13-3 ある令嬢の死



 校医による死亡確認のあと、マグダレーナさんは下町の教会へ運ばれていった。

 遺体保全処理エンバーミングのためだ。

 公爵家の領地に運ぶにしても、処置は迅速におこなわないといけない。


「拙僧が責任をもって付き添います」

「……あたしも、いきます。なにか、できるかもしれませんから」


 ピートさんは厳かな表情で、レベッカさんは泣きじゃくりながら、マグダレーナさんと共に馬車に乗った。

 あとは、彼女たちと葬儀屋夫人マダム・ヴーヴ・フェネライユに任せよう。


 学園に残るわたしは、女中メイドに頼んで応接室を用意してもらった。

 この部屋にいるのは、わたしとルイスさまだけ。

 舞踏会の会場では、学園都市駐留の騎士団が事件現場の検証をおこなっていて、ガッツさんはそちらに合流している。

 ……そう、事件だ。

 公爵令嬢毒殺事件。

 会場で毒を飲んで倒れたのは、マグダレーナさんだけ。

 ほかの生徒は、多少気分が悪くなったものはいても(おそらくマグダレーナさんが倒れた場面を見てしまったから、共感的に体調を崩したのだろうと思われる)毒で倒れたものはいない。

 騎士団は『公爵令嬢を狙った毒殺だろう』と考えているらしかった。


「……問題は、だれがやったか、だ」


 ルイスさまが静かに言った。

 落ち着かないのか、椅子に座らず、窓際に立って庭園を睨みつけている。


「婚約は解消したけれど、彼女は僕にとってかけがえのない友人だった。下手人がだれであろうと、西王国レルム・デ・ウェスト第三王子ルイス・エクレールの名にかけて、必ず罰を受けさせる」


 決意に満ちた力強い言葉のあと、ルイスさまは長椅子ソファに座るわたしを見た。


「アル。犯人の目星はついているのかい?」

「……いえ、まったく。見当もつきません」

「きみの観察眼でも、怪しい挙動の人間はいなかった、と?」


 はい、とうなずく。

 マグダレーナさんがツァイを用意しているとき、周囲を観察する余裕は、なかった。


「踊っているあいだは、さすがに」

「……そうだね、僕もあまり周りを見ていなかった」


 あの一曲のあいだは、わたしたちは互いの顔だけを見ていたのだ。


「ですから、『だれがやったか』だけでなく、『どうやって』『なんのために』やったのかも考えていくべきかと思います」

「……アルは、こんなときでも冷静だね」


 ルイスさまが意外そうに言った。


「頼りになる……というのは、不甲斐ないだろうか」

「いえ、ルイスさまもじゅうぶん落ち着いていらっしゃいますし、わたしも決して落ち着いているわけでは――」


 ――ないです、と答えようとしたところで、大きな音を立てて応接室の扉が開いた。

 驚いて視線を向けると、ふたりの大人が断りもせず、のしのしと入室してくる。

 ひとりは、紳士用の杖をついた恰幅のいい男性。

 もうひとりは、小さなハンドバッグを腰の前で持った釣り目の女性。

 ルイスさまが目を見開いた。


「……マドレーヌ公爵!? どうしてこちらに……」

「娘が死んだのだ。来るのは当然だろう、ルイス王子」

「え、ええ、もちろんそうですが。しかし、領地からここまでは、かなりの時間が……」


 恰幅のいい男性、マドレーヌ公爵は、ふん、と鼻を鳴らした。


「娘から大事な話があると言われて、昨日から学園都市に逗留していたのだよ。そうしたら、こんな事件が起きて、慌てて飛んできたわけだ」


 言って、公爵はじろりとわたしをねめつけた。


「おまえが蛮族の姫だな?」

「マドレーヌ公爵、そんな乱暴な言い方は……!」


 ルイスさまの制止に、しかし、侯爵はいっさいひるまなかった。


「乱暴? なにをいうのかね、ルイス王子。我輩たちは、正当な権利にもとづいて、そこなる蹄の姫に聞きたいことがあるだけだ」

「正当な権利? いったい、なにを――」

「簡単な話ですわ、ルイス王子」


 隣の女性、マドレーヌ公爵夫人が扇で口元を隠し、冷たい視線でわたしを射抜いた。

 じっとりと、背中にいやな汗が浮かぶ。


「わたくしたちの娘は、大平原のツァイを飲んで死んだ。ならば、犯人は明らかでしょう。大渦国イェケ・シャルク・ウルスの姫、アルティ・チノ。あなた――わたくしたちの愛しい娘を殺しましたわね?」



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