16-1 最大派閥の悪だくみ



 怪我も癒えて療養生活を終えたルイスは、元気はつらつだった。


「さあ、ガッツ! 今日は待ちに待った蒸気機関車の試乗会だ!」

「へいへい。……まったく、アルティ殿に誘われたからって、気合い入れすぎだぞ。騒ぎすぎると傷口開くぞ」

「……気を付けるよ、うん。傷口が開くとアルに会えなくなるし」


 ――それに、試乗会のあと、共同墓地に寄りたいし。


 礼を言いに行く予定なのだ。

 無様をさらして、マグダレーナに笑われたくはない。

 ぱりっとした礼服を着たルイスとガッツが、馬車に揺られて学園都市の郊外までおもむくと、すでに多数の見物客でごった返していた。

 とうぜん、ルイスは見物客ではない。

 太陽寮パンシオン・ソレイユ月寮パンシオン・リュンヌに住むものたちは、みんな招かれている。

 アルティもいるはずだ。

 案内係に連れられて、線路の端に向かうと、蒸気機関車が鎮座していた。

 鉄の巨体は驚くべき威容であった。


「で、アルはどこだろう」

「このごつい機械を見てまず言うことがそれか、おまえは」


 ガッツはやれやれと首を振って、客車を指さした。


「おれたちより早く出たらしいからな。もう乗ってるだろ」

「じゃ、僕たちも」


 そそくさと乗り込む。

 客車は複数の個室で形成されたコンパートメント形式で、どれかにアルティがいるはずであった。

 どの部屋だろう、ときょろきょろしていると、扉のひとつからくせのついた赤毛がふわりと揺れ出た。


「ルイスさま、ガッツさま! こちらですよ!」


 レベッカ・ビスキュイである。

 いつになく声が跳ねている。


 ――ビスキュイ商会の娘だから、とうぜん招かれているよね。


 苦笑しながら個室に入ると、座席が四席ずつ、向かい合わせで設置されていた。

 扉のそばにはいつも通りシュエリー・リーが立っていて、窓際の座席にはレベッカが座り、その向かい側には――。

 ルイスとガッツは、二人して言葉を失った。

 えへん、とレベッカが胸を張る。


「どうです! かわいいでしょう!」

「やめてください、レベッカさん。……こういうふりふりの多い洋服ドレスは、その、似合わないとは思いますが……」

「……あ、ああ、いや。とてもよく似合っているよ、アル。きれいすぎて、ちょっと固まっちゃったくらいだ」

「そうですか」


 遊牧民の姫は真顔で、しかしどこかほっとしたようにうなずいた。

 その体は、白を基調とした西王国レルム・デ・ウェスト風のドレスで覆われており、頭にはちょこんとフリルで彩られた日よけ帽まで載っている。

 黒髪黒目のアルティと白いドレスのコントラストは、いっそ幻想的ですらあった。


 ――びっくりした。傷口が開くかと思ったよ。


 鼓動が跳ねすぎて、腹部の傷に悪影響ですらあった。

 あのアルティ・チノが、貴族学園の制服でも旗袍でもない服を着ているだけで、とてつもなく稀なのだ。

 見られすぎて照れ始めたのか、アルティが「んっ」と咳ばらいをした。


「ずっと、不思議だったのです。数多いる大渦国イェケ・シャルク・ウルスの王子や姫の中から、なぜ東端京トンデュアンキンに住むわたしが選ばれたのか」


 なんの話だろう、と首をかしげる周囲をよそに、アルティは窓の外を見た。


「ようやくわかりました。大皇帝カーンは実用に耐えうる蒸気機関車が西王国レルム・デ・ウェストで開発されていると、どこかから聞きつけていたのですね」


 なるほど、とルイスは笑う。

 つまり、これは大胆な話題変更である。


「だから、西王国からいちばん遠い都市の姫であるわたしを留学生に選んだ。わたし個人が友誼を結べば、この線路という鉄の道が、我が東端京まで届くかもしれません。そうなれば、大平原にはいくつもの中継地が生まれ、街となり……砂漠商人に頼らずとも東西貿易が可能になっていくでしょう」

「いずれは、大陸中に張り巡らされるかもしれないね。それはそうと、アル。今日のきみはほんとうに美しいよ。まるで妖精フェのようだ」

「……知りません」


 そっぽを向かれた。

 苦笑しつつ、ガッツとルイスも座席に座る。

 コンパートメントは八人乗りで、まだまだ余裕がある。

 レベッカが「あ、そうだ」と声をあげた。


「いま、ジャン=マリア……アルティさまの新しいメイドさんとピーター司祭が、給湯室でお茶を用意してくれています。すぐに戻ってきますよ」


 なまぐさ坊主も先に来ていたらしい。

 あの男は学園からではなく葬儀屋夫人の家から会場に来ているので、ルイスたちとは別行動であった。

 人生を楽しんでいるな、とルイスは呆れる。


「……ピートはともかく、新しいメイドさんには、はじめて会うね。昨日、女子寮庭園に入ったんだって?」

「そうです! ね、アルティさま。うふふ」

「はい。とても頼りになる女中メイドです。東端京トンデュアンキンから呼び寄せました」


 ――あれ?


 若干の違和感があったが、がたん、と客車が揺れたため、ルイスは考えを打ち切った。

 ぽう、ぽう、と煙突が煙を吐く音がする。

 がたがた、ごとごとと音を立てながら、窓の外の景色が流れ出す。

 蒸気機関車が走り出したのだ。

 試乗会を見に来ていた民衆も、歓声を上げて、一緒になって走り出す。

 レベッカが楽しそうに窓から手を振り、アルティもおずおずと手を振った。

 ルイスがその光景を微笑んで眺めていると、コンパートメントの扉が開いた。

 ピーターと新しいメイドが帰ってきたのだろう、とルイスは視線をやって――。


「……え?」


 そこに立っていた人物を見て、ルイスはまたしても言葉を失った。

 体を覆う服装は執事服だが、体つきは女性のもので、カップの載った銀製のトレーを両手で持っている。

 特徴的なのは、かなり大胆なショートカット。

 その色は――見事な栗色である。

 たっぷり三十秒は固まってから、ようやくルイスは理解した。


「……なるほど、そういうことだったのか。してやられたよ……」


 天を仰いで、大きく息を吐く。


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