14-2 ある令嬢の死
ルイスは思い返す。
ほかの生徒に、毒で倒れたものはいなかった。
ゆえに、マグダレーナを狙った事件である、と騎士団は判断していたはず。
しかし、
トレーから茶を取って、すぐに飲んだのだ。
毒を盛るタイミングはなかった。
「……アルティには、毒を盛ることが出来なかった! アルティだけじゃない、同席した僕も無理だ」
「いきなり、なにを言っているのかね」
怪訝そうな顔のジョゼフ公爵たちに、断言する。
「不可能だったんです。毒を盛ることが出来たとすれば……マグダレーナが、銀のトレーを持ってくる前の段階。アル、
「ええ。
「きっと、それだ」
ルイスが応接室の扉を開けると、ちょうど学園長と目が合った。
一瞬、黙りあう。
――このひと、ずっとここにいたのか……?
考えてみれば、マドレーヌ公爵夫妻がこの部屋に押し入ったことを、学園長が知らないはずもない。
立場上、同席するべきだろうが、応接室内にはルイスとアルティもいる。
自分に飛び火することを恐れて、入室しないままおろおろしていたのだろう。
なんとも呆れた学園長だが、ちょうどいい。
「だれか、現場の事情を知る騎士を……そうですね、ガッツ・シブーストを連れてきてくれませんか?」
学園長は「やることができた」とばかりに早足で去っていった。
すぐに学園長に連れられてきたガッツは、がしがしと頭を掻く。
「……メイドが怪しいって話なら、そりゃそうなんだがな。騎士団は使用人全員に事情を聴いて、『メイドは犯人ではない』って結論に至ってる」
「……え?」
どういうことだ、と眉をひそめるルイスに、ガッツは言う。
「ティーセット担当のメイドがな、マグダレーナ殿にカップとソーサーを渡そうとしたが、マグダレーナ殿は断ったそうだ」
「断った?」
「ああ。なんでも、『この会場でもっとも高貴な方々が飲むのですから、ほかの方と同じ食器を使うわけにはいきませんの』と言ったらしい。三人が使ったカップは、マグダレーナ殿の持ち込みだそうだ。対応したメイド以外にも、何人も同じ証言をしている。カップに毒を塗るのは難しそうだぜ」
ルイスがアルティを見ると、アルティは首を横に振った。
「食器関連は、レベッカさんにお任せしていましたから、わたしも詳しくは。ただ、手に入る中で最上級のものを取り揃えていたはずです。マグダレーナさんが持ち込んでいたとは、知りませんでした」
――メイドの犯行じゃない?
混乱するルイスに、ジョゼフ公爵がいらだちを隠そうともせず言い放つ。
「ごたくはけっこう! その姫の大舞踏会で娘が死んだのだ、犯人はそやつにあるに決まっているだろう! さっさと身柄を引き渡してもらうぞ!」
ようやく事態を把握した学園長が、ぎょっとした顔で「……ええ!?」と驚き、ガッツが顔をしかめた。
「マドレーヌ公爵。たとえ犯人がだれであろうと、身柄の拘束は所轄の騎士団がおこなうきまりです。勝手なことを申されないでいただきたい」
「宰相家の息子ごときがほざくな。学生騎士だかなんだか知らんが、我輩は公爵だ。この場で我輩に意見できる地位も品位もない。さっさと下がりたまえ。……学園長、貴様もだ」
思い出したように、カトレア公爵夫人が付け加えた。
「学園長。これ以上場を乱されてもめんどうですし、応接室にはひとを近づけないよう、人払いをお願いいたしますの」
これ幸いとぺこぺこしながら退室する学園長と違い、ガッツはすぐに去らなかった。
「おれはルイス第三王子の護衛も兼ねています。この場にいる権利がある」
「ほう、我輩に逆らうと?」
公爵が見るからにいらだちを強めた。
よほど、同席させたくないらしい。
――仕方ないか。
ルイスはため息を吐いて、ガッツに近寄った。
「ガッツ、現場に戻ってくれ。悪いね」
「けどよ、ルイ」
「いいから」
部屋の扉までガッツの肩を押していく。
「ついでにちょっと、頼みたいことがあるんだ」
「あ?」
「現場で確認してほしいことが――」
言いつつ、銀毛の耳元に口を寄せる。
ガッツは眉をひそめてうなずいた。
「わかった。それくらいなら、頼める相手がいる」
「ありがとう、助かるよ」
ガッツを扉の向こうに見送って、ルイスはかぶりを振った。
「でも、これでまたわからなくなった。だれかがマグダレーナのカップに先んじて毒を入れていたに違いないのに……」
「ルイスさま。その件に関してなのですが」
アルティが真顔で言った。
「あの三つのカップは、すべて同じデザインでした。だれがどれを使うかわからないのに、事前にマグダレーナさんのカップを狙って毒を盛ることも、不可能なのではないでしょうか」
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