12-1 墓所の未亡人



 なぜピートさんに女装をさせたのか、と問うと、マダムは目線をつい、と床に落とした。


「……あれは……その、私が出した条件なのです。夫を亡くしたばかりの未亡人の家に若い僧侶が頻繁に来ると、互いに外聞が悪いだろう、と……」


 女性の姿なら、変な勘繰りもされないと考えたらしい。

 女装に関しては、予想通りであった。

 こらえきれず、重たいため息を落としてしまう。

 なんというか……呆れが過ぎて、怒りに転じそうなくらいだ。


「ピートさんに惹かれてしまった自分に気づいたとき、マダムは罪を自覚したのですね。夫を亡くしたばかりなのに、違う男性を……しかも司祭の立場にある男性を……それも一回りも年下の男性を……好きになってしまった、と」

「そうです。私は……とんでもないスキモノの変態の痴女なのです……!」


 いや、そこまで言わなくてもいいと思うが。


「体と欲求を持て余し、聖職者に女装させて興奮するような、罪にまみれた自堕落な女なのです……!」


 わ、とマダムは泣きだした。

 わたしも真顔で泣きそうだった。

 女装、趣味だったのか。

 変装のためだけでなく、趣味だったのか。

 この妙齢のマダムの。

 なんだ、このひと。

 こわい。

 あとめんどうくさい。

 ……だが、理由はよくわかった。


「どうせ許されぬ愛ならば、ピートさんを殺して、己も死のうと? 心中してしまおうと、そう考えたのですね?」

「……そうです。同じときに死ねば、死後、同じ場所にいけるかと思って」


 消え入りそうな声で呟く。

 まったく、ばからしい。


「いいですか、マダム。あなたがやったことは……単なる人殺しです。未遂ですが」


 あまりにも独りよがりな行動だ。

 巻き込まれたピートさんがかわいそうである。

 マダムはふいに顔を上げ、わたしをまっすぐ見据えた。


「それくらい、好きだったのです。おわかりになりませんか?」

「わかりません。なるほど、身を焦がすほどの愛というものが、この世にはあるのでしょうけれど」


 わたしには、わからない。

 いつだったか、マグダレーナさんに告げた言葉だ。

 身を焦がすほどの愛……告げたわたしが、小説の中の言葉としてしか、知らないのだ。

 困ったものである。


「しかし、理由はどうあれ、マダム。あなたは生きて裁かれるべきです。西聖教会の教義、及び西王国レルム・デ・ウェストの法に則って、罪を償わなければなりません。生きて、です」

「……ですが、アルティさん。私の罪深き肉体は、ピーターを求めてやまないのです。生きていては、この欲求から……逃れられないのです」


 逃げるな、と言いそうになった。

 戦うべきだ、と。

 しかしながら、わたしもどちらかというと欲望に素直で、自堕落な人間である。

 偉そうなことは、なかなか言えない。

 なにを言うべきか困っていると、背後でレベッカさんが「よし……!」と安堵の声を漏らすのが聞こえた。

 振り向くと、毒も薬も作れる友人が、笑顔で額の汗をぬぐっていた。

 ……床には大量の鍋や皿が容器代わりに広がっており、なかなかの惨状であった。

 臭いもひどい。


「なんとか吐かせましたし、活性炭も飲ませました。しばらく安静は必要でしょうが、命の危険は去ったと思います」

「ありがとうございます、レベッカさん。さすがです」

「いえいえ、これくらいはビスキュイ商会の娘としてできないといけませんからね」


 えへん、と胸を張るレベッカさんである。


「と、いうわけで、あとはあなたを騎士団に突き出すだけですね」


 マダム・ヴーヴ・フェネライユに告げると、彼女はうなだれた。


「ともに逝ければよかったのに……」


 いい加減にしてくれ、と思う。

 うんざりする。

 もう勝手にしてくれ。


「シュエ。このひとを縄かなにかで縛ってください」

「おおせのままに」


 シュエが動き出したところで、しかし。


「げほっ、待って……待ってくれ」


 かすれた声が、床から上がった。


「待ってください、アルティさま。拙僧は……彼女を断罪してほしくはない。教典に曰く……いえ、これは主のお言葉ではなく、拙僧の気持ちです」


 顔を真っ青に染めたピートさんが、上体を起こしてこちらを見ている。

 彼は震える唇で、小さく呟いた。


「愛ゆえの行動です。ならば、拙僧はマダムを許したい」


 その眼はひどくまっすぐに、わたしを射抜いた。


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