11-1 墓所の未亡人
お泊り会の際、シュエがやってみせたように、異性への変装はそこまで難しいものではない。
もちろん、向き不向きはあるのだが、ピーターさんは細身の美丈夫だ。
女装は良く似合う。
「わたしたちが、ふわふわに舌鼓を打っているあいだに女装したのでしょうね」
現在、全員でぞろぞろとピーターさんを尾行中である。
背が高いため、見失いにくくて助かった。
……いや、助かってはいないか。
逃げる機会を失い続けている。
わたしひとりだけで帰っても良かったのだが、レベッカさんが完全に野次馬の目になってしまったし、マグダレーナさんも珍しく悪い微笑みを浮かべている。
二人を置いて帰るのは、なんだかこう、疎外感を感じてしまうわたしである。
現状、帰りたがっているのはわたしと……少し尖った視線をルイスさまに向けている、ガッツさんだけだ。
「ルイ。他人の事情に首を突っ込みすぎると、ラブレターのときみたいになるかもしれねえぞ」
「もちろん、わかっているよ。追いかけるのは面白そうだからだけじゃない」
ルイスさまがはらぐろな微笑みを消して、真面目な顔になった。
「いいかい、ガッツ。ピートは西聖教会の司祭で、ゴリ押しで貴族学園に送り込まれた教会派の尖兵なんだ。……女装は教会の指示って可能性もある」
「わたくしも、今回はルイスさまと同意見ですの。教会派がなにかを企んでいるなら、いまここで押さえたほうがよいでしょう。……いずれ、使えるネタになりそうですし」
「では、それこそ騎士に命じて調べさせればいいのでは?」
暗に『帰りたい』と告げると、ルイスさまが首を横に振った。
「ピートはいいやつだ。……もし、女装が単なるピートの趣味であったとしたら、騎士に命じるのはやりすぎだろう? できれば、僕らの胸のうちだけで収めたい」
む。そういうことか。
軽薄男だが、こういうときは意外と情に厚いらしい。
仕方なく尾行を続行する。
長身の美女(ピートさん)はいくつかの通りを慣れた足取りで抜けて、ある場所に辿り着いた。
鉄柵で囲まれた、石碑が規則正しく並んでいる光景。
おや、ここは。
「……墓所ですか?」
「学園都市内にある墓所のひとつですわね」
ほほう。
興味深くて、思わずきょろきょろしてしまう。
上部が半円状に丸くなった墓碑は、
定住しない遊牧の民は、決まった場所に墓地を持たない。
風葬……広大なる大平原に横たえ、時間と共に自然に還す埋葬法が主流だ。
東端京は火葬が一般的で、遺骨を一族代々の墓に埋葬する。
しかし、
「土葬が主流なのですね」
「そうだよ、アル。それゆえに、歴史の長い都市ほど墓地が大きく、広くなってしまって、街を圧迫するという問題が……と、この話は余談だね」
勝手知ったるとばかりに墓所の門をくぐり、中に入っていくピートさん。
そして、彼を出迎えたのは、真っ黒な
わたしたちより年上に見えるが、同時に若々しくも見える。
妙齢……女性がいちばん美しく見える年齢と呼ぶのがしっくりくる。
「……なにか、話をしているようですわね」
「女性と密会? 女装して? 倒錯の香りがしますね……!」
建物の角からこっそり伺っていると、二人は墓所の奥へと歩いて消えていった。
「……なあ、ありゃ喪服だったよな」
ガッツさんが渋い顔で呟いた。
「青年騎士団の連中に聞いたことがある。教会所属で、墓所に住む未亡人……若くして旦那を亡くし、ひとりで墓所の管理とエンバーミングをおこなう美女がいるってな。旦那を偲んで、ずっと喪服を着ているそうだ」
「……その美女が、彼女だと?」
「だと思う」
「つまり、ピートさんは女装して未亡人とこっそり密会している、と?」
全員が押し黙った。
なんだか、こう、いやらしい気配がする。
淫靡で退廃的な……なにかの気配が。
「……ところで、えんばーみんぐ、とはなんですか?」
「遺体を埋葬まで保全するための処理のことですの。洗浄したり、見目を整えたり、着替えさせたり……体に穴をあけて薬液を注入し、防虫処理や防腐処理を施したりするのですわ」
「なるほど。土葬ゆえに、防腐処理も必要なのですね」
灰にしてしまう火葬や、広大な大平原に還す風葬と違って、定住地に肉体のまま葬るのだ。
疫病対策として、さまざまな処理が必須だろう。
どうあっても朽ちてはいくだろうが、対策するのとしないのでは、大きな差になる。
先ほどの喪服のご婦人は、つまり、そういう業務をおこなう教会の職員なのだという。
「どうする? 墓所の中までは、護衛の騎士たちも入っていけねえぞ。教会派に睨まれる」
「僕は行くよ。……知人を追いかけるだけだ、やましいことはない」
尾行はやましいことだと思うが。
ともあれ、全員で墓所の門を通って歩く。
同じように見えた墓碑も、いろいろと形があって、興味深い。
ふと、建物があることに気づく。
墓所の中に、ひっそりとたたずむ小さな屋敷だ。
周囲を木の柵でぐるりと囲んであって、中には色とりどりの花が植えられている。
ふむ。かなりかわいいお家である。
……墓所の中にあることを除けば。
「二人は、あそこにいるんでしょうか」
「おそらく。墓所管理者の住まいだろう」
つまり、先ほどの未亡人の自宅である。
墓石のひとつに身をひそめながら――これはほんとうに申し訳ないことをしたので、のちほど花を供えようと思う――自宅を伺うが、当然、中の様子はわからない。
なので、まずはシュエが周囲を警戒しながら、こっそり近づいていって、そっと窓から中を覗き込んだ。
ややあって、シュエがわたしたちに手招きをした。
苦笑いのような表情である。
わたしたちも中腰で移動して庭を横切り、窓から中を覗き見る。
「えっ」
「すげえな」
「あら」
「すごっ」
「これは……驚きですね……」
五人そろって、思わず声を漏らしてしまった。
驚愕の光景である。
圧巻と言っていいだろう。
屋敷の中には、
その長机の上には、大量の皿に盛られた料理が所狭しと並べられていて。
そして、満面の笑みで料理を次々に平らげる女装したピーター・オペラさんと、その光景を穏やかな表情で見守る喪服の美女がいたのだ。
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