14-3 ある令嬢の死



 カトレア・マドレーヌ公爵夫人はくすりと笑った。


「ルイス王子、どうやら推理が外れたようですわね。なるほど、毒を盛ったのはたしかにその姫ではないかもしれません。ですが、マグダレーナが大舞踏会で死んだのは事実。いずれにしても、主催であるアルティ姫には、責任がございましょう」


 扇を振って、カトレア公爵夫人は口元を隠す。


「わたくしたちは、つぐなってほしいだけなのです。娘の死の責任はアルティ・チノ及び大渦国イェケ・シャルク・ウルスにある――おわかりでしょう?」


 ルイスは視線を窓の向こうにやった。

 すでに日は傾き、ガス灯が点きはじめている。

 不思議と、気持ちが落ち着いてきていた。


 ――わからないね。娘の死すら利用して、どうしても戦争を起こしたいひとたちのことなんて。


 さっきから、とにかくアルティのせいにして戦争に持っていきたい魂胆を、隠そうともしない。

 ルイスの冷たい目を受け流して、ジョゼフ公爵が鼻を鳴らした。


「ルイス王子、もういいだろう。犯人ではないとしても、アルティ姫の身柄は我輩たちが預かり受ける。その身柄をもって、大渦国に賠償を請求するだけだ。娘の死の責任をとれ、とね」

「そんなこと、王家が許すとお思いですか」

「王子はいつから王家の代表になったのだね? 許すかどうかを決める決定権は、きみにはないのだよ。陛下には、あとから我輩が話を通しておくとも」


 ――すべて手遅れにしてから通告する気だ。


 ルイスの背中に冷や汗が流れる。

 アルティが連れていかれたら、きっとひどいことをされるだろう。

 その上、戦争まで再開してしまう。

 この場で解決し、公爵夫妻を納得させて帰らせるしかない。


 ――だけど、わからないな。なんでこのひとたちは、この場でこんな風に会話ができるんだ?


 軍閥貴族らしく、戦争の機会を逃したくないだけ、とは思えない。

 なんせ、娘が殺されているのだ。

 真犯人を捨て置いていいはずがない。

 それこそ、軍閥貴族の恥であろう。

 たとえ罪をアルティに着せるとしても、娘を殺した下手人を野放しにするなんて、あり得ない。

 つまり。


 ――……まさか、すでに犯人を知っているのか……?


 だれだ。

 だれなら、毒を盛れる。

 マドレーヌ家の関係者か、親類縁者。

 思いつく限りでは、いない。

 純血にこだわる家系だ、力は強いが系譜は広くない。


 ――生徒であれば、それこそマグダレーナしかいないはず。


 顎に手を当てて、考える。


 ――茶を持ってきたのは、マグダレーナだった。両手で銀のトレーを持って……三つのカップをのせて、運んできていた。僕らがそこから、それぞれのカップを取ったんだ。


 必死に思い出す。


「……アル。カップを取った順番をおぼえているかい?」

「マグダレーナさんが取って、ルイスさまが取って、最後にわたしが取りました」


 ルイスの記憶と合致する。

 だとすると、なおさらアルティには不可能で……どころか、アルティ以外にも無理だ。


 ――マグダレーナに毒を盛ることが出来た人間がいるとすれば、それこそマグダレーナ本人くらいじゃないか。


 カップから茶から、すべてマグダレーナが用意したのだ。

 マグダレーナを狙って毒を盛るなんて、不可能である。

 わからない。

 わからないが、このままではいけない。


「……なにがなんでもアルティ・チノ姫に責任を負わせようとするマドレーヌ公爵の言い分に、王子として正式に抗議します。彼女を連れていくことは、僕が許さない。しかし、マグダレーナが舞踏会にて命を落としたことは、事実。ならば、まずは僕が彼女を王都に連れて行き、父上に事の次第を説明します」


 とにかく、連れていかれるのだけは避けねばならない。

 ジョゼフ公爵がいまいましげに唸った。


「わからんな。そんな小娘のどこがいいというのだね。我が娘のほうが、成熟した男受けの良い体をしておった。抱き心地もよかったはずだぞ? 親があの種馬だ、そこの小娘も男となれば見境なく甘い言葉を吐く淫婦なのだろうよ。騙されているのだ、ルイス王子は」


 ルイスが怒るより先に、アルティが静かに口を開いた。


「マグダレーナさんは、わたしにとって大切な友であり、尊敬すべき師でもあります。親子とはいえ、下劣な物言いでの侮辱はおやめください。……加えて言えば、わたしも『だれでもいい』わけではありませんので、撤回してください」


 珍しく、言葉に熱がこもっている。

 友達を侮辱されて、怒っているのだ。

 加えて、自分自身への暴言にも撤回を求めて――。


 ――え?


 ルイスは固まった。


「何様のつもりだ、蛮族の姫が……!」

「まあまあ、あなた。言わせておきなさい。蹄の生えた蹄姫とあだ名される小娘の放言です。ルイス王子も、まだお若いため、わかっていないようですが――」

「待ってください。いま、考え事をしています」


 カトレア公爵夫人に手のひらを見せて黙らせる。

 なにかが、引っかかったのだ。

 いまの会話の、なにかが。

 引っかかりを逃さないために、雑音を遮断したかった。


 ――なんだ? 僕はいま、なにに……気づいた?


 大切な友? 違う。

 尊敬すべき師? 違う。

 下劣な物言い? 侮辱?

 責任? 放言? 蹄姫?

 それとも。

 それとも……。


「……『だれでもいい』?」


 ルイスは自ら口にした言葉を反芻し、かみ砕き、そして理解した。


「――あ」


 目を見開き、口から音が漏れる。


「あ、え、そんな……あ、ああ、うそだろ……そんなことって……!」


 ――そんな、そんなことって、あるか。


「ルイス王子、どうしたのだね」

「殿下は冷静ではないご様子ですわね。一度退室なさったほうが――」


 怪訝そうに見る公爵夫妻に、ルイスはふいに鋭い瞳を向けた。


「だれでもよかったんだ。それが真実なんだ」

「は?」

「だれでも、よかったんですよ。――犯人は、だれが死んでも、よかったんです」



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