15-1 ある令嬢の死
推理において大切なことは、三つ。
アルティから学んだことだ。
「『だれが』『どうやって』『なんのために』事件を起こしたのか。僕は『だれが』の目星がつかなかったから、『どうやって』を考えました。けれど、『どうやって』も、毒を盛ることはできない。それこそ、マグダレーナ本人でもない限りは」
であれば、次は『なんのために』だ。
なんのために――マグダレーナ・マドレーヌを殺したのか。
ルイスはしっかりとマドレーヌ公爵夫妻を見据えた。
「マグダレーナが死ぬと、なにが起きるか。マグダレーナが死ぬと、だれが得をするのか。……だれだと思いますか?」
「あら、そんな怖い目をなさらないでちょうだい。わたくしたちをにらみつけて、どうしようというの?」
扇で口元を隠すカトレア公爵夫人に、ルイスは真正面から断言した。
「開戦派です。つまり――あなたたちだ」
考えてみれば、シンプルな結論であった。
「マグダレーナが死んだことで、あなたがたマドレーヌ家はアルティに対して、つまり
押し黙っていたマドレーヌ公爵が、杖を突いてルイスにぐっと詰め寄った。
「では、なにかね。我輩たちが、娘に『戦争を起こすために死ね』と命じたとでもいうのかね?」
「いいえ。おそらく、違うでしょうね」
ルイスは首を曲げてアルティを見た。
ソファに座ったままのアルティもまた、ルイスをじっと見つめている。
姫に見守られているのだ。
第三王子は首を戻して、堂々と言葉を紡いだ。
「あなたたちの指示は、おそらくこうだった。『派閥の友達という立場を利用して、アルティ・チノを謀殺しろ』――違いますか?」
「……ばかばかしい! 証拠もなくそんなことをいうのはやめたまえ!」
「証拠がないままことを強引に進めようとしていたのは、あなたたちも同じでしょう」
ルイスが混ぜ返すと、今度はカトレア夫人がルイスに鋭い目を向けた。
「当家は、たしかに戦争状態であればこそ栄える軍閥貴族です。それは認めましょう。しかし……ならば、我が娘マグダレーナは毒殺に失敗し、間違えて自分で毒を飲んだと? たしかに少しばかり愚かな娘ではありましたが、そんなミスを犯すでしょうか」
「だから言ったでしょう。だれでもよかったんですよ」
ルイスは自分自身の胸に手を当てた。
「あの場で茶を飲んだ三人のだれが死んだとしても、戦争は起こるんです。僕……西王国の第三王子が
ルイスの場合は、そうなっただろう。
では、アルティの場合はどうか。
「アルティが死ねば、
そして最後に、マグダレーナの場合は……つまり、現在だ。
「マグダレーナが死んで、あなたがたはさっそくアルティに疑いをかけた。毒殺の犯人に仕立て上げようとして……失敗したから、今度はてきとうな理由をつけて公爵家の預かりにしようとした。身柄さえ奪えば、自白の強要でも暗殺でもやりほうだいだ。いくらでも開戦理由を生み出せる」
しかし。
しかし、だ。
ルイスは思う。
栗色の波打つ髪と、気丈な表情。
そして、なによりも――その誇り高く高潔な生き様を。
「マグダレーナは、毒殺に失敗したんじゃない。マドレーヌ家の令嬢として、マドレーヌ家の利益のために、戦争に繋がる毒殺事件を成功させたんです。あなたたちを学園都市に呼んでいたのは、毒殺の成果をすぐに確認させるためだ」
毒殺の実行犯、マグダレーナの狙いは、最初からひとりだけだった。
自分自身……マグダレーナ・マドレーヌだ。
「だから彼女は、僕よりも、アルよりも先に、カップを選んだ。どれが毒杯かわかっていたから。僕とアルに取らせるわけにはいかなかったから。僕ら三人が同席して茶を飲む状況さえ作れれば、死ぬのはだれでもよかったはずなのに、あえて自分自身を選んだのです」
「……そして、わたくしたちは、娘の死をこれ幸いと戦争の理由にしようとしている、と?」
ルイスはうなずく。
「だれよりも令嬢らしい令嬢、マグダレーナ・マドレーヌ。彼女はマドレーヌ家の娘として『戦争の火種』を熾すことに成功し、その上で彼女自身の誇りを守った。あながたが持たない、真に高貴なるものが持つ、高潔な魂を守り通した。他者を害そうとは、決して思わなかった……!」
思わず、言葉に力が入る。
――マドレーヌ家でなければ……!
あの令嬢が生まれたのが、目の前の二人の間でなければ、どれほどよかったか。
元婚約者でもある幼馴染は、マドレーヌ家に生まれた宿命から逃れられなかったのだ。
生まれた家のために行動した。
戦争を起こすため、毒を用意し、カップに茶を注ぎ、一方的に命を奪える立場にありながら、そうしなかった。
ルイスは背筋を震わせて、マグダレーナを想う。
「彼女は笑顔で茶を飲みました。最期まで、優雅な令嬢らしく……!」
きっ、とマドレーヌ夫妻を睨みつけて、ルイスは言う。
ジョゼフ公爵は何度か口を開こうとして、言いよどみ、やがて大きなため息を足元に落として数歩下がった。
「……ルイス王子。そこまで考えたうえで、どうなさりたいのかね?」
「騎士に命じて、あなたたちを拘束させていただきます。その上で、ことの次第と僕の推理のすべてを、父上に報告します。その後の沙汰は、父上が考えるでしょう」
「そうか。ならば、仕方ないですな。――カトレア」
公爵は短く告げると、カトレア公爵夫人がごく自然な仕草で扇をたたみ、手にしていた小さなハンドバッグにしまった。
「最初から、こうしておけばよかったのですわ」
そして、再び手がハンドバッグから取り出されたとき、なにかを掴んでいた。
金属と木材で作られた、歪曲した小さな筒状のもの。
瞬間、ルイスは反射的に動いていた。
「アル、伏せてッ!」
ぱん、と音が響く。
火薬の弾ける、乾いた音が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます