15-2 ある令嬢の死



 激痛が走る。

 腹部が灼けるように熱い。


「ぐ、う……!」

「ルイスさま!」


 じわり、と白いシャツに血がにじむ。

 ルイスはとっさにアルティをソファに押し倒したが、避けきるには至らなかった。

 カトレア・マドレーヌ公爵夫人が放った弾丸は、ルイスの腹をかすめ、抉るような傷を生み出していた。

 額に脂汗を流しながら、ルイスはカトレアを睨みつける。


「小型の鉄砲……そんなものまで持ち込んでいたんですか、あなたがたは」

「立場上、恨まれることが多いのですわ。鉄砲といっても威力は低く、狙いもつけづらい試作品ですの。単発ですから、一度撃つとまた装填からやり直しなのも、めんどうでいけませんわね」


 つまり、二度目はない。

 ほっとするルイスに、今度はジョゼフ公爵があざけりの笑みを向けた。


「護衛を下がらせたのは失敗でしたな。学園内での武装はないと思い込んでいるあたり、まだまだ甘い。本校舎で唯一、護衛を連れていられる立場を生かさずにいるとは……あの銀毛の騎士も、さぞ後悔するでしょうなぁ」


 なんでもないことのように言って、公爵が手に持っていた杖の持ち手を強く握り、抜いた。

 杖の内部から、細身の刃が現れる。

 仕込み杖だ。

 部屋の灯りを反射して、殺意がぎらりと光った。


「僕を殺せば、父上の怒りを買いますよ……?」

「そこの蹄姫がやったことにすればいい。なに、現場の検証など、騎士に金を握らせればいくらでも都合がつきますし……小娘も、薬かなにかで頭を壊して、言葉を発せなくしてしまえばよい」


 絶体絶命であった。

 アルティが小声で「ルイスさま……」と呟く。

 微笑んで、「だいじょうぶだよ」と囁き返す。

 腹部を抑えながら立ち上がり、身体を公爵夫妻に向ける。


「馬鹿なことをしましたわね。蛮勇と無謀は紙一重ですわよ」

「たしかに、そうかもしれない」


 ルイスは腹部の傷みに脂汗を流しながら、にやりと笑った。


「だけど……そんなこと、マグダレーナ自身が望んでいなかった。あとさ、勝手に勝ち誇っているけれど、アルは守れたし、僕はまだ死んでない。だから……あとは頼んだ! お願いします!」

「ぬ?」


 怪訝な顔のジョゼフ公爵のうしろで、蹴倒すような勢いで扉が開かれた。

 駆け込んでくるのは、二人の人影だ。

 ひとりは、銀毛の学生騎士。

 もうひとりは、上下を黒いスーツで固めた、男装の女執事。

 その姿を見て、ソファの上でアルティが叫んだ。


「シュエ!」

「アル姫さま、ルイスさま、しばしお待ちください。――下郎を畳みますので」


 言葉通りになった。

 ジョゼフ公爵の突き出した仕込み杖の刃はやすやすと回避され、肘で凶器を叩き折られ、次の瞬間には公爵の体が一回転して頭から床に叩きつけられていた。

 その様子を見たカトレア公爵夫人が悲鳴を上げるよりも早く、シュエリー・リーの拳が公爵夫人の腹部に突き刺さる。

 時間にして、十秒にも満たない短いあいだに、ふたりの狼藉ものが意識を刈り取られた。

 アルティが目を丸くする。


「シュエ、どうしてここに……?」

「自分は月寮パンシオン・リュンヌで待機していたのですが、そばかすのある子爵ヴィコートの令嬢が呼びに来まして。なにごとかと思えば、ガッツさまが自分を呼んでいると。駆けつけてみれば、間一髪でした」

「ガッツさんが……?」


 アルティは、はっとしてルイスに視線を向けた。


「ルイスさまは、ガッツさんをただ下がらせたわけではなかったのですね?」

「うん。公爵たちが来たとき、なにか悪い予感がしたから……」


 力なく手をひらひらと振る。


「女子寮庭園に行って、シュエリーさんを呼んでくれって頼んだんだ。あいてて……」

「ルイスさま! お気をたしかに!」


 アルティが顔を近づけ、ルイスの手を握って必死に叫ぶ。


 ――アルがここまでしてくれるなら、撃たれるのも悪くないな……。


 馬鹿なことを考えていると、自分を覗き込む顔がひとつ増えた。

 銀毛の騎士だ。


「ルイ! だいじょうぶか!? 撃たれたのか!?」

「ああ、うん。威力はあまり高くないものらしい、よ……?」


 ガッツ・シブーストに微笑みかけて、ルイスは目を閉じた。


「おい!」

「悪い、ガッツ。あとは頼んだ。公爵夫妻を捕縛して、信用できる騎士だけで監視しておいて。バッグの中に銃があるから、それが証拠になるかな。経緯はアルに聞いてくれ。ああ、それから……医者を……呼んで……」


 そこからさき、ルイスの記憶はしばらく途絶えている。



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