろん、黙っているに決まっている。
ガッツの驚いた顔が見たいから。
ジャン=マリアは茶髪を揺らして微笑んだ。
「どこからお話しすればよろしいでしょうか。お茶でも嗜みながら、ゆっくりとご質問ください。幸い、走行中の車内で、個室です。盗み聞きされる心配はありません」
ルイスが隣に目を向けると、アルティは真顔でお茶を一口飲んだ。
なんともわざとらしい仕草で、彼女なりにルイスの混乱を楽しんでいるらしかった。
「アル、ずるいんじゃない?」
「……マグダレーナさんのような、完璧な
侵略国家の姫らしいお言葉であった。
「……僕、今日はこのあと共同墓地に行くつもりだったのだけれど?」
「予定が空いてよかったですね」
ルイスは黙って、カップに口をつけた。
温かい紅茶がのどを潤す。
悔しいくらいうまい紅茶である。
――時系列順にいくか。
ルイスは正面に向き直る。
思い返すに、最初の違和感はどこだったか。
「……不仲のうわさが流れたのはなぜ? きみたち二人が不仲になるわけがないと思っていたけれど」
「計画を詰めるにあたって、わたくしとアルティさまがうっかり話を漏らさないように、月寮の外ではなるべく会話をしないようにしていたのが原因かと。不穏な空気は好都合でしたので、積極的にごまかしたりはしませんでしたが」
『最近の二人は不仲だから、なにか起こっても不思議じゃない』と邪推させたわけだ。
では次。
「当日の流れは、おおよそ僕の推理通りだったはずだ。マグダレーナは、マドレーヌ公爵夫妻からの指示に従って、戦争を引き起こす行動をとった。つまり、毒を自ら飲んだ。……僕も脈を診た。止まっていたはずだよ。どうなっているんだい?」
「レベッカさんの仕業です」
レベッカ・ビスキュイを見ると、大商家の娘は「てへ」と舌を出した。
その顔を見て、思い至る。
ビスキュイ商会。暗殺者の末裔。
冗談のように語られる、秘伝の営業逃亡法。
「そうか、ただの毒じゃない、ビスキュイ商会一子相伝の毒だったんだね。『活かすも殺すも自由自在』は、単なる宣伝文句じゃなかったのか……」
「えへへ、ごめんなさい! その……どうしても、と言われて、騙すような真似をしてしまいました!」
「それじゃあ、あの涙も演技だったわけだね。楽しかった?」
「はい! とっても!」
笑顔でのたまう、素直な平民である。
逆に、アルティは顔を少し俯けた。
「わたしは、固まってしまいました。マグダレーナさんの顔色が、ほんとうに死人に見えてしまって……だめですね」
――とはいえ、アルはいつも真顔で淡々としているから、うろたえた様子がホンモノっぽさになったのかもね。
ルイスは嘆息して、斜め前のピーターに目を向ける。
次はこの人生満喫僧侶の順番だろう。
「秘伝の薬を飲んだマグダレーナは、仮死状態で下町の教会に運ばれた。ピートとレベッカさんが付き添っていったのは、教会と医者を騙すためかな?」
「あとは、公爵夫妻も、です。いつ遺体を確認しに来るか、わかりませんでしたから。仮死状態も長く続くと危険ですし、あたしはマグダレーナさまの近くで、いつでも仮死を演出できるように控えておく必要があったんです」
ただ、その準備は徒労に終わったらしい。
ピーターがうれいを帯びた顔で首を振った。
「まさか、マドレーヌ公爵夫妻が、ろくに死体も確認せず学園に直行するとは思いませんでしたけれどね。ひどい親もいたものです。おかげで拙僧は、これ幸いと
「なまぐさ坊主め。いつから加担していた?」
睨みつけると、破戒僧は苦笑した。
「実は当日、マグダレーナさまの死後です。馬車の中でいきなり息を吹き返した挙句、大犯罪に加担しろというものですから、たいへん驚きましたが……借りは返さねばなりませんからね。曰く、『人命は大事』とも言いますし」
「そんなシンプルな言葉、教典にあったかい?」
「マダムとの合言葉です」
ルイスは息を吐いた。
「……マグダレーナのほうは、わかった。ほとぼりが冷めるまで、葬儀屋夫人の屋敷に引きこもっていればいいだけだ。大変だったのは、ひとり学園に残ったアル、きみのほうだね」
労力で言えば、アルティのほうがはるかに大変なのだ。
なぜならば。
「話の結論を『マドレーヌ公爵夫妻は戦争をおこそうとしていた』に持っていく必要があるんだから」
黒髪の姫がうなずく。
「大変でした。二度とやりたくないです」
「だろうね。……ダンスの最中、僕の注意をアルにだけ向けさせていたのは、僕がマグダレーナの態度を不審に思って、気にしていたからか。万に一つも、僕がマグダレーナの不審に気づけば……計画にズレが生じる恐れがあった」
「はい。歯の浮くような言葉を口にするのは、恥ずかしかったです」
なんてことだ。
『いまはわたしだけを見て』なんて言われて昂っていたが、実際は『いまそっちを見られると困るから見ないで』だったのだ。
ルイスは唇を尖らせた。
「……いっそ、僕も計画に誘ってくれればよかったのに。そっちのほうが、いろいろと簡単だっただろう」
「ごめんなさい。そうしようかとも思ったのですが……ルイスさまは王子ですから」
ははあ、とガッツが納得の声を漏らした。
「マドレーヌ家を失脚させるような計画に、王子を加担させるわけにはいかねえよな。とすると、おれも同じ理由か?」
「そうです。もしも計画がばれたとき、王子や宰相の子息が計画に加担していた、なんてことになれば、政権に関与する問題になってしまいますから。わたくしも、それは避けたかったのです」
ジャン=マリアの言葉にアルティが捕捉する。
「加えていえば、ルイスさまたちは男子寮住まいですので。悪だくみをするには、少々、距離がありすぎましたね。結局、すべてが終わったあとでご説明差し上げるのがいいだろう、と結論いたしました」
理屈は通るが、釈然としないルイスに、アルティが重ねて言う。
「あと、初対面のとき、いたずらをされましたので。仕返しに」
「仕返しで済む規模かな、これ! ……まあいいや。話を戻そう。アルは僕と応接室にこもって、マドレーヌ公爵夫妻を待った。もとより、夫妻はマグダレーナが毒殺を成功させたか確認するため下町に滞在していたから、すぐに来るだろうと考えていたわけだ」
そして、夫妻は予想通りの行動に出た。
「マグダレーナは最初から、自分が死ねばアルが疑われると確信していたんだね」
――僕は道化だったわけだ。踊らされていた、と。
「アルが自分で推理を披露しなかったのは、立場的にマドレーヌ夫妻を納得させられないと考えたから?」
姫は「ええ」とうなずいた。
「『わたしを犯人にしたいひとたち』には、わたしがなにをいっても聞き入れられないでしょう」
実際、犯罪を捜査する騎士すらも買収できる地位と権力を持つ家だし、彼ら自身、そういう手段をほのめかしていたではないか。
「ですから、あの場で公爵夫妻が権力で排除できない相手である
そう。ルイスは最初から誘導されていたのだ。
思い返せば、最初から『だれが』ではなく『どうやって』『なんのために』が重要なのだとヒントを置いてくれていたし、土壇場で『だれでもいい』なんて言葉を放ったりした。
ところどころでルイスにキーワードを放ち、推理を導いていたのだ。
「僕……第三王子という地位を持つルイス・エクレールだけは、マドレーヌ公爵より明確に『上の立場』だもんね。僕が罪を暴いて騎士に捕縛を命じれば、騎士たちも買収や虚偽の証拠には流されにくい」
ほう、と息が漏れた。
「一度、捕まえてしまえば、マグダレーナの部屋から毒か遺書でも見つけたことにすればいい。
恐ろしい話である。
どうやらこのコンパートメントには、とびきりの悪役令嬢たちが揃っているらしかった。
「そして、事件のあおりを受けて行き場を失ったマグダレーナの遺体……死んでないけど……は『下町の共同墓地に葬った』ことにして、異国から客人を呼び寄せれば、現状の出来上がりってわけだ」
うまくできている。
感心するルイスをよそに、アルティが目を伏せた。
「ただ、ひとつだけ誤算だったのですが……その、まさかあの場で襲い掛かってくるとは思っていなかったのです。大人しく捕縛を受け入れるかと思っていたので」
「ああ……まあ、そうだよね。きみを守れてよかったよ、アル」
「ほんとうに申し訳ありませんでした、ルイスさま。わたしのせいで……」
「いや、別に気にしなくて――」
言葉を切って、ルイスははらぐろいと称される微笑みを浮かべた。
「……そうだね、アルの計画のせいで僕の体に傷がついたわけだから、責任を取ってもらわないと。まずはデートからどう? 食事とか、馬で遠乗りとか……」
「ルイ、おまえな……」
ガッツ・シブーストの半目を受け流してアルティ・チノを見ると、黒髪の姫はいつものように顔を背け――ることはせず、さらりとうなずいた。
「いいですよ。よろしければ、今日このあとにでも。お暇になったはずですし」
「……え?」
ぽかん、とするルイスをよそに、アルティは流れる景色に目を向けた。
それ以上、特になにか言う気はないようだ。
「……いや、その。冗談のつもり、だったんだけど……。アル、ほんとうにいいの?」
「ええ、遠乗りであれば。馬に乗るのは好きですから」
と、こちらを見もせずに言われると、苦笑するしかないルイスであった。
さて、隣町に到着後、客車から降りて、空気や景色を堪能していると、ルイスのそばにジャン=マリアがそっと近寄った。
ほかのひとには聞こえない囁き声で、言う。
「ひとつ、言っていないことがございます」
「奇遇だね。僕も聞いていないことがある」
ルイスは目を細めた。
「きみの性格を考えると、だいそれたたくらみで生き残ったりせず、潔く服毒するほうが自然だ。……どういう心変わりがあったのかな?」
「……実は、いままでだれにも言わずに生きてきたのですが」
ジャン=マリアは微笑した。
「ほんとうは、わたくし……生まれつき、女の子が好きなのです。それも、とびきりかわいい女の子が。ですが、立場も家柄もあり、押し殺して生きておりましたの。正直、ずっと生きづらくて仕方ありませんでしたわ」
「……はい?」
目を丸くするルイスに、女執事ジャン=マリア・フィナンシェールは挑戦的な笑顔で告げた。
「ルイスさまに婚約破棄された日の夜、アルティさまにわたくしの悩みを看破されたのです。その上で、助けたいと言ってくださった。わたくしはそのとき、思いましたの。命を捨ててでも……マグダレーナ・マドレーヌの命を捨ててでも得たい愛がある、と」
「いや、ちょっと……ちょっと?」
冷や汗を流すルイスに、ジャン=マリアは囁いた。
「負けませんわよ、ルイスさま」
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