12-3 墓所の未亡人



 翌週の休日。

 学園の応接室で、ルイス・エクレールはひとりソファに座っていた。

 このあと、ひとと会う予定があった。

 窓の外に目を向ければ、うっすらと灰色の雲が空を覆っているのが見える。


 ――身を焦がすほどの恋に、命を捨てても得たいほどの愛、か。


 それはきっと、とても大事なことなのだろう。

 いままでは、深く考えずに生きてきた。

 ……考えないように、生きてきた。

 西王国レルム・デ・ウェストの第三王子である以上、恋愛における自由はないだろう、と。

 王族の責務を果たさねばならないのだ、と。


 ――けど、アルが来て。いくつかの事件があって。


 いろいろなことが、変わり始めている。

 こんこん、とドアノッカーの音が響く。

 応接室にひとりの女生徒と、二人の大人が入って来た。

 大人は男女の組み合わせで、夫婦だ。年頃は四十ほど。

 ソファから立ち上がり、一礼する。


「御足労いただき、まことにありがとうございます」


 声をかけると、女生徒……マグダレーナ・マドレーヌもまた、優雅にカーテシーを返してきた。

 隣に立つ二人の大人も柔和な微笑みを浮かべ、ほがらかに挨拶の言葉を口にする。


「お招きいただき感謝いたしますぞ、ルイス王子。久しくお会いしておりませんでしたからなぁ」

「ええ、何年ぶりかしら。ルイスさまも大きく、そして凛々しくなられましたわねぇ」


 ルイスもまた、いつもの微笑みを顔に浮かべた。


「お久しぶりです、ジョゼフ・マドレーヌ公爵。カトレア・マドレーヌ公爵夫人も」

「堅い、堅いなぁ、ルイス王子。義父さん、義母さんと呼んでくれてかまわんのですぞ?」


 ――婚約者の父母としての立場を、いきなり示してくるとはね。恐れ入るよ、まったく。


 この二人が柔和なのは表情だけだと、ルイスは知っている。

 できれば会いたくない相手だ。

 しかし、会わざるを得ない事情があった。


「して、ルイス王子。我輩たちにいかなる用件で?」


 問われて、少しばかり身を固くする。

 はらぐろだのなんだのと言われても、所詮は十五歳の子供だ。

 緊張するときはする。当たり前だ。

 ルイスは慎重に、しかししっかりと、言葉を紡いだ。


「大事なお話があります。本来であれば、僕が領地まで出向いてするべき話だとは思っていたのですが、実は――」

「春からずっと、この日が来るだろうと思っておりました」


 唐突に、マグダレーナが言葉を挟んだ。

 悟られているのだ、とルイスは気づく。


 ――まあ、そうだよね。マグダレーナは、そういうひとだ。


 ふ、と柔らかく息を吐く。

 喉から肺まで空気が通って、緊張が少しとれたようだった。


「……そうだよ、マグダレーナ。悪いとは思っているけれど……僕はもう、ただ流されるだけはいやなんだ。父上からも許可は得ている」

「ならば、わたくしに言えることはなにもありません」


 マドレーヌ公爵夫妻が、怪訝な顔でふたりの学生を見比べた。


「な、なんの話かね?」

「そうですわよ、わたくしたちだけ仲間外れだなんて、おやめになって」


 大人ふたりを手で制して、マグダレーナはルイスに続きを促した。

 ひょっとすると、この令嬢は自分よりもはるかに誇り高いのではないか――と、ルイスは苦笑する。

 まったく、憧れたくなるほど高潔な生き方だ。


 ――それゆえに、申し訳ないけれど。


 決めたのだ。

 ルイスは改めて息を吸い、吐いた。

 そして、告げる。


「マグダレーナ。そして、マドレーヌ公爵および公爵夫人。僕、ルイス・エクレール西王国第三王子は、マグダレーナ・マドレーヌとの婚約を破棄することを、ここに宣言いたします」



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