10-2 墓所の未亡人



 学園都市は、特殊な成り立ち方をしているという。


「貴族学園は、もともとこの地域にあった小村に、三百年前の王が作ったんだ。広大な土地に目をつけてね。その頃は単なる『高貴なものの学び舎』だったんだって」

「小村だったのですか。まるでその面影がありませんね」


 わたしは地面を見る。

 煉瓦レンガで舗装された、きれいな歩道だ。

 町中に小さな川が張り巡らされ、商店や飲食店が軒を連ねる、立派な都市に見える。

 特筆すべきは、やはり等間隔で配置された瓦斯ガス灯だろう。

 我が大渦国イェケ・シャルク・ウルスであっても、ここまで技術的に進んだ都市は、さすがにない。

 東端京トンデュアンキンでも瓦斯灯があるのは一部だけだったし。


 ふと、噂の蒸気機関も研究されているのだったか、と思い出す。

 貴族学園も、長期休暇のたびに改装工事をおこない、新たな技術の試験場としても機能しているとかいないとか。

 だとすると、次あたり、蒸気機関の新設備が入るのかもしれない。

 ……そういえば、もうすぐ夏季休暇だ。

 東端京への里帰りは距離的にむずかしい。

 学園都市に残るしかないだろう。

 本を読んで過ごせるから、別に構わないが。

 思案しているあいだにも、ルイスさまの説明は続いていた。


「貴族子女の生活に、商人は不可欠だった。平和な小村には街道が通され、大量の商人が出入りするようになって、小村は肥大化の一途をたどったわけだね」


 ははあ、とてきとうに相槌を打つ。


「同時に、貴族子女に講義をおこなうために、西方国家連合の各国から学者がかき集められ、学問研究の最先端ともなったわけですか」

「その通り。首都と違って、ここは格式よりも『新しさ』が優先される。最先端の街だから、お菓子も目新しくておいしいものが次々に作られる。さらに、西方国家連合中から貴族が集まるものだから、犯罪抑制のために騎士団も常駐していて、治安もすこぶるいい。西王国レルム・デ・ウェストでいちばん住みたい街とも呼ばれているんだ」

「そうなのですね。勉強になります」

「ところで、アル」


 ルイスさまが改まっていった。ごほん、と咳まで打つ。


「手を握っても、いいかい?」

「だめです」


 言いつつ、ルイスさまから一歩離れ、マグダレーナさんとレベッカさんのあいだにおさまるわたしであった。

 女子の壁だ。対軽薄チャラ男専用の護身術である。

 ルイスさまが笑顔のまま、すう、と一歩引いた。

 おや、今日はしつこくない。ありがたい限りである。

 苦笑するレベッカさんとジト目のマグダレーナさんに挟まれて、くだんの菓子店を目指してメインストリートを歩いていると、あることに気が付いた。


 騎士が街角ごとにいるのだ。

 彼らが常駐騎士団なのだろう。

 護衛がシュエリーだけなのは、みんなが断ったからなのだが……なるほど、これなら納得だ。

 ひとりで三人を守るくらいはたやすくこなす我が武官シュエリー・リーでも、それにしたって無警戒過ぎないかと思っていた。

 学園都市内の下町は、貴族の令息、令嬢が歩き回っても問題ないよう、手配されているらしい。

 この街には多額の税金と寄付金が、治安維持の名目で注ぎ込まれているのだろう。

 血税で成り立つ富裕層の街である。


「アル、どうだい? 気になった店があれば、寄っていかない?」

「今度、女子だけで来ます」

「つれないなぁ」


 ルイスさまと来る気はないが……気になる場所は、多い。

 東端京では見ない街並みだ。興味深くないわけがない。

 旅中で西王国の街並みをいくらか見たとはいえ、じっくりと見るのは、実ははじめてだ。

 到着した日は大急ぎだったから、まわりを見る余裕なんてほとんどなかったし。

 きょろきょろしていると、とてもきれいで大きな建物を見つけた。

 三角屋根で、壁には見事な彩色玻璃ステンドグラスがはめ込まれている。

 眼鏡越しに目を凝らすと、西聖教会の紋章が見えた。


「マグダレーナさん、あれはもしかして、教会でしょうか」

「ええ、そうですの。このあたりでは珍しく、補修はされても建て直しはされていない、古式ゆかしい建物ですわね」

「……むう。教会だと、見学はむずかしそうですね。わたしは西聖教会の教徒ではありませんから」


 ぜひとも、中も見てみたい建物なのだが。

 見るからに美しそうだ。


「だいじょうぶじゃないですか? 黙って入れば、何教徒かなんてバレませんよ」

「レベッカさん、そういう問題ではないのでは……」


 そこで、ルイスさまがにっこり笑って一同の前に出た。


「問題ないよ、アル。見学だけなら、すぐに許可はとれるさ」

「おい、ルイ。まさかおまえ、アイツに無茶言う気か?」


 アイツ? と首をかしげていると、ガッツさんが困り顔で頭を掻いた。


「ここ、毎週末はピートが外泊してんだよ。司祭としての所属はこの教会だから」


 ほう、あの青髪の学生司祭さんが。

 見学の伝手はある、ということか。

 だからといって、軽率に頼るのは良くない気がするのだが。

 うむ。


「ルイスさま、やっぱりやめ――ルイスさま? どこに行かれましたか?」

「さっさと教会の中に入って行っちゃいましたよ、アルティさま」


 あわわ。

 わたしがどうするか悩んでいるうちに。

 どうしよう、とそわそわしていると、一分もしないうちにルイスさまが扉から顔を出した。


「ちょっとだけならいいってさ。東聖教会も根っこは同じだから、だいじょうぶだって」


 よく見ると、ルイスさまのうしろに長髪の美丈夫が立っていた。

 ピーター・オペラさんだ。

 彼もまた、笑っている。

 ……苦笑気味だが。


「ごきげんよう、みなさま。拙僧、少し用事があるゆえ、長くはお付き合いできませんが……十分ほどなら、拙僧の付き添いの元での見学を許可しますよ。曰く、『学びは公平に与えられなければならない』といいますし」


 王族が無理を言ったのだな、とわかる顔だった。

 申し訳ない。

 だが、せっかくなのでお言葉に甘えて、マグダレーナさん、シュエリー、ルイスさまと一緒に教会を見学することにした。

 レベッカさんとガッツさんは別行動だ。


「あたしは実家が教会にめちゃくちゃ献金してるから、教会建築は飽きるほど見てるんで、先にパティスリー行って並んでますよ」

「じゃ、おれもそっちだ。さすがに女性一人で行かせるわけにはいかねえし、シュエリー殿はアルティ殿から離れられねえだろ」


 と付き添って行った。

 気遣いのできる男である。

 もっとも、第三王子ルイスさまの護衛として、そんなのでいいのか、とも思ったが。


「だいじょうぶだろ。シュエリー殿、おれが十人いても敵わないくらい強いっぽいし」

「ねえガッツ、そういうのって見ただけでわかるものなの?」

「身のこなしと視線の動かし方だけで、なんとなくは」


 ふふん。

 シュエが褒められると、ちょっと鼻が高くなるわたしである。

 身内自慢だ。

 そのシュエも、苦笑しつつうなずいた。


「自分も問題ないと考えます。ガッツさまの他にも何名か、遠巻きに騎士たちが警護していらっしゃるようですから」

「……やっぱり気づいていたか、シュエリー殿。青年騎士団学園都市支部のメンツだよ、主にルイのわがままに振り回されるのが仕事でな」


 わたしにはまったく視線もなにもわからなかったが、どうやらそういうことらしい。

 安心である。


 そういうわけで、ピートさんの解説を聞きながら、彩色玻璃や壁画を楽しむことになった。

 文献で『文化・芸術の違い』などは読んだことがあったが、実際に見てみると、思っていたよりも差があって面白い。

 外に連れ出してくれたレベッカさんには感謝だ。

 帰りにはビスキュイ商会肝いりの本屋にも連れて行ってくれるというし。

 持つべきものは友達である。

 ……いや、そもそもレベッカさんにふわふわの菓子を教えたルイスさまへ感謝すべきか?

 ふむ。

 ……。

 ……まあ、いいか。

 短い時間だが、有意義な見学を終えて、教会を出た。

 隣にあるこじんまりとした四角い建物の前で、ピートさんに頭を下げる。


「異国の建築、楽しめました。ありがとうございます、ピートさん。……ちなみに、こちらの建物は? 教会併設の施設ですか?」

「下宿です。拙僧も一室、借り受けておりまして」


 司祭は残念そうに首を振った。


「いやあ、拙僧にもう少し時間があればよかったのですが。曰く、『欲しいときにそれはなく、要らぬときにそれは――』」


 くう、と。

 そのとき、音が鳴った。

 聖句が途中で止まり、司祭の声が宙に散る。

 ……お腹の鳴る音だ、いまのは。

 そして、眼前の学生司祭が顔を赤くしている。


「……もしかして、お昼ごはんの時間を邪魔してしまいましたか?」

「いえ、いえ。お気になさらず。これから摂る予定でしたから。では、また学校で」


 ピートさんは手早く別れを告げると、自室に引っ込んでいった。


「……ルイスさま。次からは、先方の用事にも気を遣ったほうがよろしいと思います」

「わたくしからも、強く申しあげておきますわ」

「悪かったよ。……学校でも、ピートにちゃんと謝っておくから、そんな目で見ないでくれ」


 どんな目かというと、もちろんじと目である。

 この軽薄王子め。



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