10-3 墓所の未亡人



「スフレ、とっても美味しかったですねっ!」


 上機嫌なレベッカさんに、わたしも大きくうなずいた。


「同意です。ふわふわ、美味しかったです。添えられた凝乳クリームも絶妙でした」


 大通りを歩いて戻る一同は、みんな満足気だった。

 必ず、もう一度……いや、三度は来よう。

 固く心に誓っていると、視線を感じた。

 ルイスさまとマグダレーナさんが、わたしを見て微笑んでいる。


「……わたしの顔に、なにか?」

「いや、珍しくちょっと微笑んでいるから、思わず見惚れてしまって」

「わたくしも、アルティさまがそのように笑うのは、あまり見たことがないので。なんだか嬉しくなりましたの」


 はわ。恥ずかしい。

 両手で頬をもにもにと揉んで、強制的に真顔に戻すわたしである。

 ……そこの二人、残念そうな顔をしても無駄だ。


「そろそろ、昼時も終わりですね。次は、本屋に向かいたいところですが……先に、こちらを」


 手に抱えた紙袋を、みんなに見せる。

 中身はふわふわを食べるついでに買った焼き菓子だ。

 さきほどの教会案内の返礼に、ピートさんにお土産を届けよう、という魂胆である。


「迷惑をかけてしまいましたからね、ピートさんには」

「……反省してるよ? ほんとうだよ?」


 はらぐろ王子の微笑は無視して、教会まで戻った。

 わたしの再入場許可を取り直すのもめんどうだし、またピートさんに迷惑をかけてしまっては本末転倒。

 なので、教徒であるレベッカに届けてもらうことにした。


「じゃ、行ってきますねー」


 と気軽に下宿の扉をくぐるレベッカさんを見送る。


「アル、待っているあいだ、近くを散策――と、失礼」


 扉から誰かが出てきて、ルイスさまが一歩引いた。

 真っ黒な長い毛をなびかせ、ヴェール付きの帽子を目深にかぶった、背の高い女性だ。

 わたしより頭ふたつぶんは背が高い。

 一般的な男性の身長すら超えているかもしれない。


「おや――失礼」


 女性はかすれた甘い声で言って、一同のそばを通り抜けていく。

 ……ふむ?

 去っていく女性の背中に、既視感をおぼえた。

 わたしと、どこかで会ったことがあるひとか?

 ううむ、と思い出そうとしていると、すぐにレベッカさんが出てきた。

 どこか神妙な顔をしていて、手には包みを持ったままだ。


「……あら、レベッカさん、お菓子は渡せませんでしたの? いなければ、ドアノブにかけておく手筈では?」


 マグダレーナさんの声掛けに、レベッカさんがうつむいたまま呟くように答える。


「管理人さんに声をかけて、ピーター司祭の部屋まで届けに行ったんです。そうしたら、いまの背の高い女性が……司祭の部屋から、出てきて」

「ピートの部屋から……って、マジかよ」


 ガッツさんが顔を引きつらせた。


「聖職者が部屋に異性を入れちゃだめだろ……」

「ご家族ではありませんの?」

「いや、それはない。あいつ、教会育ちの孤児だし……孤児仲間なら、むしろちゃんと教則を守るだろ」

「……ややや、やっぱりあたし、司祭のイケナイ関係を目撃してしまったんですか……っ!?」


 下世話な展開に興奮するレベッカさんに、手のひらを立てて制止する。


「待ってください、レベッカさん。シュエ、いまの方は、もしかして……」

「アル姫さまのお考え通りかと」


 シュエの目にも、そう見えたらしい。

 だとすれば。


「……マグダレーナさん、レベッカさん。落ち着いて聞いていただきたいのですが、先日、シュエが見せた技術について、おぼえていらっしゃいますか」

「技術? ……まさか、シュエさんのあの技術ですの?」


 そうだ。変装の技術である。

 そして、それゆえに……なるべく、余人に知らせることなく、ことを収めたい。


「そうです。だから、あまり関与せず、見なかったことにするのがいいと思うのですが」

「……同感ですわね。踏み込むべきではありません」


 だが、わたしは少し間違えていた。

 マグダレーナさんは、とても聡明な女性である。

 しかし、レベッカさんは……聡明ではあるものの、マグダレーナさんほど腹芸がうまくもないし、わたしほど無口でもないのだ。

 彼女は「はっ」と気づいて、わざわざ口に出して、


「……えっ、ええっ!? じゃ、じゃあいまの女性は、もしかして――女装したピートさんだったんですかっ!?」


 あわわ。

 とっさに周りを見渡す。

 司祭の女装なんて、人々に聞かれていい内容ではないだろう。

 ……よかった、こちらを注視しているひとはいない。

 ほっと一息ついて、そこで気づく。

 ルイスさまが、例のはらぐろ笑顔でにっこりと笑った。


「なるほど。いまの女性は、実は女装したピートだったと」

「まじかよ。信じられないぜ……」


 マグダレーナさんが半目でレベッカさんを見た。

 レベッカさんは「てへ」とかわいく舌を出したが、あれはきっと許してもらえないだろう。


「ともあれ、そういうことです。後日、ピートさんに直接確認してみるか……見なかったことにするのがいいと思います。いまここで騒いでも、仕方ないでしょう?」


 ちなみにわたしのおすすめは後者だ。

 面倒を背負い込む必要はない。

 の、だが。


「いや、アル。せっかくだから、もう少し街を回ってから帰ろうよ。まだ本屋も行っていないことだしさ」


 にっこりと、ルイスさまが笑った。


「彼……いや、彼女を追いかけて、聞いてみればいいじゃないか。ぜったいにそっちのほうが面白いよ」


 うわあ。

 最低だ、この王子。



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