9-2 消えた媚薬



 次の平日の朝、レベッカ・ビスキュイは寮の食堂にいた。

 人数の少ない月寮パンシオン・リュンヌと違って、ふつうの女子寮だ。

 たくさんの女子生徒が住んでいるから、朝の食堂は非常に混む。

 そんな中でも、レベッカはひとりで食事をしていた。

 金があっても、まじない薬の密売が好調でも、平民は平民。

 好んでつるむ令嬢はいない。少なくとも、この寮には。

 敵地ともいえる場所で、レベッカは一度、深く深呼吸をした。


 ――目立つの、あんまり得意じゃないんだけど。


 だが、アルティの推理通りなら、おそらくこの中に『いる』し、いないとしても話題は伝わるはずだ。

 だから、やる。

 令嬢たちががやがやと朝食を楽しむ中、レベッカは席から立ち上がり、右手を挙げた。

 次第に注目が集まって、レベッカはさらし者のような気分になる。

 ひそひそと「やだなにやっているのかしらあの子」みたいなことも言われる。

 手を挙げてから、数十秒。おおよその注目が集まったと判断したところで、レベッカは「こほん」と咳払いをして、それなりに声を張って、言った。


「――あたしを助けてくれたひと! だれか知らないけど、ありがとう! 助かりました! アルティさまが、匿名の善人にいたく感銘を受けて、お茶会を開催してくださいます。だから、参加希望者は、今晩、月寮に来てください。……お土産を忘れずに!」


 赤面しつつも、言い切った。


 ――これで来なかったら、泣くからね、あたし。



 ●



 異国の姫はお泊り会の夜、こう言ったのだ。


「悪意ではなく、善意から。いたずらをしようとする者たちがいると知っただれかが、いたずらからレベッカさんを守るために、とっさに持ち去ってしまったのではないでしょうか」


 レベッカは首をかしげた。


「盗んだ理由付けにはなりますけど、それなら、とっくに包みを返しに来ているんじゃないですか?」

「かなり地位の低い令嬢なら、どうでしょうか。それこそ、いたずらを仕掛けた令嬢にも睨まれたくないくらい、力のない令嬢。レベッカさんがそういう立場なら、素直に申し出られますか? 『あなたの荷物を盗みました』だなんて」

「……あー」


 言えない。いや、盗んだ直後なら、言えるかもしれない。

 『ぐうぜん、拾っちゃいました!』とか。

 だが、犯人はすぐに逃げる必要があった。

 自分の姿を、いたずらを仕掛けようとしている令嬢たちにも見られたくないからだ。

 無事に隠しおおせたあと返すつもりだったのだろう。

 だが、レベッカに返すところを、令嬢に見られてしまったら?

 学園に拾得物として届ける手もあるが、届けたのが自分だと令嬢たちに知られたら?


 ――次に攻撃されるのは、自分だよね。そっか、そういうことか。


 生垣で最初に話しかけて来たメイド……あるいは、それ以外のメイドたちも、令嬢に指示されていたとすれば、拾得者がだれかなんて、当たり前のように告げ口されるだろう。

 直接レベッカに渡すのは、それこそ悪手だ。

 学園唯一の平民であるレベッカは衆目を集める。

 どのタイミングで渡しても、あるいは部屋を訪れたとしても、必ずちょっとした話題になるだろう。

 計画を知った善人は、いてもたってもいられなくなって、とっさに荷物を盗み出した……それこそ、刹那的な犯行で。

 しかし、一度冷静になってしまえば、時間と共に言い出しにくくなってしまうものだ。

 それに。


 ――直後に告げられていたら、あたしが冷静じゃいられないかも。『あなたが盗ったのね! この泥棒!』って、決めつけてたかも。


 レベッカは、自分の悪いところを知っている。

 そして、他人は自分なんかよりも、はるかに自分の悪いところを見ているものだ。


「……善意から、盗んだ。理屈は通りますわね。あり得なくはないです。けれど、やはり、確証のない推論に過ぎないのではありませんこと?」

「その通りです、マグダレーナさん。あくまで、説明のつく理由付けをひとつ、提示したにすぎません」


 マグダレーナの言う通り、アルティ自身もぜったいの自信を持ってはいないようだった。

 ゆえに、与えられた作戦はこうだ。


「試してみましょう。なるべく多くの人間がいる場所で『ありがとう、ぜんぶわかっていますよ、もう隠さなくていいから持ってきてくださいね』と告げるのです。その場に犯人が……この場合も犯人と言っていいのかはわかりませんが、ともあれ、隠したひとがいれば、気づくでしょう」

「いなかったら、あたしが恥かくだけじゃないですかぁ。奇行ですよ、奇行」

「いなくても、情報は拡散されます。一日あれば、学園中の人間がレベッカさまの奇行を知るでしょう?」

「……奇行は前提なんですね……」


 推理がハズレなら、ただ奇行を晒しただけの人間になってしまう。


「恥ずかしいのであれば、そうですね……わたしの名前を出す、というのはどうでしょう。マグダレーナさん、どうですか?」

「……そうですわね。では、こういう文言はいかがでしょうか。『アルティさまが匿名の善人に感銘を受けて、茶会を開催する。参加したい令嬢は、土産を持って月寮へ来なさい』と」


 土産。

 なるほど、とうなずく。

 通常なら、そのままお土産だと考える言葉だが、薬を隠した令嬢にとっては別の意味に聞こえるはずだ。

 薬の包みを持ってきてね、と。


「怒っていないこと、すべてわかっていることが伝わりますし、たくさん贈られるお茶会のお土産に紛れ込ませられますから、悪意を持つ令嬢にもバレないと考えますわ」

「さすがマグダレーナさん。頼りになります」

「……よく考えたら、どうしてわたくし、参謀みたいなことをしているのかしら……? ただのマナー講師だったはずですのに……」


 首をかしげてこちらを見られても困るレベッカであったが、ともあれ、アルティは入学後はじめて、お茶会の主催を決定してくれたのだ。

 友がやりたくないことまでして、助けてくれるという。


 ――あたしがちょっと恥ずかしいくらい、なんてことないわよね!


 だから、レベッカは己を奮い立たせて、朝の食堂で立ち上がったのだ。



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