14-1 ある令嬢の死



 ルイス・エクレールは反射的に叫んだ。


「あり得ない!」


 ――そんなこと、あり得るわけがない……!


 内心の怒りを隠そうともせずに、だ。

 対して、扇で口元を隠したままのカトレア・マドレーヌは眉を上げて問い返した。


「あり得ない? なぜそう言い切れますの?」

「だって、アルとマグダレーナは友達で――」

「ええ。存じております。しかし、最近は不仲であったと聞いておりますわ」

「……それは、そうですが。しかしですね」


 そこで、アルティ・チノがルイスの袖を引いた。


「落ち着いてください、ルイスさま」

「だけど、アル……」

「状況証拠からみれば、わたしが犯人である可能性は、決してゼロではないのです」


 淡々と真顔でそんなことを言うアルティに、ルイスは動きを止めた。


「……なにを言っているんだい、アル」

「茶会の主催はわたしで、大平原のツァイを用意したのもわたしです。疑わないのは無理があるでしょう」


 マドレーヌ夫人が目を細めた。


「あら。罪をお認めになる、と?」

「いいえ。わたしはやっていません。ただし、疑われるべき立場ではあります」

「ふん、潔いのかそうでないのか、はっきりしない女だ」


 ジョゼフ・マドレーヌ公爵が鼻を鳴らした。


「疑わしいことに変わりはない。拘束し、我が領地にて事情聴取をおこない、しかるべき処罰を与える」

「拘束!? アルは大渦国の姫ですよ!?」


 慌てるルイスに、公爵は「それがどうした」と吐き捨てた。


「そもそも、大渦国は敵国であったはずだ。同じ部屋にいるだけで、鼻が曲がる。馬屋の臭いがぷんぷんするぞ」


 最大限の侮辱に、ルイスは再び逆上しかけたが、アルティがまたしても袖を引いたので、怒りを腹の底に押し込めた。


「……では、あなたがたはアルティを処断する、と? 証拠もないのに?」

「証拠が必要か? ルイス王子、きみは蛮族の姫にえらく入れ込んでいるようだが、色仕掛けでもされたのかね。目を覚ましたまえ、その姫は王子の篭絡を完全なものにするため、元婚約者のマグダレーナを疎んで毒を盛ったのだ。わかりきった話ではないか」


 そんな馬鹿な話があるか、とルイスは思った。

 篭絡された、なんてことはない。

 むしろどうやって篭絡しようかと、頭を悩ませていたのはルイスのほうなのだ。

 どう言い返すか悩むルイスをよそに、マドレーヌ公爵夫妻は見下すような視線をアルティに向けた。


「この件は、もはや我が家だけの話にとどまらん。大渦国には責任を取ってもらわねばならんな」

「ええ、そうですの。賠償金か、領土の割譲か……」


 アルティが真顔で首をかしげた。


「我が父、大皇帝カーンが賠償を認めないと言ったら、どうなさいますか?」


 公爵はにやりと笑う。


「力づくで認めさせるだけだ、蛮族の小娘」

「では、マドレーヌ公爵は東西和平を破るつもりだと、そうおっしゃるのですね?」

「先に手を出したのは貴様だろうが。我が娘マグダレーナに毒を盛った。素直に認めたらどうだ、娘の茶に毒を入れたのだとな」

「わたしではありません。茶に、毒など……」


 そこで、アルティが少し顔をうつむけ、眉をひそめた。

 ゆっくりと顔を上げて、ルイスを見る。

 眼鏡の向こうで、黒い瞳が鋭い光を放った。


「ルイスさま。お茶を持ってきたのは、マグダレーナさんでしたね」

「ああ。銀製のトレーに、ソーサーとカップを三組のせて……」


 ふと、気づく。

 あのあと、それぞれがカップを取って、同時に飲んだのだ。

 だれも、他人のカップに触れたりはしなかった。

 アルティが、ルイスに疑問を投げかけた。


「なにものかがマグダレーナさんに毒を盛ったとして、いつ、どうやって盛ったのでしょうか」


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