15-3 ある令嬢の死



 ルイスが目覚めると、学園の医務室のベッドの上だった。

 医務室には不釣り合いなシャンデリアが頭上で揺れているのを、少し眺める。


 ――助かった。ほんとうに威力が低かったんだな。


 ほっとする。

 アルティの前ではかっこうをつけたいが、別に死にたいわけではないのだ。

 視線を天井からベッドサイドに移すと、黒髪の姫が小さなスツールにちょこんと座って、本を読んでいた。

 眼鏡の奥の瞳が、分厚い本に落とされている。

 背表紙に記されたタイトルは『はじめての医学』。

 珍しく、小説本ではないらしい。

 読書に集中する顔がなんだか無性に愛おしくて、無言で眺めていると、ふいにアルティ・チノが口を開いた。


「起きたのであれば、そうおっしゃってください。お医者さんをお呼びしますから」

「……ううん、まだ起きてない。もうちょっと、きみの顔を見ていたいかな」


 アルティはため息を吐いて本を閉じ、サイドテーブルの上に置いてあったベルを、ちりりん、と鳴らした。


「つれないなぁ」

「心配でそばにいたのに、起きた途端にそれですか。まったくもう」

「心配してくれたんだね、アル。ありがとう」


 微笑みかけると、アルティはもう一度ため息を吐いた。


「お医者さんの言うとおり、安静にしていてください。わたしはもう寮に戻ります」

「お見舞い、来てくれるかい?」

「……もちろん、来ます」

「添い寝してくれたり?」

「……やっぱり、来ません」


 黒髪の姫は本を手に立ち上がり、ルイスに背を向けて「ああ、それから」と言葉を繋いだ。


「あのとき、身を挺してかばっていただいて、ありがとうございました。……とても、かっこうよかったですよ」


 ぽかん、と口を開けて驚くルイスを尻目に、アルティは去っていった。

 入れ替わりでどたばたと医者がやってきて、ルイスに声をかけてから五秒ほどして……。


「よっし! ……あいたた!」


 盛大に喝采を上げたところ、腹部が激しく痛み、医者に怒られたのであった。



 丸二日間も寝込んでいたらしい。

 なので、そのあいだに事態は大きく進んでいた。

 医者や、駆けつけた騎士たちから説明を受けたあと、ひとりになったルイスはもう一度天井を見上げる。


 ――傷は、弾丸がかすっただけ。縫合済み。膿むとひどいから、しばらく医務室で様子を見てから、太陽寮パンシオン・ソレイユで療養生活。それから……。


 ジョゼフ・マグダレーナ公爵及びカトレア・マドレーヌ公爵夫人は、戦争を起こそうとした罪、他国の姫の暗殺を娘に命じた罪、そして自国の王子に弾丸と刃を向けた罪、それからたくさんの余罪で、青年騎士団に捕らえられたそうだ。

 信用できる騎士の監視のもと、王都に連行され、国王直々の処罰を待っているらしい。

 良くて死罪、悪ければ一族郎党……マドレーヌの家名ごと取り潰しになるだろう。

 ルイスは「悪いほうだろうな」とぼんやり思った。

 父である国王は、大渦国イェケ・シャルク・ウルスといい関係を築きたがっているのだ。

 もともと目の上のたんこぶだったマドレーヌ家を処断すれば、軍閥は骨抜きになって、王の一存で軍部を再編成できる。

 そうすれば、『西王国は本気で平和への道を歩むつもりだ』と国内外に向けたアピールになるだろう。

 それはいいことだ。

 ただ、マドレーヌ家の取り潰しには、悲しいこともあった。


 ――マグダレーナが、不憫だな。


 学園都市下町の教会でエンバーミングを受けていた彼女は、しかし、公爵夫妻の起こした事件のあおりを受け、行き場を失ってしまった。

 毒殺事件そのものは、実際はただの自殺だったため、指示した公爵夫妻の責任として不問になった。

 むしろ、彼女が服毒自殺を選ばなければ、十年間の和平が破られ、蒸気時代の戦争が起こっていた可能性が非常に高い。

 罪などあるはずがない。

 けれど、マドレーヌ家がこの状態では、遺体を領地に送ろうにも送れない。

 身元の扱いが、宙に浮いてしまったのだそうだ。

 処置をしたとはいえ、夏を迎えるのは厳しいと葬儀屋夫人マダム・ヴーヴ・フェネライユは判断した。

 結果、ルイスが臥せっているあいだに、マグダレーナの体は学園都市の共同墓地に納められたという。


「……傷が癒えたら、会いに行こう」


 ぽつりとつぶやく。

 あの、誇り高い令嬢がいなければ、ルイスは死んでいた。

 アルティもだ。


 ――ありがとう、マグダレーナ。


 感謝の念を心中で唱えて、ルイスは目を閉じる。

 いろいろと、考えるべきこと、しなければならないことがあったが――とにかく、いまはとても眠かった。



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